50 やさしい声
その日、アマンダとリプトン・ダージリンは、夢の中で指定された場所を急いでいた。
自然公園のモンキーポッド(俗称サマンの木)の大木の下へ。
3人が到着すると、既に1人の女性が其処に立っている。腰まである銀色の髪と濃緑の瞳は、優しく微笑んでいた。
「よく来たね」
(あの人のこと知ってる。初めて逢うのに……私知ってる…………このやさしい声……………………)
サマンサが半ば混乱していると、隣にいたリプトンが先を歩き彼女の方へ近づいていく。そして彼女の手を強く握りしめた。
「母さん。ただいま戻りました」
「おかえり息子殿。いつも見守っていたよ」
そう言って、ポリフェノールはリプトンを抱き締めた。彼女らの瞳には涙が滲んでいた。
その様子を見ていたアマンダは戸惑うが、頭の何処かで彼女の姿や声に既視感を感じる。
ダージリンはポリフェノールとの面識はないながら、彼女を見詰めるアマンダの様子に戸惑い、何かが起きていると声をかけた。
「お嬢、大丈夫か ? リプトンも何か変だし。あの人の母親は既に亡くなっている筈だ。もしかして幻覚か ?」
「……たぶん違うと思う。彼は正常だわ。悪意ある者や悪意なら解るもの」
「だったらなんで ! 知らない人に母さんだなんて、可笑しい。それにあの眉間皺がトレードマークの男から皺が消えてる」
その様子から、彼が気を許していることが解る2人だった。
どうしたら良いかも解らずただリプトンを心配げに見るアマンダだが、先ほどから頭痛が酷くなり目を瞑ると今まで見たことのない情景が、カラーで延々と見えてくる。
「ああっ、何なのこれは ? 」
「お嬢っ!」
膝から崩れるアマンダを、ダージリンが支える。
「ダージリン、アマンダ様は大丈夫だ」
「……何だよ、余裕ぶって。何が起きてるか教えろよ、リプトン。全然大丈夫じゃないだろうがよ、説明しろよ !」
ダージリンは怒りに任せ、上司となるリプトンへ暴言を放つ。その怒りに憤ることもなく、困惑するリプトンがポリフェノールを見ると、彼女は頷き話し出す。
「主の不調を案ずるのは道理。彼女が落ち着いてからと思ったが、お前にもこの時間で見せよう。傷ついた魂の過去の出来事を」
そう言うと彼女は、ダージリンの額へ手を翳す。
「∮й∝∀⊥щ∬ииш、汝の記憶を主と共に」
ポリフェノールが何かを唱えると、アマンダとダージリンはその場へ静かに横たわった。
リプトンは丁寧に眠るアマンダを抱えて、馬車に乗り込んだ。
ポリフェノールも、眠るダージリンを肩に担ぐと馬車に放り込んだ。
ポリフェノールとは、一度ここでお別れだ。
馭者は静かに馬車を動かし始めた。
馭者は何も言われていないが、全てが予定されたように言葉なく行動している。
馬車内も静寂に包まれていた。
まるでこれからの喧騒前の静けさのように。
リプトンはポリフェノールと過ごした刻が長く、少しずつほどけかけていた記憶は、再会した瞬間に鮮明となった。
傍で生活していたアマンダは、ポリフェノールの意思とは無関係にリプトンの記憶に引きずられて記憶を刺激されていた。
それが時々生じた頭痛の正体。
アマンダやリプトン・ダージリンが記憶を取り戻したことで、マリアンヌやジンジャーもその余波を受け、当時を僅かでも思い出すことだろう。
転生を繰り返した魂は強くなる。
本来なら昇華出来ている筈なのだが。
残念なことに、その当時(アマンダがアルバで、リプトンがスターディネスの時)の魂は転生回数が僅かで、魂が耐えられなかった。
その為にその傷は保護され、魂は砕けないように記憶は隔離された。
何度も転生するので1回分の記憶を隔離されようと、転生先では支障はない。
本来なら砕けた魂も次の転生時に吸収され、違う形で生きていく。何億兆京垓……………と繰り返される転生だ。
だが、ポリフェノールはそれを善しとしなかった。
実子がいない彼女が、初めて育てたスターディネスと彼の最愛であったクロウの子アルバ。
その2人とバルデスは魂が新しく、当時のまま亡くなれば違う魂に吸収されたことだろう。
世の理に手を加えたのは、長く生きたエルフ故か ?
しかし、天より叱りを受けなかったポリフェノール。
見逃されたか、それさえ些末なことと気にもされなかったか ? それとも必要な魂だと認められたのか ?
正解は解らないが、傷が塞がった魂はもう一度向き合う必要がある。記憶を取り戻し、その記憶と共に生きること。
下手をしたら今世の人生の邪魔になるかもしれない。
でも傷が癒えた今、あの時閉じ込めた感情を取り戻すのは、今後の長い転生の為にも必要なことなのだ。
アマンダ(アルバ)、リプトン(スターディネス)、リーディオ(バルデス)の3人の傷が深く、この時期が来るまで一切の記憶は思い出さなかったはずだが、他の転生者にはプロテクトしていないので、誘発されなければ過去の記憶は思い出さない可能性もある。
これからのアマンダ達には、過去にやり残した思いを辿りケリをつける必要がある。
アマンダの過去の1つ、アルバの願いを叶えることで、過去の蟠りが消えることになる。
リプトン、アマンダの当時の記憶が戻ったことで、リーディオ(バルデス)の記憶も誘発され戻ることだろう。
ただこの時点で、リプトンの願いは殆ど昇華されていた。
アマンダの母となったクロウを守り、現在もアマンダ(アルバ)を守ってきた。年齢的に引退するまで近くで見守っていけるはずだ。
もしここでアマンダが先に死亡することがあっても、魂の傷にならない程度に(魂は)成熟できていた。
無論悔しさは別ではあるが。
それからすれば、アルバ(現在アマンダ)の願いは少し難しい。
同年齢の令息(現在リーディオ)のバルデスと、家族のように過ごすことが望みであるからだ。
勿論、リーディオ(過去バルデス)も記憶が戻ればアルバを思い出すだろう。
2人の希望は、共に穏やかに暮らすことだったから。
しかし今、アマンダはあの時の可愛いアルバではない。リーディオも筋肉質な軍人バルデスではない。
どちらかと言えば、今の立場はアマンダが上である。
特にアマンダは国の方針を決め(ることに参加し)たり、処罰を決めたり、伯爵家を治める以外にも暗部当主として色々多忙なのだ。
この世界だけが全てではないと、記憶を取り戻していろいろ考えられ視野も広がったが、……でも共に暮らすのは、なかなか難しいんじゃないだろうかと、リプトンは思った。
そして数日後――――――――
「もしも、あくまでもしもよ。私がリーディオ様と結婚するとしたら、どう思う ?」
自信無げに問うと、2人から返答が戻る。
リプトンは慌てず、
「当家の婿として検討するのは良いのではないでしょうか。リーディオ様もお母様の件で、少なからずアマンダ様の背景に予測もついているはず。恩もあり、打診すれば断らないでしょう」と。
ダージリンはその答えに焦る。
「一緒に暮らすなら、好きな奴とだろ ? 昔のことなんか忘れて、前世関係なく決めろよ ! 最悪俺じゃなくても良いけど、ちゃんとお嬢を守れる奴にしろよ。頼むからさあ !! !」
アマンダとリプトンは、微笑んだ。
「何を言っているんですか。お嬢様はたとえ話と言ったでしょう ? 今、そんな暇はありませんよ」
「え?」
「現時点でアマンダ様の婿候補になれば、命が脅かされます。真にこの伯爵家に入るならば、悟られる前に鍛えなくては。
あるいは既に強い者か。まあ、本当に好きな方が出来れば、どんなことをしても逃がします。王家の誓約や恨みを持つ家門等、暗部で凪ぎ払いますから……だから良いんですよ、好きなら誰でも。お嬢様の味方は多いですよ」
「何だよそれ、リプトンっ」
怒気を抑えず声を荒げるダージリン。
アマンダもリプトンの返答に面食らっていた。微笑みながらもリプトンは、まあ最終手段はってことでと、言い直す。
「仮に好きでもなく浮気者で、同じ年の娘を連れて来る男と結婚されれば、いくら強くても私は殺します。お嬢様に止められても今度は殺ります」
それを言われると、ダージリンも辛い。
「それは俺もイヤ、かもです」
なんだかんだ、アマンダの幸せを願う2人。
アマンダはそこまで考えてはいなかった。
ただ、前世のバルデスとアミールとサンドとミストで、庭で遊んだ記憶が鮮明に蘇り、家族愛的な暖かさに満たされる自分がいた。今世とは違う暖かな記憶が。
何故かアミールがジンジャーで、ミストがマリアンヌということは思い出せなかった。
きっとその2人はこの時の前世にアマンダやリプトン、リーディオ程執着はなく、他の前世記憶に埋もれていて、記憶が曖昧なせいかもしれない。
ダージリンもポリフェノールに詰め寄らなければ、思い出さなかった筈なのだ。
そして、マリアンヌ(前世ミスト)達が自分の家族と解り、以前より憎めなくなったダージリン(前世サンド)。
アマンダが2人を思い出しているかは聞けていない。
アマンダからその話題がなく、聞くこともできない。
(今のところ「前世の家族よ、何故迷惑掛けるんだよー」と思うだけで)
リプトンにさえ、2人のことは聞けないでいた。
「ああー、もう…」と、もやもやが消えないダージリン。
アマンダも自分の気持ちが解らない。
でも、あの時の思い出が心を暖めるのは確かで。
今度リーディオに会う時、この気持ちがどうなるのか楽しみなのだ。
そしてリーディオも、前世を思い出す前からアマンダのことは気になっていた。
綺麗で陰のある女性だと。
そして最近、夢のように思い出した前世。
ポリフェノールの力業で夢でないと解った。
『えーと、これ夢じゃないよ。その証拠に明日からの万馬券伝えておくから、これから1週間来るから信じたら買ってみるように !』と、ふざけた感じで夢で伝えた。
当選が続いた為、3日目からリーディオも購入し結構儲けた。
「アマンダ様が、アルバなのか ? 本当に ? 生きてたのか ? 」
前世では死んでいるのだが、今世では生きているので、ギリギリ意味はあってる ?
ただアルバが生きていることは、リーディオの中のバルデスに感動を与えた。
アマンダと同じく、心が暖まる気がしていた。
そして決意する。
アマンダに会ってみることを。
この気持ちを確かめたいと、リーディオは思ったのだ。
「……やっぱ忙しいかな ? 呼び出して良いのかな?」
でも、ちょっとヘタレだった。
リーディオは、ギャンブル狂ではありません。ポリフェノールに言われて、馬券を初めて購入しました。




