5 マリアンヌ・ポリフェノール
「やっと、ここまで来れた」
マリアンヌは自分に与えられた部屋を見渡して、今まで住んでいた場所と比べた。
フェインは婿養子という立場上、邸宅を購入するなどの高額な経費は出せなかった。
その為ジンジャーとフェインは付き合い始めから再婚するまで、ダンジョン近くの宿屋に逗留していた。
面倒見の良い元冒険者夫婦が営んでおり、問題を起こさなければ身分や職種などは詮索されず、家族のような暖かさで過ごすことができた。
フェインはジンジャーと出逢う前から、ここを常宿にするくらい気に入っていたのだ。
2人でいた時はダブルルーム。マリアンヌが生まれて数年後、別の部屋のシングルルームをマリアンヌに使用させた。
建物は全部樫の木で出来ており、丈夫で風合いもあるが飾り気はない。
機能的であるが、女の子が使うには物足りなかった。
レースのカーテンや、可愛い小物入れ、おしゃれなクローゼットにすてきなドレス。
どれも若い女の子には憧れだったが、家では無理なのだろうと諦めていた。
普段着ているのも、汚れが目立たないワンピースだ。
だけど回りもみんなこんな感じなので、羨ましくもなく憧れていただけだったが。
掃除・食事も宿屋でしてくれるため、洗濯をジンジャーが行い乾燥をフェインの風邪魔法で済ますという、シンプル・イズ・ベストな暮らし。
時々台所を借りて、ジンジャーがリンゴパイを作り3人で食べたりもしていた。
たまのこんな贅沢。
周囲の家族も仲が良く、家も同じ。だからこれが幸せなのだと思っていた。
時々、フェインが長期で不在にすることがあった。
モンスターの討伐のための遠征だと言われていたが、父の不在はやっぱり寂しいものだった。
さすがのフェインもあからさまに伯爵邸を留守にはできず、定期的に戻り不充分な仕事や家族サービスを行った。
フェインとジンジャーは、伯爵家より介入されない現状が維持できるように、周囲やマリアンヌにも自分の身分を明かさないことにしていた。
この頃はみんなが幸せだった。
しかし転機は訪れる。
マリアンヌは美しく成長した。
父親譲りの輝く銀髪は、軽いウェーブがかかり腰まである。大きい紫の瞳、年齢のわりに大きな乳房、括れた腰つき。
154cm程の背丈で華奢な姿は、庇護欲を掻き立てた。
アルバイトで宿屋を手伝っていると、可愛い子がいると店の売り上げにも繋がった。
ダンジョンを訪れる冒険者や、戦闘訓練に来た騎士や貴族の目を惹くこともあった。
ただマリアンヌは生まれた時からここに住んでおり、常連の者からは自分の子供や妹のように思われていた。
宿屋のみんなが大事に接していた。
その中の誰かが「ポリフェノール伯爵家のアマンダ様に似てないか?」と発した。
「アマンダ様?」
自分に似ている人がいるのかしら。
マリアンヌは自分の容姿に、少なからず自信を持っていた。
「世の中には、自分に似ている人が3人位いるみたいだし。きっとその子も可愛い子ね」と、気にも止めずにいた。
宿屋の裏で洗濯をしていると、男の声が聞こえた。
男:「確かこっちに来たみたいだが」
マリアンヌの前に、質の良さそうな服を着た口髭の生えた鷲鼻の40歳位の痩せ型の男が現れた。
男:「ぐへへっ、私はレーヨン男爵だ。お前はなかなかに器量が良いから、後妻にしてやろう。嬉しいだろう?」
レーヨン:「こんな所で下働きをしているより、よっぽど贅沢ができて幸せだぞ」
そう言い終えるか終えないかで、マリアンヌに襲いかかってきた。
「きゃあ~、来ないで。やだやだ。お母さん助けて!!!!!」
座って作業をしていた為に、逃げるのが一瞬遅れてしまった。
マリアンヌの手首を捕み押し倒すと「さわぐな。平民が」と叫んだレーヨンは、頬を何度か叩いてマリアンヌを気絶させた。
1日意識が戻らずやっと目が覚めると、マリアンヌは自分のベットの上にいた。
「気がついたのね、マリアンヌ。よ、良かった。あ~、生きててくれた!」
側では手を握り、泣いているジンジャーの姿があった。
その後ろには宿屋の夫婦が。
女将さんは、マリアンヌが倒れた後のことを話してくれた。
男爵は私が気絶した後、自分の欲求を満たした。
しかし事を終えても覚醒せず呼吸音も小さかったために、私が死んでしまうのではないかと怖くなり、男爵の側近に相談し宿屋の女将さんを呼んだそうだ。
いつも近くにいる女将さんが近くにいなかったのは、側近にお土産の唐揚げを30人前頼まれて揚げていたから。
ジンジャーが離れていたのも、側近に黒狼の角を商業ギルドに売ってきて欲しいと、手数料付きで頼まれていたから。
食堂にいる者には、黒狼の角が手に入ったお祝いと言って酒をジョッキで振る舞っていた。
痩せ型で自分に自信のなかった男爵は、計画的にマリアンヌに近づいたのだ。
さらには側近に見張りもさせていた。
ただ、はじめてマリアンヌに逢って、心を奪われたのは本当だ。
妻にしたいと思ったが、こんな自分が告白しても振られると思い、強硬手段にでたのだ。
最悪の悪手だった。
さすがに悪いと思ったのか、男爵はマリアンヌの状態で見舞金を出すと言って帰っていった。
最悪死んでいたら、金貨の数枚でも渡して口止めする気でいたのだろう。
相手が貴族だから、ここにいる人達では裁けないかもしれない(母は子爵令嬢だが、あまりにも存在感のない貧乏子爵なので)。
しかし愛人の子ではあるが、マリアンヌはポリフェノール次期伯爵の子供で、伯爵家は男爵より遥かに上級貴族だ。
早馬で内容を伝えられたフェインは、すぐに宿屋へ向かった。
途中、怒りのあまり始めて竜巻を発生させて、森に被害を与えてた。
フェインは例え伯爵家に咎められてでも、できる限り男爵の罪を重くしたいと考えた。
まずは被害を受けた娘の安否と、娘がどうしたいかを聞いてみようと思った。
マリアンヌは起き上がれるまでに回復した。
4日間横になっていたことで、自分に起こったことを振り返っていた。
【1つめ】
頬を強く叩かれた後は何も思い出せないが、自分の体が汚されてしまった。
考えるだけで身震いするが、生きているだけマシだと思うことにしよう。
意図的に深く考えるのを止めて、意識をずらす。
ーーーーーだってそうじゃないと、バラバラに引き裂かれてしまいそうだから。
ここはダンジョンがある。みんな命がけだ。
私も命がけで生き残ったと考えよう。
本当は怖さと屈辱で死んだ所を生き残ったのだ。
まずは身分を盾に悪行を行った男爵への報復を考えた。
あの男の所業は今回がはじめてではないだろう。
今後泣き寝入りする人がいないようにしなければならない。
【2つめ】
身分を隠していた父の身分が、婿養子に入ったとはいえ次期伯爵だったこと。
母が愛人だったこと。
自分が愛人の子供だったこと。
伯爵邸には、正妻と伯爵令嬢がいること。
いつか聞いたアマンダという娘が、私の姉になるのだろう。
あの子にはこんな最低な出来事なんて起きないんだろう。
素敵な城で、ドレスや宝石に囲まれて、毎日笑っているのだろう。
自分の境遇が急に惨めに思えて、悔しくて悔しくて仕方なかった。
たまたま生まれる場所が違っただけで、天と地程に違う境遇。
逆恨みなのは充分わかっているが、アマンダの場所が欲しいと狂おしく思った。
マリアンヌのやりたいことは決まった。
男爵より慰謝料をぶんどり、今からでも教育と教養を身につけ完璧な令嬢と言われること。
男爵を役人に突き出さない代わりに、継続的な援助を約束させた。また、今回の戒めに平民への悪事を働いたら、伯爵家から私刑を行うことを伝えた。
フェインは不服そうだった。
マリアンヌも体を汚された相手に関わるのは嫌だったが、殺してしまったらそれで終わりだと思った。
それよりも、父が伯爵になった時に認知してもらえる道を選んだのだ。
「絶対にあきらめないから」
これがきっかけで、マリアンヌは悪女に生まれ変わったのだ。
フェインが伯爵になり、しばらくしてから認知は果たされた。
マリアンヌは貴族としての教養を身につけるため、自ら朝から夜遅くまで家庭教師の元に通い、血の滲む努力を重ねた(宿屋に家庭教師を招く場所がないために、通学していた)。
その最中、正妻が亡くなり伯爵邸へ移り住むことになったのだ。




