45 マリアンヌの憂鬱
サクラと組んだドレスの販売は話題性を呼び、多くの注文を受けることになった。
もう一つの狙いである、マリアンヌの印象操作についても好感触だ。
サクラがマリアンヌを社交界の中心と呼ばれるパティ・ペストローネ侯爵婦人に紹介し、彼女がマリアンヌを好ましそうに接したことで、概ね周囲にも受け入れられたのだ。
まだまだこれからだが、足掛かりは果たした形。
明るく控えめで所作が美しいことが、多くの者に好意的に受け取られた。
サクラはマリアンヌの印象を良くできたことを喜び、マリアンヌはそんなサクラの宣伝に貢献できたことを嬉しく思った。
サクラの作製は、大人の落ち着いたドレスのアクセントとなるような靴や鞄にも及んだ。
勿論控えた印象に出来るように、同色で揃えることもできる。
それらをアドバイス出来るファッションコーディネーターも、店舗に導入したのだ。
案外自分のことは自分では解りづらいもの。
親でさえ欲目で見てしまい、冷静な判断が出来なくなる。
希望の衣装、用途、値段を相談し、数点を選択して、選んでもらうこともできるようにした。
今の時代、値段ばかり高くても似合わない物は無駄になる。
着回しがしやすい上下の分かれた服も、種類を増やした。
飽きられないように小出しで販売すれば、販売を楽しみにしてくれる愛好者も増えていた。
特にマーメイドドレスのセパレートは、今までなかったので関心を持たれた。
ワンピースだと腰周りを強調し裾をフレアにするものが多かったが、セパレートだと扱いやすくひだ(プリーツ)やレースを入れる部分を変化させることが容易で、細かな意匠の刺繍やビージングも入れやすくなった。
シルクやビロードは外出のお洒落着に。
綿やデニムは自宅での普段着に。
特にウエストのゴム使用は、年配のご婦人に密かな人気を博した。
エンパイア、プリンセス、ブッファンドレスもセパレートにすることで、季節に合わせた素材や色を組み合わせられ、ヘビロテ服に変化した。
母と娘の物を組み合わせる楽しみ方も出来るように。
貴婦人の中には邪道と拒否する者も一定数いたが、一度便利さを知ると手放せなくなるのだ。
外出時は着なくても自宅では着用する人が増え、需要は高かった。
そもそもサクラは、クラプフェン王国だけにターゲットを絞っていない。
様子を見てグラナダリア王国やその向こうの国への販路拡大も考えていたのだ。
元々食品などの物流は、両親の貿易業で既に開かれていたので、後は知名度次第なのだ。
サクラは喜びを素直にマリアンヌに伝えた。
勿論デザイナーや製作に関わる全ての者に感謝しているが、頑張って多くにアプローチしてくれたマリアンヌに対し、ひときわ感慨深かったのだ。
その日彼女達は、店の応接室で2人だけのお茶会をしていた。
「ああ、ありがとうマリアンヌ! 貴女最高よ!」
販売数が過去最高となり、サクラは喜びでマリアンヌを抱きしめた。
「こちらこそ、ありがとう。私も少し自信が着いたわ」
マリアンヌも抱きしめ返す。
舞踏会の後も2人は共に行動し、礼儀作法や王国の歴史、主要貴族の噂(一部事実)等をサクラが、語学や武術等をマリアンヌが教えあって過ごした。
マリアンヌは授業では学べない貴族の裏を知り、少なからず困惑していた。
平民と暮らしていてもいろんなことはあるが、貴族の醜聞は比にもならず怖かった。
語学については、父母が冒険者時代の宿屋にいろんな人が来ていた為、お手伝いの時の対応で簡単な会話やイントネーションだけは覚えていた。
それを家庭教師に再度学んだので、何となく形になっていた。
武術は両親に学んだものだった。
サクラは苦手な語学や護身術を、身近なマリアンヌから学ぶことで刺激になり意欲的に学べたので吸収が速かった。
その満足感はさらに商売への意欲に繋がった。
「貴女のお陰で、すごくひらめき(インスピレーション)が湧くのよ。宿屋での会話も興味深いし、いろんな世界があるって感じるわ。もっともっといろんなことを知りたくなる!」
うっとりするサクラ。
「そうね。世界は広いの…よね。私も知りたいわ。夢中になれる何かを……」
夢に向かうサクラは自分には眩しすぎる。
私は幸せを掴みたい。
元々享受できた筈の貴族としての幸せを。
後ろ暗くない、純粋な一般的な令嬢としての暮らしを。
ポリフェノール家に来る前は、ただただ幸せになれると信じていたの、お父さん、お母さんと一緒に。
貴族として暮らして、お父さんをお父様、お母さんをお母様と呼び名を変えて、言葉遣いも丁寧にした。
誰にも笑われないように。
礼儀作法も大変だけど覚えた。
田舎者だって笑われないように、愛人の子だって指を指されないように、宿屋での嫌な記憶を思い出さないように、頑張ったの。
当たり前のように私を見下すアマンダに、弱さを指摘されないように。
でもでもでも、何処まで頑張っても何だか不安で。
だから憧れたのかもしれない、王子様に。
もし王子妃になれば、誰にも何にも言われないって。
幸せに暮らせるって。
でももし王子妃になって……そしたら幸せになれるのかしら?
こんなにいつも不安なのに、不安はなくなるのかしら?
王子様だって、結婚してももっと素敵な人がいたら目を向けてしまうのかしら?
例えばアマンダみたいな……。
(ああぁ。アマンダなんていなければ、自分と比べることなんてなかったのに。
せめて全くの他人なら、苦しまなかったのに!)
言葉を発せずマリアンヌは、泣いていた。
声も発せず泣いていた。
サクラは席から立ち、マリアンヌの眦にハンカチを優しく当てた。
涙は止まらなくて、サクラはマリアンヌの方へ移動し、座っているマリアンヌを抱きしめた。
「泣きたい時は声を出した方が良いよ」
「うわーん、うぁーん、えぐっ、ふっぐ……」
一度泣くと、暫く止まらなかった。
サクラにマリアンヌの気持ちは解らない。
だけど、がむしゃらに頑張ってきたんだろうことは想像がつく。
短時間で、美しさも知識も蓄えたマリアンヌ。
貴女は本当はどうしたいの?




