33 泣きたい夜空 その2
「ああ、クロウの面影がある。あの子がアルバだね」
「うん。目元がよく似てる」
ポリフェノールはアルバに近づき、顔つきを確認した。スターディネスも頷く。
この邸に魔法使いはいないようで、隠蔽魔法を掛けて室内に入室すれば、誰にも気づかれなかった。
気づかれたとしても、全力で叩き潰すだけだ。
ある意味全力で暴れる気でいるので、むしろ戦闘は望むところだ。
だが極力安全に救い出す為に状況把握は必須なので、アルバを手にするまでは慎重にいく。
それにしても、ここは既に襲撃があったような惨状だ。
広いホールの中央で、血濡れの男が倒れている。
懸命に治療はされているが損傷箇所が心臓に近く、施行中の治療では不完全の為、出血が止まりきらない現状では助からないと思われた。
ーーーーーーアルバが泣いている
ーーーーどうして?
ポリフェノールは気配を消してアルバの髪に触れ、胸に焼き付いている記憶を読み取った。
断片的な映像が、ポリフェノールの脳裏へ写真のように転写されていく。
それはアルバの根幹となる強い思い出のようだ。
母親のような女性に抱かれて、男子2人と女子1人に囲まれて微笑むアルバ
庭園で駆け回り、アルバを暖かく見つめる視線
アルバも視線の先へ、同じ思いを抱いている
彼女の過ごしやすいように手間と愛情を掛ける者達と、愛情に応えようと信頼を向けるアルバ
なんだこれは………………。
まるで本物の家族じゃないか。
彼女は愛されていたのか?
辛い日々を過ごしていたと思っていたポリフェノールは、目頭が熱くなり涙を落としていた。
こんな所で気を緩ませるのは命取りだと解っている。
それでも、それでも、幸せな時があったことに胸が苦しくなるのだ。
だが、映像は幸福なままで終わらない。
突然の襲撃に遭い、庇われながら女の子と逃走
アルバを庇ってくれた女性と青年は、一緒ではないようだ
逃走先で捕まりここへ連れ去られ
ここで…………虐待を受けたんだね。
そして呻くことしか出来ず激痛に悶え死を覚悟した時に、あそこで治癒魔法を施している兎獣人の子が、お前を助けたと。
でもその時にアミールとサンドだったか、お前を育ててくれた人が死んだことを知り、ミストが自分を庇うように嫁がされたことを思い出した
そんな絶望の淵でも、お前は前を向いたんだ。強い子だ。
兎獣人の子に救われたんだね。
それにしても、あの女『キンバリー』と言ったか?
あの女の醜悪さは何なんだろうね。
そいつがいなければ、少なくても余計な手を出さねば、アルバはもっと幸せでいられただろうに。
獣人とエルフの不仲は、長い確執ゆえ仕方がない。
一朝一夕には改善できないだろう。
それでもこの子らは、架け橋にもなっただろうに。
この女には、丁重な御返しが必要だね!!!!!
それよりどうしたもんかね。
手を貸さなければ、この男はもうじき死ぬだろう。
経緯はどうあれ、ここはアルバに託すとするか。
ポリフェノールは詠唱なく、バルデス・リコッタ・アルバ・スターディネス・ポリフェノールを、1つの障壁で囲んだ。
ーーーーそして姿を表し、アルバと対峙する。
「えっ!!!」
突然現れた侵入者に、アルバもリコッタも驚愕する。しかし、敵意のないエルフと人間に警戒心は強く湧かなかった。
キンバリー達の理不尽な暴力を受け続けてきた2人は、危険性がない人物であると瞬時に判断できたからだ。
それにリコッタは、集中を切らせない状態だ。
これ以上気を抜けば、バルデスの命はすぐ尽きるだろう。
その状態を把握した上で、ポリフェノールはアルバに声をかけた。
「私達はお前を迎えに来たんだよ。私はお前のお母さんの先生をしていたポリフェノール。隣の子はお母さんの友達のスターディネスだ。2人でずっと探してたんだ。 会いたかったよ、帰ろうアルバ」
そう言うと、アルバを抱きしめたのだ。
戸惑いが渦巻くも、不思議と嫌ではなかった。
それどころか、懐かしさすら感じる。
自分の種族故なのだろうか?
たくさんの混乱の中、それでも自分を探してくれた2人には怖さを感じることはない。
それが不思議にも思えた。
「お前はその男を助けたいのかい?」
急な質問にも、アルバは頷く。
「助けたいよ。だってバルデスは、私を迎えに来たせいで撃たれたんだよ。そんなのあんまりだよ」
アルバは両手を強く握りしめ、涙を浮かべた。
ポリフェノールはさらに質問を続ける。
「自業自得かもしれないよ」
泣いているアルバには、酷かもしれない質問をぶつける。
「だって、その男がお前を連れて来さえしなければ、こんなことにはなってない。お前は憎いエルフの子として、買われてきたんだから」
そう言うポリフェノールを、アルバは見つめた。
知っていたとアルバは答えた。
それはアルバがもっと幼き頃、バルデスが行く戦場に自分も行ってみたいと伝えたことからだ。
勿論どんな所かなど知らず、一緒にいたいから付いて行きたいと思ったのだ。
バルデスは怒ることもせず、人と人が命がけで大切な者を守る戦いだから、アルバは連れていけないと言った。
負ければ怪我をしたり、死んでしまうからと。
アルバは愕然とした。
アミールにいろいろと勉強を教えてもらっていたが、身近に危険が潜んでいるとは思っていなかったのだ。
バルデスは軍人で、国の為に戦う人だった。
そこからは自分でもいろいろと調べるようになり、エルフと獣人の確執も知った。
どうして獣人だけの国に、隠されるように皆と違う自分がここにいるのかも。
(エルフと獣人は仲が悪いから、安全の為に外に出られない。じゃあ、どうして私はここにいるの?)
悶々とする思考の中、アミールが答えをくれた。
「バルデス様は、最初は確かにここにアルバを閉じ込めて、自由がないことで貴女に嫌がらせをしようとしました。でもね、貴女の愛くるしい顔を見る度に、バルデス様は貴女のことを大好きになったのよ。貴女の名付けもバルデス様よ。
暁・夜明けという素敵な意味のアルバの名をね」
アミールは微笑んで続けた。
「バルデス様は親に恵まれず辛い時期をお過ごしで、いつもお顔をしかめていたわ。アルバが来てからよ、いつも楽しそうなのは。
戦争だって国民を守る為なのは勿論だけど、アルバに安全に暮らして欲しいから、攻め込まれないようにしていると思うわ。もう少し力をつけたら、バルデス様は安全な場所へ貴女を戻したいと考えているのよ」
「私はもういらないの?」
寂しそうに俯くアルバ。
「それは違うわ、アルバ。バルデス様は貴女と対等になりたいと思っているのよ」
「対等?」
「今の貴女は買われてきたエルフでしょ? そうじゃなくて普通のエルフに戻してあげたいのよ」
「普通のエルフ?」
「そうね、支配を受けない自由なエルフってことかしら」
「私は幸せだよ」
「そうね。でもきっとこのままではいられないわ。貴女も大きくなるし、バルデス様の周辺もきな臭い。キンバリー様の動きが解らないしね」
キンバリー様?
バルデスが帰宅した為、話はそこで中断となった。
バルデスと暮らし始めた経緯に悪意はあったが、アルバから見れば楽しいだけだった。
バルデスが大好きだった。
だからポリフェノールに助けを求めた。
「バルデス様を助けて。私はバルデス様がいて楽しかったの。ここで痛い思いをして、どんなに幸せだったかも解った。リコッタがいなければ、私は死んでいたの。でも私を迎えに来たからバルデス様が撃たれた。撃たれたのは私のせいなの。だから私は死んでも良いから、助けてあげて」
悲痛な声はポリフェノールに届いた。
覚悟を聞いたからには、全力で治癒してやろう。
ポリフェノールはリコッタと手を重ね、治癒の魔法を重ね掛けしていく。
バルデスの胸部は光輝き、傷が見る間に塞がっていく。
白かった顔は次第に赤みがさし、止まりそうな呼吸は平静となった。
アルバはバルデスの腕にすがり、泣きながら「良かった」を繰り返す。
「ありがとうポリフェノール」
泣きながらポリフェノールにも抱き付くアルバ。
でも、これ以上ここにはいられない。
アルバも解っていた。
ポリフェノールとアルバ、スターディネスは邸を去ろうとし、ポリフェノールは障壁を一旦解除した。
そして、再度3人に掛け直そうとした刹那、銃声が2発響いたのだ。
先程まで動揺して、放心状態だったキンバリーが引き金を引いたのだ。
1発はアルバに、2発目は咄嗟にアルバを庇ったスターディネスに。
銃声に気づき、素早く銃を奪ったマーカーだったが、既に手遅れだった。
「恩人達に、何てことをするんだ。お前は狂ってる!!!」
言われたキンバリーは、繰り返し呟く。
「あいつらが悪い。あいつらが悪い。私の完璧な家族を駄目にしたあいつらが。私は悪くない。私は悪くない。私は悪くない。私は悪くない………………」
その後は、へたりこんで俯いたまま動かなかった。
2発の銃弾は、アルバとスターディネスの胸部を撃ち抜いていた。
大量の魔力をバルデスの治療で失っていたポリフェノールに、2人を救う力は残っていなかった。
2人を抱きしめて、油断した自分を責めるポリフェノール。
「ああ、ごめんよ。やっとアルバに逢えたのに私のせいだ。スターディネス、お前までこんな。嫌だ嫌だ嫌だ、どうしてこんなこと。ううっ」
「泣かないでポリフェノール…私なら幸せだよ……バルデス様は助かったし、お兄ちゃんにも庇ってもらって、大事に思われてるって解って嬉しかった……」
「ごめんな、アルバ。もっと早く殺気に気づければ、お前に怪我なんてさせなかったのに……」
「ううん…お兄ちゃんは助けてくれたよ。2発…撃たれてたら、すぐに死んでお別れも…言えなかったもの……ありがとうお兄ちゃん、自分以外の…エルフに会えて嬉しかった…会いに来てくれてありがとう…だから泣かない…でね…さよなら…ポリフェノール……お兄ちゃん…」
後悔はないと言い残し、アルバは息を引き取った。
ポリフェノールとスターディネスは、何も言えず泣いていた。
スターディネスの傷も急所は避けていたが、心臓に近い動脈が破けて失血が著しい。
「ねえ、ポリフェノール……お願いがあるんだ…出来るなら、転生先でアルバを守れるように……して欲しいんだ…………クロウも守れず……その子も失ってしまった……今度はこの子の力になれるように……できるだけ……近くに……………………」
「解ったよ。約束した。あんた達が出会えるようにするさ。転生先が遠くても、無理矢理でも連れてきて近くにおいてやるよ。でも、記憶はないのに解ると思うのかい?」
「そこ……は気……力で…………なんとか…………する……………………よ」
「解ったよ、可愛い息子殿。母さん頑張るよ。本当はすぐにでも後を追いたいが、あんた達が転生して出会うのを見届けるとしよう。難儀なことだ」
死ぬことより、転生先を考えてるなんてね。
我が息子はいつも前向きだ。
この子だって、何度も失うのは辛かっただろうに。
「しょうがないね。ここは責任持って、ババアがもうひと働きするか」
ポリフェノールだとて本当は辛かった。
クロウのことで、ずっと引け目を感じて生きてきた。
まずは、ここを去ろう。
ポリフェノールは2人の亡骸を抱え、エルフの里にテレポートした。
亡骸を荼毘に付し里を後にする。
ここには二度と戻らないだろう。
辛いことが多過ぎた。
そうして里長とポリフェノール、里の数人の男達が居なくなった里は、驚異にさらされ、ダークエルフの里へと変わっていった。
そして里長や男達のいなくなった理由も、誰が言わずとも理解されているはずだ。
因果は巡る。
親の因果や子の因果。
無関心ではいられない。
知っていて黙っていれば、それも罪なのだ。
だから身内を責めはしない。
ダークエルフ達は、原因となった人間だけを恨むと決めたのだ。
ポリフェノールは、今日も走る。
クロウの子や転生の兆しをさぐる情報収集等を求めて。
キンバリーは、その後幽閉された。
実の我が子でも、銃を向ける危険人物として。
そして誰も面会に訪れなかった。
愛して止まないバルデスさえも。
バルデスは回復した後、アルバが死んだ経緯を聞き、生涯母を許さなかった。
「それは家族としてかもしれないが、愛していたよ、アルバ」
廃墟と化した別邸で、花を手向け思い出すバルデス。
ここには、アミールもサンドも眠っている。
ミストは子ができ頑張っていると聞くが、もう会うことはないだろう。
「1人は寂しいよ、アルバ………………」
何処までも続く青空の下で、ポツリと呟くバルデス。
ああ俺の世界は、アルバ達がいないと白黒だ。
色がないようだよ。
バルデスは生涯独身で、軍に従事した。
病気もせず健康であったも、哀愁を漂わせる余生を送った。
そして数百年後、アマンダとして生まれたアルバ。
リプトンは、スターディネスなのだ。
他ももろもろ、年の近い転生となったようだ。
それは次回のお話にて。




