30 戸惑う心 1
その日は突然やって来た。
普通ならば、邸の主バルデスと家臣アミール・サンド・ミスト、両親・祖父母以外は、防犯の為に強結界をかけている為入邸できない。
入るにはアミールに連絡し、事前に送った髪から本人情報を割り出して強結界に侵入許可を加えねばならないからだ。
バルデスが出兵中に母キンバリーが来ることは、今までなかったことだ。
しかし息子の暮らす邸を監査するのは、母として別段変わったことではない。
いつもと同様に入邸出来るよう調整し、邸に住む者はキンバリーを出迎えた。
護衛として伴ってきたのは2名。
いつもなら屈強な騎士が護衛に就くが、今日は魔導師2人が背後に控えている。
キンバリーが手を上げると、魔導師が呪文を唱え強結界を霧散させた。
その後仕組まれたように、数分後20名の馬上の騎士達が邸に駆けつける。
邸に張られた結界の効果範囲は10km。
騎士達の到着時刻を考えるに効果範囲ギリギリで待機していたのだろう。
何のために?
その答えはキンバリーから告げられた。
「バルデスの隠し子はどこ? 母親は誰なの? 下手な隠し事をすればすぐさまこの邸を焼き払うわよ。さっさと返答しなさい」
怒気の籠った声音は、猶予を与えない苛烈さがあった。
しかし、アミール達は即答できない。
隠し子はいないがエルフの子がいる。
エルフの売買は違法行為に当たる為、人前に出すことはできない。
獣人とエルフは、表には出さないが古来より犬猿の仲と言っても過言ではない。
さらにキンバリーは、夫がエルフに懸想し捨てられそうな過去を持つ。
バルデスの隠し子騒動よりも、状況は悪化する可能性があるのだ。
最悪だと邸に住む全員が思った。
唯一の救いは、アルバの部屋に張られた結界が解けていないことだ。
現時点で、アルバの存在を気づかれていない。
同時にアルバがエルフだとばれていない。
一時だけでも時間を稼ぐことが出来れば、アルバを逃がすことができるかもしれない。
アミール達は知略をめぐらせた。
アルバを逃がす為に。
バルデスの大事な子は、今や全員の守るべき存在となっていた。
『守るべき家族』
そこには獣人もエルフも関係はない。
愛する者なのだ。
アミール達は膝をつき、恭しくキンバリーを出迎える。
「ようこそお越しくださいました。キンバリー様」
顔を俯かせ相手の反応を伺う。
キンバリーは声を荒げて、アミールを思いきり蹴り飛ばした。
「あなた達は私を馬鹿にしているの? ここに子供がいることは解っているのよ。なにをモタモタしているの。それとも、連れて来られない理由でもあるのかしら?」
顔を醜く歪ませ息があがるほどの声で叫ぶ。
鉄の扇を右手に握りしめ、飾られた花瓶等を薙ぎ倒していく。
アミール達は土下座姿となり、キンバリーに答える。
「ここには子供等居りませぬ。本当で御座います。もし不信で御座いましたら、どうか探されてくださいまし」
全員で伏して伝えた。
その様子に、キンバリーはここには居ないかもしれないと思った。
勢い巻いたが、隠し子が居ないならそれに越したことはないのだ。
ただ疑念が残る。
アミール達が買い求めていた、赤子のミルクや子供の衣類などはどこに使われたのか?
そこで1つ鎌かけをしてみた。
これでスッキリすれば、この場は立ち去ろうと。
「ミストは嫁に行かないのですか? 良ければ紹介しますよ」
淑女の顔でそう言えば、ミストが答える。
「ありがたいお言葉ですが、私は今の生活が幸せですから。結婚するつもりは御座いません」
その顔に嘘はないようだ。
次にアミールに。
「バルデスは気難しいだろう? 側で世話をしてくれるのはありがたいが、そろそろ所帯をと考えていた。誰か付き合っている者など居ないのかしら?」
「失礼ながら存じ上げません。申し訳ありません」
この問いにも嘘はないようだ。
最後にサンドに問う。
「幼子は可愛いのう。お主は子を欲しくないのか?」
サンドは油断していた。
母・姉が世間話をされ無事終了されていた為、気軽に答えてしまった。
「欲しいですね。子供の笑い声には勝てませんから」
笑いながら言うミストの顎に、キンバリーは鉄扇を当てた。
「その子供、どこで会ったのだ? 素直に申せ」
しまったと眉根を寄せが、既に手遅れだった。
キンバリーは確信した。
サンドの身近に子供が居た事実を。
キンバリーが把握する範囲で、この近隣で貴族の子供はいない。
邸近くの武術訓練所は、実際の戦闘を模した演習が行われることが多い。
12才以上で参加は可能だが、軍務大臣子息バルデスが居る場で笑い声を発する者もいないだろう。
皆真摯に打ち込んでいる姿をアピールしたいからだ。
無論側近のサンドに対しても然りである。
バルデスの側を離れて、わざわざ子供と接触する機会など皆無だろう。
ならば子はバルデスの近くにいるはず。
キンバリーはそれほど知性的ではない。
これらの推理が働いたのは、偏に過去の屈辱とその時からずっと夫の言動を疑ってかかっているだけのこと。
所謂女の感だ。
「皆の者、この屋敷を洗いざらい探せ。子は居らずとも手がかりだけでも探すのだ」
アミール達は蒼白となる。
3人は無言で互いを見つめ頷く。
そして騒ぎに乗じて、アルバを逃がそうと動き出した。
兵士により荒らされていく邸は、目も当てられぬ位に滅茶苦茶に荒らされている。
まさに鼠一匹逃さない程だ。
魔術に長けているアミールだが、キンバリーが連れてきた2名の魔導師には及ばない。
一対一ならばアミールの圧勝であるが、2名分の力はないのだから。
相手の隙に乗じて簒奪し逃がす。
それしかない。
「お嬢様お逃げください。族が出ました。逃げてー!」
3階の奥部屋の方に向かい、サンドが大声で叫び走り出す。
兵はそちらを目掛けて追走する。
キンバリーも向かっていた。
それを確認し、1階のアルバの部屋へ2人は走る。
「アルバ、ここから逃げます。私に掴まって!」
ミストの切迫した声に、不安を隠せない顔で頷く。
アルバを抱えたミストは、まだ結界が効いているこの部屋の窓から外に出て走り出した。
ミストは胸にアルバを抱え、繋いであった騎士の馬に騎乗し振り返らずに先を目指す。
それを確認しアミールは3階へ急ぐ。
「サンドは無事ではないだろう。持ちこたえておくれ、今母も行くから」
風魔法で体を浮かし、気配を辿り窓を破壊し3階の部屋へ入る。
そこには兵士に攻められ、ボロボロに殴られたサンドが倒れていた。
「子供は何処だ。隠しだてして済むと思っているのか? これ以上殴られれば死んでしまうぞ! バルデス様の血筋とあらば、すぐ殺されることもあるまいに。何故ここまで抗うのだ?」
兵士達は泣きそうになりながら、サンドに詰め寄る。
後方のキンバリーに逆らえず尋問するも、それは兵士達の本意ではない。
力が支配する獣人族。
狐獣人は線が細く本来なら騎士には向かない。
それを努力と根性で、元軍務大臣のジェラトーリにも剣の腕を評価させる逸材。
兵士達の憧れの存在。
この行為も、バルデス様を守る為だということは明らかなのだ。
忠義深い仲間が死ぬ危険がある現状。
だが、現軍務大臣夫人のキンバリーには逆らえないのだ。
その葛藤の最中アミールが現れた。
声には出ないが皆が祈る。
早く連れて逃げてくれと。
アミールがサンドの肩を抱えると耳元に囁く。
(あの子達は逃げたよ)
その声に、サンドは微笑み目を閉じる。
アミールはサンドを連れて去ろうとしたが、邪魔が入る。
魔導師の2人だ。
兵士達はサンドに同情的だが、魔導師とは接点もない。
そして元来魔導師とは魔導を目指す孤高の存在。
他者に関心は薄い。
2人の魔導師が代わる代わるアミールの魔法を無効化した為、魔法では逃げられなくなった。
杖を短剣に持ちかえ挑むが、魔法攻撃に敵うべくもない。
雷撃を落とされてアミールは絶命した。
2人の死に兵士達は悲壮な面持ちで黙り込む。
そして疑問が湧く。
何故、ここまでしなければならなかったのかと。
そんな兵士を他所にキンバリーは言う。
「私に逆らうなど身の程知らずが」
吐き捨てるような物言いに、兵士達は我慢で身を固くした。
「こんな埃っぽい所には居られないわ。お前達はここを片付けてから帰還しなさい。この邸の賠償金はこれで仲介業者に払っておいて。余った分はお前達の賃金にしなさい。では転送魔法で帰るわね」
袋一杯の金貨を兵士のリーダーへ手渡す。
そして直ぐ魔導師2人を侍らせて、キンバリーはその場を去った。
「あんまりだ。こんなこと許されない!」
兵士達は探し物の散策と言ってここに集められた。
確かに結界がどうとかおかしな面もあったが、気紛れな夫人がダンジョンか何かで珍しい宝石でも見つけたい程度だと思った。
それがこんな事態に……………………。
兵士達がこの後にしたのは、二人の埋葬だった。
皆で合掌し、顔を拭き、服の埃を払い、神父を呼び祈りを捧げ荼毘に付した。
邸の賠償金を支払い、残った金貨は葬儀に当てた。
誰もその金貨を受け取りたくなかったのだ。
上の命令は絶対であり逆らえない。
しかし今回のような矜持に逆らう命令に、軍に居続ける気が失せてしまった。
また同様の命があった時従える気がしない。
20名の騎士はマーカー・クリンパスの直属騎士を辞した。
マーカーの元には今回のあらましと、キンバリーの残した金貨の残りを郵送した。
辞めた兵士は心身共に素晴らしい、マーカーの幼馴染みでもある有能な騎士であった。
マーカーはこの件で、戦場で生き残る確率を大幅に下げた。
それ以上にかけがえない仲間を失ったのだ。
その頃ミストとアルバは、アミールの故郷へ向かっていた。
二人は不安の中、お互いを抱き締めたまま馬を走らせる。
執念深いキンバリーは、魔導師2人にアルバの捜索を依頼していた。
魔力探知を使えば、数日で居所は探られるだろう。
回復魔法以外に明るくないミストは、その可能性に気づいてさえいない。
任務が終了したバルデスが邸に着くのは、まだまだ先のことだった。




