3 ジンジャーの気持ち
アマンダが去った後、伯爵は2人を各々の部屋へ案内した。
伯爵:「二人とも疲れただろう? 今日からここが君たちの家だからね。ゆっくり過ごして」と、穏やかな笑顔で労りの声をかけた。
ジンジャー:「ありがとう、フェイン。とても素敵なお家ね。でも、奥様が亡くなったばかりなのに、私たちがここで暮らすことに娘さんは何も言わなかったの?」
不安げな表情で伯爵を見上げる。
伯爵:「大丈夫さ。物分かりの良い子だからね」と、薄く笑った。
現伯爵フェイン・ポリフェノールは、スクラロース前伯爵家の三男である(現在、長男が当主になっている)。
突出する才はないものの、人当たりが良く物腰が柔らかな様子は、万人に好かれた。
時々、同性からの嫉妬も買ったが、軽く往なすスキルも持ち合わせ済みだ。
幼いときは、可愛いくりくりおめめの天使とも言われた。
成長するに連れて、母親譲りの美しさが前面にでると、老若男女が笑顔になるほどのイケメンとなる。
如何せん顔以外は、武勇・魔力・知力とも平々凡々だったので、冒険者にでもなり世界一周でもしようと、のんきに考えていた。
野心も攻撃性もない。
良く言えば優しいが、優柔不断なのだ。
イケメンなので、女性からのアプローチは多いが、女性側も内面を知っているため、都合の良い恋人止まりで、本人もそんな状態に甘んじていた。
だが、ここでアマンダの母の登場である。
ある舞踏会で、ファーストダンスを踊り、恋に落ちてしまったのだ。
惚れっぽい性格だったので、このようなことは何度かあった。
そのため、ポリフェノール伯爵達は、いつもの気の迷いだろうと様子を見ていたが、日に日に恋やつれしていく娘の姿が。
仕方がないので、スクラロース家に婚約を打診。
スクラロース家は、奔放な三男が有力伯爵家の後継ぎになれると、喜んで受諾したのだ。
フェインの意見は無視した形で、トントン拍子に話が進み、婚姻となったのである。
貴族にはよくある政略結婚だったが、フェインも妻からの思いは嬉しく、しばらくは穏やかな時間が流れた。
しかし、ポリフェノール伯爵からの後継教育は厳しく、息抜きのために領地の視察と言って、度々伯爵邸を離れた。
そのせいで、次第に期待されなくなったのだろう。
でも、それで良いと思っていた。
伯爵家の使用人は、執事から下働きまで優秀な人材にあふれていたから、自分が不在でも支障はないだろうと。
その影で、アマンダが背負った重責にも気づかないまま……。
フェインの持ち前の物腰と優しい笑顔で、邪険にされることはなかったが、頼られることもないように感じていた。
妻だけは、いつもフェインを優先したが、邸宅内の居心地の悪さは常にあった。
優秀な人材の中にいると、自分自身の出来の悪さが拭えないからだ。
妻は愛らしく、守ってあげたいと思う。
唯それだけで、恋慕などは感じたことはない。
娘に対しても可愛いとは思うが、何よりも優先される程の愛情は感じられなかった。
その最中に出会ったのが、ジンジャーだ。
暗いダンジョンを、男の冒険者さながらに剣を振るい、魔物を捌いていた。
張り付いた微笑みや、見え透いたお世辞や嫌みなど無縁の、生き生きとした眩しさ。
自分の唯一の特技である水魔法で、サポートした際の満面の笑みに心を奪われてしまった。
ジンジャーはフェインのことを、こんな辺鄙なダンジョンに居るのだから、家を継がない下位貴族だと思っていた。
気が合い楽しいので、付き合っても問題ないだろうと。
しばらく付き合った後、フェインから現状の説明を受けたが、その頃には別れられないほど好きになっていた。
日陰の女でも良いから、ずっと一緒にいたいと初めて思った相手なのだ。
そんな自分が伯爵邸にいる姿は、誰が想像できただろうか。
「あなたが側にいるだけで、何もいらないわ」
本心からの言葉だった。
そんな母を横目に、マリアンヌは一瞬冷ややかな表情を浮かべた。
マリアンヌ:「本当にここに住むのね。お嬢様になるのね。素敵、素敵!」
そう言うと、無邪気にその場をクルクルと回って見せた。
フェインもジンジャーも、嬉しそうにその様子を眺めていた。




