29 失われたエルフの子ら 3
バルデスは、売られてきたエルフを眺めていた。
銀髪に緑紺の瞳が美しい男の赤ん坊だった。
特に泣き叫びもせず、指をしゃぶり眠っている。
捕獲業者と言って憚らない、金髪緑目でバリトンボイスの男は「こいつは、とある色欲異常公爵と奴に拐われたエルフとの混血だ」と。
あくまでも自分が拐ったとは言わない。
低音で淡々と話す男からは、何の感情も得られない。
身の丈は190cm近く細身であるが、全身は筋肉質である。
しなやかな肢体は忍の動きに似ており、口元は常に隠されている。
ややつり気味の目は薄く開けられ、いつも笑みを湛えているような錯覚を起こす。
父の事件から時は流れ、今バルデスは齡120を迎えていた。
狼の獣人である彼はまだまだ若輩ではあるが、その頭脳は軍の戦略を支える才子と讃えられる。
その為兵器や補充物資・雑貨に至るまで、ある程度の購入裁量が許されていた。
特権を利用し、秘密裏に何かを運んでも誰にも戒めを受けない立場。
軍務大臣の息子であることも拍車にかけ、詮索もされない現状。
バルデスは考える。
このエルフが辛いと感じる事は何かと。
普通のエルフは争いを好まないと聞く。
ではこの子は戦場に送ろう。
本能に逆らって他者を傷つけ屠るがいい。
そしていつか他のエルフと会った時、自分が異分子だと孤独を味わうといい。
まずはそれまで生き残れるように手は貸そう。
魔法以外の身体能力が低いエルフが生き残れるか?
孤児扱いで軍で生き抜くのは想像に難くない。
生き地獄であろうな。
生き残れる術を身につける師をつけてやろう。
簡単に死なれても面白くない。
捕獲業者には多額の金を支払っているのだから。
この捕獲業者は不必要なことは何も言わない。
だから詳しい出自は不明だが、エルフと人間の混血なのは身体を覆う魔力で解る。
自分と同じ境遇の赤子に、情けもかけぬのだから筋金入りだ。
赤子は400歳超えの兎獣人のカツレ婆に預けよう。
兎獣人だけに子沢山。
一族で俊敏性に長けており、斥候に従事しているものが多い。
偵察が主の仕事だが、敵に遭遇することは避けられない。
力が人間並みゆえ、体術面での劣りを魔法でカバーする者が多いのだ。
エルフと似ている部分があり丁度良い。
面倒見が良い婆なら、教育に適していると言えるだろう。
他の子らと共に赤子は成長。
ある程度の年となり民兵の軍学校に入学。
体力面での苦労はあったようだが、共に育った兎獣人と共に斥候に従事。
溢れる魔力を存分に扱い、追い詰められた場面でも逆に敵師団を殲滅させたと何度か報告があがる。
争いを好まないどころか今や『血濡れの特攻野郎』との二つ名が付けられ、他の部隊からも協力要請が来るくらいだと言う。
笑いながら敵を屠っているらしい。
環境に適応しやがった。
今回は失敗だがまあ良い。
次は女のエルフだ。
男児を買った3年後に女児を買った。
この赤子も男児と同親だ。
まずは高度な教育を施し、倫理を養ってから高級娼館にでも売り払おうと思っていた。
今回は魔法の訓練もしていない。
自尊心強く事前に自害をされては敵わないので、教育が終了してから娼館へ秘密裏に移動しなし崩しで娼婦にしようとした。
しかし雨の中の移動中、馬車が崖から落下してしまう。
娘に成長したエルフは重症を負ったが、同行者及び御者は即死であった。
娘は何処からか送られてくる大量の魔力により、知らずと体が守られていたのだ。
そこに偶然通りがかりの大教会の枢機卿が、回復魔法で娘を癒した。
枢機卿の手にかかれば即全回復である。
さらに娘の潜在能力にも気づき、大教会に連れていってしまう。
勿論亡くなった同行者と御者の弔いと埋葬も、枢機卿が指示し済まされた。
娘のことは秘密裏に動いており、教育を施していた者にも口外禁止としていた為俺に繋がるものは何もない。
監視をしていた者に報告を受けても、動きようがなかった。
身元が不明である者に、表向き部外者のこちらが苦情等つけられるべくもない。
詳しい追求を避ける為、娘のことは一旦諦めることにした。
俺が想像しているエルフと赤子達(ある程度成長したが)は、環境のせいかだいぶん解離がある。
随分と逞しいというか。
協調性半端なくあるよな。
親の遺伝か?
前の女児を(金銭で)引き取ってから5年後に、同親の女児を再び購入した。
1人目の男児は争いや死の恐怖を与えたい
2人目の女児は自尊心を奪いたい
果たして3人目には何を挑もうか?
自由を奪って閉じ込めようか?
1人目も2人目もとても美しい容姿だ。
だが2人の母親は、どれ程美しくても幸せになれなかった。
悪意に捕まってしまったから。
やはり公爵と同じように、自由を奪うことが一番の苦痛になるのかもしれないな。
但し恋情とか欲情等には、結びつけたくはなかった。
昔誰かが言っていたように『仕事のミスなら挽回できるが、女での失敗は身を滅ぼす』と。
俺は今でも思うよ。
親父があの3年間でまともになっていなかったら、きっとクソ爺(祖父)に殺られていた。
そんな親父の家族である俺達は、家を出されるか同じように殺されたかもしれない。
甘さのある者に軍務大臣は勤まらない。
それが今もトラウマなのか、俺は誰かに恋情を抱いたことがない。
もっと言えば親父のように、恋をして暴走し身を滅ぼすことが怖いのだ。
俺は自分のコントロールに不安しかない。
あの親父の遺伝子を受け継いでいるのだから。
だから母にいくら詰められても、婚約者も作らなかった。
将来的に俺が家を継いで、更に次代を継ぐ者を欲しているのか?
また単純に孫を可愛がりたいだけなのか?
世間体なのか?
どれかかもしれないし、全部かもしれない。
母の親(俺からは祖母)は、国王の妹に当たる公爵家の者だった。
プライドが高く、父に対しても上から目線だった。
本人は凛としているつもりだったのかもしれないが、キツい物言いや自我を押し通そうとする所には、子供ながらに辟易していた。
御付きの侍女らが進言出来れば良かったのだが、祖母に姫のように育てられた母は諫言等聞くはずもなく、返って罰せられることもあったので、皆一様に口をつぐんだ。
完全なる政略結婚。
今なら素直そうなエルフに傾いた父の気持ちが、少しだけ解る気がする。
立場を忘れての行動には閉口だが。
(もっと上手く発散したら良かったのに、要領の悪い)
そんな母は俺にも同様な態度だった。
私とあの人の子なのだから、優秀な子に違いないと。
子供ながらにイタズラや我が儘を言うと、乳母や教育係が執拗に叱責を受けた。
時には折檻も受けていた。
なのに直接俺には当たらないのだ。
「貴方は悪くない。悪いのは周囲の者よ」
余計に罪悪感が募ったものだ。
それからは我が儘を言わず、母親の思う通りに行動した。
我が儘を一切言わなくなった俺に、周囲は心配した。
口の固いアミールとサンドにだけ、時々愚痴を聞いてもらった。
その話が周囲に漏れることはなく、何かわからない安心感が積み重なっていった。
後継等俺としては、養子で構わないと思っている。
父の姉には息子が3人いる。
皆素晴らしい人格者なので、従兄弟が継げば問題ないのだ。
だが母は俺が完璧でないと許せないようだ。
それが母の矜持に繋がるらしい。
だとしても愛もない女を妻にして、母の自尊心を満たす気にはならない。
その事だけは父に相談し、承諾を得ていた。
「俺が言えることではないが、お前には幸せに結婚して欲しい。俺は1回失敗しているから俺は俺の責任を取るが、お前は別に家を継がなくても良い。
それこそ、姉さんの子でも良いんだよ。お前は既に戦争の報奨で子爵位を持っている。何もしてやれなかったが、自由に生きて欲しいんだ。
伝わってないと思うけど、お前のことは愛しているんだよ」
父は優しく笑っていた。
思えば祖父の無茶振りで、父には心休まる暇もなかったようだ。
訓練や外交で殆ど自宅にいなかったし。
だから婚約の件は放置していたのだ。
その内に3人目のエルフが到着した。
その女児もとても美しかった。
上の二人と違うのは、銀髪でありながらも瞳がアメシストのような紫だったことだ。
「美しいな」
その瞳は今まで見てきた中でも、一番綺麗に思えた。
そう呟くと赤ん坊は、キャキャと笑った気がした。
褒められたのが解ったのかな?
不思議に胸が弾んだ気がした。
ここ最近、こんな気分になることはなかった。
上の二人は身分を隠し、孤児として他家に育てさせたが、3人目の赤子は外部には接触させず、唯一信頼を置く乳兄弟の妹に任せることにした。
俺は親とは別に暮らしている。
鍛練が出来るよう、武術の訓練所の近くに邸を借りていた。
人が近くにいると付き合いが煩わしいので、邸にいるのは俺の乳母だったアミール、乳兄弟で右腕のサンド、サンドの妹のミストのみ。
アミールは幼い俺を守る為に雇われた、獣人には珍しい魔導師の狐獣人。
200才を少し超えた頃で、人間から見れば30代後半と言ったところか。
細目の美人で薄黄色の髪を後ろで1つに縛っている。
若い頃はかなりの美人で恋多き女だったそうだ。
元夫は伯爵だったが、乳母になる前に離婚している。
今はやや小太りだが、いつもニコニコしている印象しかない。
ただ敵には容赦なく、雷撃か火矢一撃で絶命させる。
万が一でも俺に向かって来ないように。
サンドはアミールの息子で、剣術の腕を祖父も認めている達人レベルとなった。
(俺を守るべく、祖父の扱きに耐えたともいえるか)
長身(2m程度)で短髪、筋肉隆々の見た感じゴリラだ。
でも顔は整っており、実は俺よりキャーキャー言われているのを知っている。
でもそんなことは教えてやらないのだ。
俺の方は、身分目当も入れて同じくらいの騒がれ方だ。
剣術バカなので女の影は見えない。
もし居たら満面の笑みで自慢するだろうから、本当にいないんだろう。
ミストは回復魔法と護身術が使える。
使える魔術は回復魔法だけだが、獣人が回復魔法を扱えるのは非常に珍しい。
才能は母親讓りだろう。
護身術も子供1人位なら余裕で守れるはずだ。
レイピアを胸に忍ばせて、本邸での暗殺者を何人も葬ってきた女だから。
健康的な小麦色の肌にオレンジの大きな瞳が美しい童顔に、似つかわしくない魅力的な肢体。
大きな胸に男は油断するのだろう。
客館的に見て女として魅力的なミストは、他家に嫁がず今だに俺に遣えてくれている。
嫁に行くまでで良いと確約を取り、赤子の世話を頼むことにした。
それから3か月位は、時々様子を見に行った。
あくまでも死んでないか確認する為だ。
母乳の出るものはいないし、秘密で囲っているので母乳を貰ってくることもできない。
様子を見る限り、市販のミルクでも大丈夫なようだった。
ミストも子育ては初めてだったが、アミールに教えられてなんとか頑張っているようだ。
俺は赤子にアルバと名付けた。
名前がないのは不便だから。
名にはエルフ、暁、夜明け等の意味があるらしい。
「まぁ、こいつがエルフなのは本当のことだからな」
つんとそっぽを向きながらそう言うと、
「良い名で御座います。アルバは幸せですな」
とアミールが頷き、サンドもミストも微笑んでいた。
俺は親にも爺にも恵まれなかったが、仲間は良い奴が回りにいるなと幸せになった。
ただ軍人である俺は、争いがあれば家を開けねばならない。
遠方の国であれば何か月、何年とかかることもある。
アルバの部屋には結界も張ってあるし、邸の周囲10kmも普段から不審者や襲撃者を寄せ付けないように、俺・アミール・サンド・ミストと両親・祖父母以外は、連絡がないと入れないようにしている。
当然1人では来ないから、事前に連絡された護衛2名も入れるようにアミールに調整してもらっていた。
もし家族が来てもアミールの強結界(気配と共に音も遮断)の前には、誰も赤ん坊がいることはわからないだろう。
アルバを中心に穏やかな日々が過ぎていった。
あんなに憎いと思っていたエルフだったのに、長く暮らすことで情がわいてしまったようだ。
アルバが可愛くて仕方がない。
笑って俺に駆けてくるかけがえのない存在。
心許せる仲間との擬似家族のような幸せは、今まで感じたことのない感覚だった。
だから俺は油断していた。
それは隣国の獣人との争いで、5か月程出兵していたことだ。
今までだって、その位家を開けることあったが何もなかったのに。
俺は忘れていた。
最大の地雷を抱えていたことに。
婚約者の件を保留にしていたことで、母が我慢できなくなり俺の邸に襲撃していたのだ。
俺の身辺を調査し購入した物等から、子供のいる可能性を割り出した。
邸に他者が招かれた様子がないことから、ミストが生んだ子ではないかと憶測されていた。
母は怒り心頭していた。
「散々私を無視して、よりにもよって離婚して貴族の爵位もない身分の女の娘となんて! その女が死ねば正しい血筋と婚姻できるわ。大丈夫、この母に任せておいて」
アルバ4才。
後3ヶ月で5才になる頃の出来事だった。




