28 失われたエルフの子ら 2
クロウの子らは捕獲業者から、ここナイルドグラス国へ連れてこられていた。
戦力の高い強国で、武器・軍人・傭兵などあらゆる戦闘力が秀でていた。
獣人が国のトップを独占し、発言力も桁違いだ。
ただ獣人は身体能力は強いが、細かな技術を必要とする魔法の類いが不得手だった。
そのぶん目に見える身体的な力、柔術や剣・槍術、銃機等の鍛え上げることで即戦力と解る者を評価した。
当然国民も評価が高じられる職種を選択し、そちらの技術は向上したが、魔法や諜報活動等は昔と変わらない有り様だった。
国の宰相は憂いた。
このままでは魔法戦で圧倒的な弱者。
自国の弱い面を補う為協定を結び、エルフに協力を仰ごうとしたのだ。
狡猾な人間よりは、まだ話しやすいからだ。
議会では『何を弱気な!』と反対意見がでたが、冷静な議員は賛成に回った。
現役の議員に短慮な者はそれほど多くない。
面白くないのは、エルフを敵害視している老齢な重役達だ。
見目美しいエルフは、獣人達にとっても憧れの存在だった。
百年程前に力ずくで娶ろうとして、逆に返り討ちにあった若い獣人がいた。
その獣人は軍務大臣の嫡男でありかしづかれて育った為、獣人が一番優れていると疑わず、他の人種は自分達に従って当然という驕りがあった。
通常ならばそんな馬鹿なことは、考えるはずはなかったのだが。
獣人は近接戦闘では圧倒的に強いが、魔力が乏しい為個人での遠隔戦闘には向かないし呪術では専門家が少なく圧倒的に不利である。
また宰相のような大臣クラスが発言しても、軍事が頷かなければ育成計画は変わらない。
軍部での上下関係が強く、部下は上からの命令には逆らえない為、その場での臨機応変さに劣る。
エルフは魔力量が多く、一定の距離を置けば魔術を展開し近寄ることもできない。
しかし身体能力は人間並みかそれ以下の者が多い。
魔道具で魔力を封じられるか魔力切れを起こしたり、不意をつかれたら不利である。
人間の大多数は、他に比べて脆弱とも呼べる。
だが人間は個人の戦闘力や魔力は劣るが、魔力の多い人間の婚姻を繰り返しエルフ並みの魔力を保有する者が一定数存在する。
そして情報収集をする為の間諜能力が発展している。
身体的な力は獣人には圧倒的に劣り、エルフよりはやや強いか同等である。
しかし剣技・体技は伝承されており、人口が爆発的に多い人間の頂点の技は目を見張るものがある。
魔道具に関しても、能力増幅や武具・防具等が研究者のたゆまぬ努力で日々改良が加えられている。
そんな魔道具を持った軍人達は、決して侮れない存在だ。
己達が弱者であると戒め、邁進してきたのである。
長い年月で獣人・エルフ・人間は、お互いに牽制する立場になっていた。
それでも獣人優位とし、多種族を侮る者は少なくなかったのだ。
ある日、近隣する土地の使用について、獣人とエルフの会議が行われた。
その土地はエルフが昔から暮らす住居に近く、当時から不可侵として協定を結んだ森だった。
その場所を荒らす緊急の必要性などない。
ただ獣人の好物のアボルガドが自制しているので、商売として目をつけただけである。
住居不足などと適当な理由をつけても、受け入れられないのは解っていた。
所謂威嚇に過ぎない。
ただ難癖をつけて、あわよくば場を奪おうと言う思惑はあったが。
老成のエルフとてそれは解っているが、非が及ばないよう適当にあしらっていた。
そこで事件は起こる。
軍務大臣の嫡男マーカーは、里長エルフのサポートに付いていた若きエルフに一目惚れした。
新緑色の髪を肩まで伸ばし、ややつり目で碧眼の美しい男だった。
既に妻子がいる身であるのに求婚し、無理やり接吻しようとしたのだ。
重婚は認められておらず、若きエルフの同意も得てはいない状況。
若きエルフは拒絶を示し、身体の表面にバリアー(障壁)を展開。
マーカーは軽く弾かれて尻餅をつく。
そこで引き下がれば良いのに、プライドが邪魔して受け入れられない。
「卑しきエルフごときが、誇り高き獣人になんたる非礼!」
驚いたのはエルフだけではなかった。
腹の探りあいで、非を見せぬように揚げ足取りされないように配慮をしている会談なのに。
軍務大臣の只の嫡男でしかない者が、あからさまに侮辱をしたのだ。
獣人側は一斉にマーカーを取り囲む。
そして婚姻している身で、無作法を働いた彼に謝罪するよう促した。
悔しげな表情をしながらも、数の威圧には勝てずおずおずと謝る。
「申し訳なかった。しかしお前が妻になるなら、今の妻とは別れるつもりだったから、何ら問題はないはずだが。なあ、謝ったんだから許してくれよ」
誠意の欠片もないふざけた謝罪だった。
これにエルフ側は肩をすくめ、呆れ顔で首を横に振る。
里長は『軍務大臣様のご立派な御子息の謝罪、1度だけならば受け入れましょう』
そう言って会議が終了した。
その夜マーカーは、父である軍務大臣に自宅の執務室に呼びつけられる。
入室早々、ガラスの灰皿が投げつけられる。
灰皿は右頬にかすり、軌道を逸れて壁へ当たり砕け散った。
「何故あんな真似をした? お前のせいであいつらに弱味が出来たではないか! 国を潰したいのか、愚か者め!」
怒声に体を震わし、俯いたまま言葉がでない。
俺は解らない。
だっていつも親父達は、エルフや人間を見下していたではないか。
なのにこんなに叱責されるなんて。
仕方なくでも謝りもしたのに。
頭をがしがしと掻きながら「俺の教育が悪かったようだな。政治には、腹芸と言うものが必要なんだ。苦手とは言え、俺だって越えちゃならないラインは弁えてるぜ。気持ちと言葉を切り離せなければ、この国では生きられんのだ。
顔で笑って、心では相手を切り刻んでいるイメージだ。お前ならできるさ。なんてったって俺の子だからな」
軍務大臣のジェラトーリはそう言って、マーカーの頭をぽんぽんと軽く叩いた。
ジェラトーリは悟った。
本当にこの子は何も理解していなかった。
多少荒めでも、生き抜く為の再教育が必要だ。
そして北の棟で、厳しい訓練が開始された。
貴族子女の教育とは違い、平民の軍平が受ける苛烈なものだ。
ジェラトーリは賭けた。
性根が正されるか、逃げ帰るか。
逃げ帰った場合は、潔く引導を渡そうと思っていた。
たとえ子が育ちづらい獣人の1人息子だとて、無能者は切り捨てられる運命なのだ。
訓練から3年。
死に物狂いな毎日の中、マーカーは生き延びた。
最初は逃げ帰りたいと、血反吐を吐く演習の中毎日思っていた。
しかし、父からの『お前ならできる』と言われた言葉を反芻し、頑張り抜いた。
そして父の気持ちにも気づくことができた。
幼い時から父は愛してくれていた。
だが上に立つ者には、家門を守る責任がある。
あの時のエルフに対しての対応は、考える限り最悪なものだ。
視野が狭かった自分にはわからなかったが、あの後の対処は困難であり、王からの叱責も受けたであろうと。
自分の廃嫡や罪を負わせること、最悪死罪等の話もあったかもしれない。
また、家門へも罰が下ったかもしれない。
訓練所を卒業し家へ戻ると、母や妻子、妹達が泣きながら出迎えてくれた。
こんな自分を待っていてくれたことに、涙が溢れた。
ずっと皆にどう思われているかを自問自答していたから。
「ありがとうございます。心配かけてすみませんでした」
受け入れてくれた皆に感謝した。
訓練を終えたことを報告する為に、父の執務室を訪ねた。
「入れ」との声で入室すると、父が立っていて視線があった。
礼をし「ご迷惑おかけしました。訓練終了いたしまして、只今戻りました」と帰還の報告をする。
恐る恐る顔を上げると「よく戻った」と声がして、正面から抱き締められた。
マーカーはその暖かさに安堵し、涙が溢れた。
自分は愛されていたのだと。
そしてその思いを返そうと誓ったのだ。
その後マーカーは、父の後を継いで軍務大臣となった。
微笑みを絶やさず腹芸もできる大人に成長していた。
国にとって役に立つ者となったのだ。
自分のことを戒めとし、子達には厳しく教育を施していた。
しかし、事件当時6歳だった息子のバルデスは覚えていた。
エルフに恋し、妻子を捨てようとしていた父の所業を。
あの3年間、母がどんな風に嘆いていたかを。
「きっとあのエルフが術でもかけて、旦那様を誘惑したのよ。そうでなければあんなこと言わないわ」
毎日啜り泣く母。
3年で戻った後は和解していた父だが、母はきっと心から許してはいない。
恨み言を聞かされた自分も、父やエルフに蟠りがある。
会議内容は秘匿扱いだが、噂が耳に入ってしまうのは仕方がないのであろう。
醜聞は皆の関心事だから。
腹芸のできる優秀な長男バルデスは、素知らぬ笑顔で父に接し後を継ぐだろう。
そして気づかれぬように、いつかエルフへ雪辱を果たそうと誓う。
秘密裏に、バルデスの元へエルフの子らが売られてくる。
表には出さない裏の顔が、過去のトラウマを忘れない。
父に捨てられそうになった原因を…………。
理不尽は承知の上。
あり日の幼き心は、まだ傷ついたままなのだ。




