25 動き出す者達 その1
「モーリン様を守ってあげられず、すまなかった」
悲しそうな、今にも泣き出しそうな表情でステナを見つめ、王になることを決めたアセスは帰り際のステナに頭を下げた。王となれば公での謝罪はできないが、個人としてはどうしても伝えたかったのだ。
ステナは驚き、アセスに向き直る。
「顔を上げてください。私は大丈夫ですから。父の横暴さは当時の私にも理解できておりました。自らの欲望を抑える術を知らず、祖父(当時の王)に甘やかされ、ダイアナ様の苦言も聞かず……本当にどうしようもない、人でした……うっ」
言い終える前に、知らずと涙が溢れてきた。
幼き日に父に抱かれて、母と笑って過ごしたぼんやりとした記憶が何故か過る。
ソフィアの子が物心がつくと、ソフィアに制止されたのか会いに来ることがほとんどなかったが、愛された記憶も確かにあったのだ。
いい加減で我が儘でどうしようもない父であったが、優しい所も楽しい所もあった。
甘やかされず普通に律され教育を受けていれば、賢王と言われずとも愛される王にはなっていたのではないかと思う。
きっとダイアナ様が、陰日向となり側で支えたと思うから。
今となっては夢物語のようなものだが。
「そうだね。私達が幼き時に遊んだ時も我が儘だったよ。でも人を傷つけることはしなかったし、楽しかったんだ。父が権力を与えすぎて歯止めがきかなくなったのかな。
ラメル兄さんが王妃達を娶った頃には、諌めごとをすると忌々しそうな顔を隠さなくなったよ。それでも兄さんの為に忠言をして、命を落とすものもでてきた。
母からは私達を護る為に自分が説得すると言い、敵が多いラメル兄さんが失脚する可能性をも視野に置いていた。
いつか私達(兄弟)の出番がきてしまう可能性があるので、保身してくれとね。そう言われていたし、何より死ぬことが怖かったんだ。
イノディオン家のこともあったし、結果的に君や母君を見殺しにしたようなものだ。許せとは言わないよ。憎いのは当たり前だ」
アセスはステナに王位を譲り、自らも裁かれたいと思っていた。罪を問われるとしても該当するものはないかもしれないが、王位につくのは違うという違和感が拭えない。
(自らの保身を優先した者が王とは。いくらポリフェノールに逆らえないとはいえ)
苦笑してステナを見返すと、彼女は微笑んでいた。
「私達母子は、平民だから見下されていると思っていました。でもそんな風に思ってくれていたんだと思うだけで、気持ちが楽になります。憎んでなんていませんよ。貴方にはいつも敬意を払っていただいて、感謝しかありません」
「っつ」
アセスからも頬に涙が伝う。
気付けば二人とも、声を殺してしゃくり泣きしていた。
ずっと溜め込んでいたものが一気に溢れだしたように、いつまでもいつまでも泣いていた。
アマンダやシュパル達ももらい泣きしていたが、悟られないようにやっぱり声を殺していた。
鼻を啜っているので、全然隠せてはいなかったが。
泣きたいだけ泣いたことですっきりしたのか、リプトン以外は脱力してぐったりしていた。
わだかまりも少し溶け、アマンダとステナ達は帰路に着いたのだ。
◇◇◇
夜も更けた為、宝石店の地下部屋に再び泊まることになった。
「またここですいませんね。急遽に準備できる宿が手配できず」
アマンダはステナ達に謝罪した。
公にはしていないが王もステナを認めたことで、危険視する理由もなくなり、城ではなくここに来るのは、いささか不敬だと考えらえた。
勿論ポリフェノール邸に招待することも考えた。
しかしテロ前にポリプレン男爵が養子としてステナを紹介していたので、混乱を避ける為除外したのだ。
それでなくとも、王女を今の家族に紹介するのは憚られる。
また安全面を考えると、宿屋よりもここ(地下部屋)が良いだろうと結論づけた。
思惑ははずれ、ステナ達はまたここに来れたと喜んでいた。
部屋は用意するからと、皆で王城に泊まることを提案された時は全力で断りをいれたステナだった。
体は安全でも心が休めない。
比べることもなく、ここは快適だし気も使わないし安全である。
本心で楽しそうなのでアマンダは安堵する。
話の途中で甘い香りが鼻を駆け抜けた。
「夕食前に、スコッチケーキでも召し上がってお待ちください」と、リプトンが紅茶と共にケーキを切り分けた。
たぶんこういう流れになると予測し、伯爵家の厨房からケーキの生地を貰い、ここで焼いていたと言うのだ。
ここを使わなかったら、どうする気だったのだろう?
たぶんそんなことはないと踏んでいたリプトンは、私にだけ見えるようにウィンクした。
「想定の範囲内でしたよ。執事であればこの位できませんと」
もういいわ。家の執事は本当に優秀だわ。
考えているうちに、リプトンは厨房へ戻る。
「僕にも手伝わせてください」
ドリップも厨房へ入り、手伝いを始めた。
◇◇◇
ソフィアの療養地に、メロウも付き添っていた。
首都から離れたここに来る者は、数える程度だ。
その数える者達も数を減らし、元から付き添うものは彼女だけになった。
その為、調理や掃除は通いの者に変わっていた。
そして常時の監視が、交代ながらも1名張り付いている。
王城にいたソフィア付きの侍女や侍従は、アマンダに秘密保持を誓い紹介状と退職金を貰い城を出ていた。
メロウはテロの際、魔法師団と騎士団に盗聴を行い、首謀者が死んだと思われていたステナ王女だったことが判明。ソフィアを断罪するつもりではないことを知った。
常にソフィアに従うメロウは、小声でも盗聴の能力でソフィアの希望を知ることができるが、伝える能力はない。
その為にソフィアへ情報を伝えようとカンファレンスルームへ行くが、既に正気でない主を発見し動揺した。
(どういうことなのだろう。 何故こんなことに? どうして誰も主を介抱していないのだろう?)
疑問だらけの問いに盗聴能力が答える。
小声の囁きの中に、主が王を殺したことが聞き取れた。
(嘘でしょう? どうして? 何が起こったの?)
私は主を抱き締めて呟く。
「ソフィア様、メロウが来ました。もう大丈夫ですよ」
「メロウ? ああ本当、メロウね……」
一瞬正気に戻りメロウを認識した後、その腕の中でソフィアは意識を手放した。
それはとても安心した表情だった。
この短時間で何が起こったのだろう?
何故こんなことに?
同じ問いを頭の中で繰り返す。
メロウはその場に蹲り、ソフィアを抱えて泣き崩れていた。
(もっと早く駆けつければ、こんなことにならなかったのだろうか?)
答えはノーだ。
メロウが来ても来なくとも、事態は変わらなかった。
それでも近くにいて守りたかった。
メロウは自身が利用されていると解っていたが、それ以上に恩を感じていた。
そして本来の王妃は頑張り屋で落ち込みやすく、虚勢を張ってなんとか立っていたことを知っていた。
子供も愛し、王も愛していたことを。
そんなソフィアが、妹のようなソフィアが大好きだった。
だからメロウは復讐を誓った。
逆恨みだろうが関係ない。
主を傷つけた者を赦さないと。
この場では従順な振りをしてやり過ごす。
魔法能力『盗聴』は公にはないことにしているし、筆頭侍女でもない貧乏伯爵の末端侍女には、誰も注目しなかった。
アマンダの悪意の読み取り能力も、対象を絞らず尚且つ極度の集中状態で疲弊した状態であった為、メロウの悪意を見逃してしまったのだ。
この綻びは、後にアマンダを苦しめるものとなる。
療養地に魔法師団の副師団長が、監視の為に訪れた。
監視は表向き対象者と会話を交わさない。
しかし彼は、突然メロウに接触を図ってきたのだ。
「俺の一族は、ポリフェノールに破滅させられた」とメロウに告げながら。
メロウはまだ動けない。
罠かもしれない言葉に命をかけられない。
私の命はソフィア様のものだから。
でも協力者は必要だ。
何故彼がここに来たか、調べなければならないだろう。




