22 再会 その2
結局の所、王の死と王妃の気が触れた以外は、カンファレンスルーム前の騎士が気絶しただけで、王族側の被害は最小限のものとなった。
気絶した騎士も後遺症なく回復した。
ホールにいた人々も、慌てふためき脱出しようとして扉前で転倒したり、恐怖で気絶することで生じたかすり傷や打撲で済んでいた。
王の死は悲しむべきことだったが、最後の最後に自分以外を守る姿を見せたことで、僅かながらも贖罪になったと皆に思わせた。
自分のことしか考えられない、無能だと言われた王は体を張って王女の心を救ったのだ。
王の遺言通り、公爵家と王妃の子供達の刑は数名を除き執行された。
内密に。
周囲には知られないようにひっそりと…………。
あの時あの場にいた者以外は、今もイノディオン家は変わりなく存続していると思っている。
部外者からは当主が急逝し、急遽騎士団長であったフリュイが当主に就任したと。
強欲なイノディオン家で起きるであろうお家騒動に、周囲は揶揄したが騒動は全く起きず沈黙を保っていた。
それ所かそれまで付き合いがあったが無能と判断された貴族家は、関わりを遮断されたことで甘い蜜を吸えず衰退を余儀なくされた。
アマンダと王弟は、罪状においてイノディオン家の者を選別しその後も領地や役職の運営をさせていた。
イノディオン家は多くの経済的取引があり、一括で潰すには混乱が大きすぎたのである。
汚職に手を染めていたのは主に前当主夫妻と長男次男夫妻で、己の贅沢の為に脱税・取引先からの搾取・権力により市場の独占・理不尽な結婚斡旋・強要などなど数えきれない罪が暴かれた。
そこに関わっていない・知らなかった者は兄弟姉妹であっても前王からの罰を不問にし、イノディオン家の事業の補佐を分担することにした。
勿論今回の不祥事は全て伝え、イノディオン家の維持か斬首かを選択させた後にである。
今後監視が付き、裏切りには死が伴うことも伝える。
全員が跪き忠誠を誓う。
子供達を守る為なら、とんでもない恩赦である。
こうすることで、端から見れば当主交代による人事変更と思われたであろう。
ほとんどの貴族からは………………。
だが、一部貴族はその家の諜報により、うっすらであるも気付いていた。
ポリフェノール家の介入があったことに。
王妃は今も妄想の中にいた。
処遇は死刑であったが、これ以上の償いは必要ないと判断され、遠い保養地で療養する運びとなる。
判断したのはステナ当人だ。
ずっと復讐することを考えていた。
10年をかけて証拠と仲間を集めた。
何度も母と王妃の殺される夢を見て、飛び起きた。
その度に苦しくて苦しくて涙を流した。
どうして………………。
いくら問いかけても、答えはでなかった。
最初はシュパルと一緒に、王城周辺を吹き飛ばそうと思っていた。
王族全員、あの時冷遇してきた貴族全員殺してやろうと考えていた。
最後の詰めで詳細を収集すると、知りたくないことまで解ってくる。
弱いものを虐げる行為は目に余るものもあるが、王城で幸せにしている者は僅かであり、疲弊と閉塞感があった。
ほとんどの女達にあるのは焦りや嫉妬で、常に神経をすり減らして見えた。
特に王妃は王の執務も押し付けられ、押し付けた王は浮気を繰り返し、男児が産めないことで実家からの叱責を受け、常に側妃を牽制し………………。
針の筵だな。
27年ずっと、戦っていた王妃。
屑な夫のせいで、人生を棒に振る女が多すぎる。
今のステナには得難い仲間がいる。
本来なら仲間を逃がして、ここを人生の最後の場所にしようと思っていた。
逃げられると思っていなかったし、もういいと思った。
ステナ自身ずっと走り抜いた10年だった。
怒りを持ち続けるのは、かなり疲れることだったのだ。
でも1人では死なせないと、どこまでも付いてくると仲間が言う。
口先だけでない決意を感じ、何とも言えぬ温もりに包まれる。
何としても仲間だけは死なせないようにする為、ここで作戦内容の変更を行う。
何日か奔走し、最悪負傷しても逃走できる段取りをようやくつけられた。
転送能力を持つ者2人に、混乱に乗じて侵入してもらい合図によりここからポリプレン領地の開発室に移動してもらうことが可能となったのだ。
取り決めとして、侵入から2時間何も合図がなければ撤収してもらう手筈にした。
最悪時、全員死亡した時の巻き込みを防ぐ目的だ。
前金で1000万円、成功報酬も1000万円だ。
成功確率は50%位なので、無理せず危ない時は逃げてくれて良いとも伝える。
これ以上の余計な死人は、増やしたくないの一心だった。
それが相手の心に響いたことに、ステナは気付くことはない。
王が死亡した後、その場で王弟主導の話し合いが行われた。
可及的に速やかに。
内容としては、今後をうまく纏めるシナリオだ。
『ステナ王女に成り済ました偽物がテロを計画し王城に潜入。不意をつきコレットを人質に取ろうとするが、王が姫をとっさに庇い銃弾に倒れる。
その場でテロ計画者を魔法で燃やし事態の終息となる。王はしばらく生存していたが、「自分がコレット大事さに不用意に動いた為の傷なので誰にも罪を問わないように」と、王命を出されたのち身罷られたことにする』以上だ。
その場にいた者は静かに首肯する。
その後すぐ牢獄から亡くなった者の死体を4体確保し、炎魔法で消し炭にしその場に置いた。
ダージリンと配下数名を残し、ステナ達には暗部の黒装束を着せ念の為にステナ側に認識阻害をかけさせ、アマンダとリプトンと共にその場を去った。
ダージリンも心配な気持ちを押し止め、背中を見送り無事を祈った。
向かうは、ポリフェノール家の所有する商家だ。
王弟からは「アマンダは王を庇い脇腹を刺される重症を追い、王家の所有する邸の1つへ移送された」と、ポリフェノール伯爵や周囲へ報告がなされた。
6名を移送する馬車の中、ステナ側は警戒を解かなかった。
それはアマンダ側も同様であるが、何となく闘争意欲は欠けており、全員無言で目的地に到着したのだ。
それは町中の商家で、真夜中である為今は通行人もおらずひっそりしている。
ポリフェノール家と言うより、暗部が所有する建物で、ポリフェノール伯爵は知る由もない場所だ。
入り口は宝石店で、店主の書斎部屋に隠し扉があり地下に通じている。
地下は3階まであり、地下3階から地下通路を通ると、他に暗部が所有する衣料品店と、他3ヶ所に繋がり外に出られる仕組みになっていた。
再度建物周囲には誰もいないことを確認し、持参の鍵で中に入り鍵を閉めて地下へ向かう。
地下3階の部屋へ入り、服の上に纏っていた黒装束を脱いでもらい平服でソファーにかけてもらう。
アマンダは言う「私の能力は悪意を読み取ること。貴方達にそれらは感じないし、これからのことを相談したいから力を抜いて欲しいの。私は遠慮なく食事の支度をさせてもらうわ。夕飯ができるまでお菓子でも摘まんでいて」と。
そしてアマンダは、魔道具でステーキを焼き始めた。
鼻唄まで聞こえ、警戒心は果てしなく感じられない。
ステナもシュパルも呆れてしまい、自然と力が抜けた。
ここまで連れてくる面倒をかけて、毒殺もしないだろとクッキーやマカロンに手を伸ばす。
「何これうまい。こんなサクサクして口溶け良いの初めてだよ」
シュパルはステナを見て小声で呟く。
ステナも「このマカロンもあっさりしてて甘くない。 中のジャムも果物食べてるみたい。クリームのもマロンの味が引き立ってる」と、絶賛している。
ドリップとコレーは顔を見合わして、1つづつお菓子を含む。
「美味しい」どちらともなく呟き、微笑んでいた。
リプトンが紅茶を入れ4人に給仕する。
お礼を伝えて口に含むと、また感嘆する。
「「「「美味しい!」」」」
先程までの出来事が夢のように感じられた。
計画を練って挑んだステナだが、まさか魔法の無効化能力者がいるとは思わなかった。
そんな能力を持つ者に、会ったことも聞いたこともなかったのだ。
だから今、誰も負傷せずに済んで良かったと、改めて胸を撫で下ろす。
王は私を罰しないと言ったが、どこまで通用するのかまだ完全には気は抜けないが。
唯今は美味しくごちそうになろうと、腹を括る彼女がいた。
シュパル・ドリップ・コレーは、彼女を嬉しそうに見ていた。
◇◇◇
ステナと敵対したあの時、実はアマンダは焦っていた。
(危なかったぁ。あと少し遅ければ、魔法無効化が解けていた)
リプトンの魔法無効化は、敵対する魔法師側からすると最悪の能力であるが、特殊能力ゆえ魔力消費量が半端なく膨大である。
魔法無効化自体アマンダが知る限り、保有者はリプトン以外把握していない。
保有していても、能力自体切り札的なものなので秘匿しているだろうが、影の情報収集でも引っ掛からないと言うことは、本当にいないに等しいのだろう。
そもそもこの技は暗殺時に使う短時間使用を目的に使われており、長時間の維持は魔力・気力・体力共に途方もないエネルギーを用いる。
リプトンはあの時、限界を迎えていた。
一瞬でも気が削がれれば、魔法を解除していただろう。
涼しい顔だが、魔力切れ寸前で倒れそうだったのだ。
周囲には気付かれていないが、長年一緒にいたアマンダとダージリンだけは把握し緊張を見せた。
ここでリプトンが倒れれば、全て逆転する。
その最中に王の銃撃が起きた。
アマンダ達の任務は王の護衛最優先だが、味方側王妃の突飛な行動には判断が遅れ死亡させてしまった。
後任の王となる王弟からは、罪は不問にされた。
あの時のアマンダ達はステナ達に集中しており、身内の殺意まで手が回らないのは周知だったからだ。
寧ろ王妃の弟である騎士団長がアマンダ側を擁護し、一番側にいる自分が守るべきであったと訴えた。
自分の罪であると。
まして罪を犯したのは実姉だ。
自分は身内なので死罪は免れないが、そのことに免じてアマンダ達は赦して欲しいと王弟に頭を下げていた。
騎士団長もイノディオン家の罪状を深く知らなかったことで、当主と騎士団長職を兼任することになった。
最初フリュイは固辞した。
騎士として責任を果たせないだけでも死は免れないと。
まして姉が王を殺してしまったのである。
フリュイは独身で、守るべき家族もなかった為余計に決断が早かったのだろう。
決意は堅く覆らないかと思われた。
しかしこのように誠実な者が死ぬことを、アマンダは良しとしない。
「貴方には言ったはずです。命をかけてこの国を守れと。武器を持った敵でなくとも、これからはこの国の経済を支える為に、民のために戦わなくてはならないわ。 イノディオン家の崩壊は国の明暗を左右する。
尻尾を巻いて逃げるなんて、民を守る騎士団長がすることではないわ」
そう言ってフリュイを叱咤する。
フリュイはしばし思考し、イノディオン家当主を引き受けることにした。
決意を込め王弟に跪き「この身を尽くし忠誠を誓います」と。
王弟は頷き、やさしく微笑み「私に力を貸して欲しい。よろしく頼む」と、フリュイに手を差しのべた。
フリュイは涙を堪えて、手を握り返したのだ。




