21 再会 その1
気配も感じさせず、4人は王が避難していたカンファレンスルームの扉を開けていた。
当然いる筈の扉前にいる騎士は、廊下で気絶している。
「何をしたんだ」
王は怒気を含めステナに問う。
「ちょっとだけ酸欠で倒れただけよ。一時的に騎士周辺の一酸化炭素が増えたから。新鮮な酸素を吸えばすぐに治るわ」
ステナは温度を感じさせない口調で、淡々と話を続ける。
「まぁ。今は大丈夫だけど、この城からの酸素は減り一酸化炭素が増え続けているから、30分位で何とかしないと危ないかもね」
(到着が速すぎる)
アマンダはやや焦りを感じた。
(まさか、4人だけで来るなんて。厳重な警備網だったはずなのに。それに悪意を感じさせないなんて、どういうことなの!)
彼らの会話中に思考を纏める。
普通テロを行う奴等は、大量の悪意が滲み出ているはずだ。
アマンダはその悪意を関知し、居場所を特定する能力もある。
しかし危機回避が強い能力である為、悪意が乏しかったり悪意以外の感情が優位になると、察知能力が低下するのだ。
でもそれは仕方がないこと。
他者の全ての思考が読み取れれば、情報多量過ぎて混乱または正気でいることもできないだろう。
今目前にいるステナ達からは、悪意と言うよりも悲しみの感情が感じられる。
会話中も現れては消え、消えては現れると言う途切れとぎれの悪意の断片の中から、微かにわかったことがある。
(この人達は、この人達の目的は…………)
アマンダは王に向けて叫ぶ。
「王よ、覚悟をお決めください。この方達が望んでいるのは、貴方(王)からの謝罪です。貴方がしてきたことへの謝罪と、貴方の退位です。違いますかステナ様」
王へステナの思考を伝え終えると、アマンダはステナに向き直る。
ステナの瞳がアマンダを捉える。
((テレパス『精神感応』かしら? それも不十分な。全てが解っていればすぐに行動を起こすはずだもの。まあ良いわ、それなら(話に)乗るまでね))
「そうね、謝罪は必要よ。そして貴方(王)は即退位し、第4王弟に王位を譲ることね。
理由は明確よね、腐敗した政権を正すことが貴方にはできないから。甘い言葉ばかりが好きで、諫言を聞かない子供には、最初から荷が重たかったんじゃない?
弟は皆優秀なのに、心地が良いからって側近に操られることを選んでしまうカスが王なんて、害毒にしかならないわ。国民は全員そう思っているわよ。ふふふっ」
ステナは言いたいことを全て言えたのか、すっきりした顔で王を見ている。
王はわなわなと震えていた。
恐怖からではなく、怒りでである。
自分でも解っているのだ。
ただ第一子だから王位についた。
教育係には常に言われていた「政を司る者は、私欲にまみれてはいけない。正しい判断が行えるように様々なことを学ぶのだと。民がいて、民を守ることで王が王足るのであり、それを行えないのは悪政となる。悪政は国を腐敗させ滅びをもたらす」のだと。
国で教育の第一人者と言われた、 シロルト子爵家のルフールを依頼したのは母(王妃)だ。
余が「国王からの寵愛を受け甘やかされていることで、躾のなっていない不遜な子になっているから、厳しく指導してほしいと母より頼まれた」と、ルフールははっきりと言った。
その時には余が次期王なのだから、他者とは別格だと既に気位が高く、悉くルフールに逆らい真面目に勉強に取り組まなかった。
そんなことをしていたら、ルフールから辞表が出されたようだ。
数週間すると、第二・三王子の教育係にルフールが就任していた。
ルフールは偶然顔を会わせても、何も言わず黙礼するだけになった。
余には、苦言などを一切言わない若い教育係が就いた。
母は何か言いたそうであったが、父に余の教育について口を出すことを止められた為、弟達に関わることが多くなり始めた。
兄弟と学力の差が出始めても、教師の所為だから苦手な教科だからと言い訳し、真面目に取り組まなかった。
それでも王は余を寵愛した。
自分が出来ずとも出来る者を周囲に置き、政を行えば言いと言われた。
今思えば王も同じように、弟に見下されて育てられたのかも知れない。
常に思うままに行動し、融通の利くイノディオン家に依存していた。
イノディオン家は王の希望を叶え続けた。
王もイノディオン家を優遇していた。
父の側近にして欲しいという希望は何度も出されたが、先代王(祖父)が反対しそれは叶わなかった。
それでも諦めないイノディオン家は、娘を王太子妃にと打診した。
母(王妃)は反対し、祖父は渋面をしたが、貴族家で年齢が釣り合う女児もいない為、余が6才時に婚約となった。
表面上は王太子様と持ち上げられたが、裏では馬鹿にされていることはわかっていた。
わかっていても自分を変えることは出来なかったし、しようとも思えなかった。
自堕落に過ごし、心地好いことだけをして過ごした。
何もかも言いなりだった。
戯れに刀を買いに鍛冶屋に寄って、モーリンに会った。
桃色の髪を揺らしはきはきと接客する彼女は、輝いていて光の珠のようだった。
初めて側にいて欲しいと思った人だ。
後先考えず、全部無視して彼女を手に入れた。
ソフィアが不快に思うことも考えたが、王太子妃と王太子側室とは立場も違うし、大丈夫だろうと深く考えなかった。
その結果が今の状態だ。
モーリンは殺され、ステナは失踪した。
十数年ぶりに会うと、心を抉る言葉を発し眼前に立っている。
その姿はモーリンと初めて会った時のように、輝いていているが瞳には憂いを帯びている。
過去を思い返すと、ステナの言葉に今更ながら情けなさを感じ、怒りは霧散していた。
「全て受け入れよう。だから皆を解放して欲しい。どうだろう?」
王は退位を決意し、それを告げる。
しかしステナは、要求はまだあると言う。
話を続けるように促すと、ステナは言う。
「母とダイアナ様を殺した実行犯と依頼した黒幕を公にし、貴族裁判ではなく、平民と同じ法で裁いてください。私から殺せとは言いません。
そしてこれがその証拠です。私がダイアナ様が亡くなったと知ってから、十年以上かけて集めました。
ここにある物を投げ捨てても無駄です。
ここで私が死んだら、親友に複数の新聞社に持ち込むようにお願いしています。
ここの国だけではなく、各国にある新聞社に持ち込む予定なので、隠蔽はできないと考えて下さい」
「ざわざわ ざわざわ ざわざわ ざわざわ ざわざわ…………」
モーリン様殺害の犯人は知っているが、ダイアナ様殺害も同一の犯人ということか?
だが、兵士は処刑されている。
実行犯と黒幕は違うと言うことか?
「ば、ばかな!!!」
王は資料を見て驚愕している。
(どういうことだ。百歩譲ってモーリンのことは、嫉妬に駆られてということも考えられる。だが、我が母ダイアナに手をかけたのはどういうことだ。特に不仲とも聞いていなかったが。それとも、余が聞こうとしなかっただけなのか?)
残酷な真実に、王は目がくらみそうになった。
しかし、ここで決着をつけなければ、さらに大事な物を失うだろう。
初めて皆のことを考えて発言する。
「ステナよ。これを伝える為にお前は来たんだな。死ぬ覚悟で。私はお前を罪に問わないよ。私が背負うべき罪だ。
悪かったなあ。許してくれとは言わないよ。余を殺してもいい、本当にすまなかった」
王は泣き崩れた。
わずらわしいことから、目を背けてきた己の罪を。
周囲のことに目を配れずに、大事な人達を大勢不幸にしたことを。
「ステナよ。ここにいる私以外の王族は優秀だ。それはお前がさっき述べていた通りだ。だからここで、母とモーリンを殺害した者を皆に述べる。私に何があってもこの中の誰かが裁きを与えてくれるだろう」
王は悲痛な面持ちでソフィアを見た。
「ソフィアよ。ずっと隣で余を支え続けてくれて大儀であった。……そしてすまない。余が周囲に気を配れば、お前と公爵家がここまでの罪を犯すことはなかっただろう。
王妃よ、前王妃と王太子側妃殺害の罪で、お前とお前の両親・兄弟姉妹は死罪とする。王女は修道院へ送り、生涯を神に尽くすこととする」
王は王妃へ跪き、泣きながら謝っている。
何度も何度も頭を床に擦り付けて。
王妃も立っていられず、床にしゃがみ込んだ。
「全てをかけてここまできました。いつも誰かの支配を受けていたわ。貴方が愛してくれなくても、子供達がいると思って頑張ったのに。
全て終わり………………ごめんね子供達」
脱力し、流るるまま涙を拭かず子供を抱きしめる。
ここが最後の別れだろう。
だがソフィアは、モーリンそっくりのステナを見て思った。
こいつさえいなければ、この時点で断罪などされなかった。
私のことはいい。
でも子供達は、これから何の楽しみもなく、寒さ厳しい修道院で一生を過ごすのだ。
憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い………………。
そう思った瞬間、ソフィアの懐の銃の銃口がステナに向かう。
銃弾が一直線に、歪みなく正確に心の臓を目指して。
「ステナーーーーーーーーーー!!!!!」
バキューンと言う轟音と共に、その弾丸がステナに向かう。
「かっ、あぁ」
ステナを庇い、王が倒れ込んだ。
「えっ、なぜ王が? だって障壁があるから私平気なのに!
なんで無駄なことしてるの? 血、血が出てる。
私のこと好きじゃないくせに、顔を見にも来なかったくせに、今さら何なのよーーー」
ステナは混乱していた。
殺してやると思ってたのに。
何で? 何でなのよ。
王は囁く。
「モーリンとお前のことは大好きだったよ。だけど余が会いにいくと、ソフィアの侍女がソフィアに告げ口をして、お前達を狙うから行かないようにしていたんだ。
こんなことになるなら、あの時ちゃんと注意していたらよかったな。なあなあにしたつけが来た……ぐほっ」
王は瞼を閉じていた。
息もしていない。
でも穏やかに見えた。
「何無駄に死んでるのよ。何なのよ!」
ステナは知らず泣いていた。
アマンダは言う。
「貴方の仲間は気付いていたようだけど、この部屋では魔法が無効化してたの。
こちらに魔法無効化の能力者がいるから。
貴方の仲間は、身を呈して貴方を守ろうとしていたのよ。王もそれを知っているから庇ったの」
ソフィアは目を見開き、放心している。
「なんでよ…………邪魔ばかり…あぁ、酷いわ……」
もう彼女の目は、何も写していなかった。
そのまま呆けて、二度と元に戻らなかった。
その方がきっと幸せだろうと、誰かが呟いた。
この部屋に入った時点で、リプトン(の無効化の能力)を殺さなければ勝敗はほぼついていた。
城中の障壁は、解除されていたのだから。
石炭は実体化していても、障壁がなければ広い城では意味がない。
無効化を知って動き出そうとしても、室内には騎士団長・扉の外にも魔法師団がいたのだから、どちらかにも被害は出たであろう。




