16 かりそめの祝い その2
「あの女、ソフィア様を差し置いて何をいい気になっているのかしら?」
「まったくですわ、伯爵家の出の者が公爵家を差し置いて」
「身の程を知らぬとは、教育が足りないのでは?」
正妃ソフィアの侍女や取り巻き達が、忌々しげにバイオレット達を見て囁きあっている。
ソフィアの後ろ楯である公爵家は今だ健在であるが、いつまで経っても国母にならないソフィアに苛立ちを抱き、ソフィアの姪に当たる子爵家の令嬢を養女にし、王の側室に据えようと画策していた。
年齢的に40代半ばとなるソフィアに、懐妊は難しいであろう。
まして寵愛は別の者にある。
ソフィアの取り巻き達も今はソフィアの元で幅を利かせているが、側妃に男児が誕生すれば国母となる側妃に頭は上がらなくだろう。
その筆頭候補がバイオレットなのである。
ソフィアの苛立ちはそれだけではなかった。
コレットの侍女が5人ということも不満なのは勿論ではある。
しかしさらに許しがたいのは、ポリフェノール家のアマンダが侍女の一人として付き従っていることである。
多忙な為に重要な案件にしか顔を見せないアマンダが、たかが誕生披露の場に姿を見せたのである。
ポリフェノール家は家格こそソフィアの生家より低いが、国家誕生より王家に付き従う剣だ。
噂によると他国に目を付けられないように、陞爵はせず、裏で王家を操っているとも言われていた。
(く、悔しい。あんな小娘に王の寵愛を奪われ、長く政務の補佐をしている私を蔑ろにするなんて・・・)
王は今回の破壊テロについて、正妃に話をしなかった。
伝えるかどうか判断に迷ったが、取り巻きの口の軽さにより生じるであろう混乱を避けることを優先した。
その為に、さらに無用な確執を生んでしまったのだった。
ダージリンは今、ポリフェノール伯爵家の近しい縁者として披露会に参加している。
青髪は茶髪に変え金目はそのままで眼鏡で色彩を隠し、燕尾服を纏い貴婦人達と会話をしていた。
いつも前髪で隠している前髪を後方になでつけると、大人っぽい印象に変わる。
彼を知る者は一見気づかないだろう。
アマンダの縁者というだけでなく、端正な顔立ちに婦女子が代わる代わる声をかけてくる。
「ポリフェノール家の方ですか?」と声をかけられ振り替えると、探していた人物だったことで(おおっと)声が出そうになる。
そこをぐっと堪えて笑顔で応える。
「失礼ですが、こんな綺麗な方にはお会いしたことがないようです。 お名前を教えていただいてもよろしいですか?」
すると、ええ勿論ですわと前置きし「ステナと申します。 今はポリプロピレン家の養女となり、ステナ・ポリプロピレンとなりました。 お見知りおき下さいませ」とカーテシーをする。
こちらこそ、よろしくお願いしますと伝え「カメリア・シネンシスです」と伝えた。 ダージリンが諜報員として使用している名前の1つである。
戸籍上に存在しているが、勿論ダージリンではない別の人物である。 しかし全く無関係かというと、そうではなく伯爵家に忠誠を誓う平民出身者が、代々架空の身分を守る為に立派にその家門を演じているのである。 ある意味アホな貴族よりも余程貴族然としている。
伯爵家にはそのように本人の成り代わり(ダミー)の縁石が多数存在する。 領地を持たない貴族家ばかりであるがその分足もつかず、ポリフェノール家が事業を回しているため裕福な所が多い。
勿論諜報員が転ければ泥を被ることになるが、命を懸ける忠誠の為覚悟もできている者達なのだ。
忠誠を誓う成り代わり者達は、他貴族に自分や家族の尊厳を奪われたり、命を奪われたりして生きる希望を失くした者が多かった。
なぜならその者達は、諜報活動で巡り会わせた闇商売や危険人物排除で、居合わせた者達ばかりなのだから。
貴族を排除する場合、家紋全てを取り潰す案件にするか、人物を入れ換えるかを暗部で対処する。
凶悪な悪事を働いた者は殺害せねばならないが、何も知らなかった者や無関係だった者達をどうするかも、暗部の匙加減なのだ。
一族揃っての凶悪な悪事の場合は取り潰してしまうことも多いが、利用価値や財産価値のある者は存続させることもある。
その際はかなりやっかいで、当主・夫人・成人している子供達等、責任を取らなければならない者は殺害しダミーに入れ換える。
当主だけがやらかし殺害されて貴族家の存続をする場合、聡明な夫人には選択肢を与えた(アホな夫人には残念ながら秘密保持の為、夫と同じ運命に)。
秘密を守り離縁するかダミーと暮らすか修道院に入るか等など。
子供が幼ければ家紋を継がせたいと願い、ダミーと家庭を持つ選択をすることが多い。
伯爵家に忠誠を誓うことと反旗ある時、死が待つことを伝えれば、だいたいは立派な人物に(大人も子供も)育っていく。
なんと言っても命が懸かっているのだから。
勿論例外も出て来る可能性は多分にある。
そこも取り仕切っていくのが暗部の仕事なのだ。
そんな感じでダミーの名を告げるダージリンだが、ステナが去り際にダージリンの耳元で囁いた。
「いいことを教えてあげる。 私5歳まで離宮だけど、ここに暮らしていたのよ。 たぶん貴方と私の金目のルーツは一緒のはず。 ごきげんよう弟君」目が合い微笑むと、ステナは姿を消した。
「やられた。 くそっ!」
すぐにアマンダの元に向かう。
相手は王家の血を持つ能力者だ。
俺の嘘など見抜かれていた。
金目は、王家の直系でも特に強い特殊魔法を持つ者だ。
1人でもやっかいだが、仲間も魔法持ちならこちらも多勢を集めないと。
奴は急に消えたが、本人の能力でないとしたら何人城に潜伏しているか予想がつかない。
これは簡単な破壊テロなんかじゃない、はっきりとした反逆だろうから。
やつらの目的がわからない以上、披露会を継続するのは無謀と思われた。
「即刻、披露会を中止にしなければ」
ダージリンは走り、アマンダへ緊急の報告を告げた。
「わかったわ。 こちらも応戦しなければ」
可視化『目に見えないものを映像やグラフで表現し、捕らえやすくする』能力者やそれに準じた者をここに集める。
王族も全員同部屋へ誘導する。
各所に散らばっている隠密人員を王族周囲へ集中させた。
たぶん貴方に情報を与えたのは、そういう(狙いが王族だという)ことだと思うから。
披露会は中止にするが、混乱を避けるために来客は何も知らぬままで、そこにいてもらおう。 食事をたくさん用意して。
全ての方がつく時まで。