『電話』『退廃』『揺らぎ』
お題の確認日……2025/04/09
投稿日……2025/04/30
もう、自分が人間ではないような気がする。
人間と寸分変わらぬ姿をした、人間未満のナニカ。
人らしさのかけらもないのに、人間らしぬ振る舞おうと足掻いている、ナニカ。
きっかけは、ささいなこと。
仕事の時。人に言われたことをその時は理解したはずなのに、少し経つと全て忘れてしまっていた。
人からかかってきた電話に出て応対するけれど、聞いているその時は理解しているのだけど、意識がいかないからかメモを取るべき手は止まってしまっていて、結局電話が終わった時にはなにを話していたか思い出せない。
『なんで覚えてないの?』
『分かったって言ったじゃない』
確かに、分かっていたのに。
どうして、メモを取ることができないのだろう。覚えておくことができないのだろう。
皆が、当たり前にできるそのことが。
一つ綻びが見えると、そこから自分のおかしなところがひとつ、またひとつ、ほつれてこぼれ落ちてくる。
さっきまでやろうとしていたことを忘れてしまったり、やりかけの作業があるのに別のことに手を出してどれもまともに終えることができなかったり、最優先でやるべきことが分からなくてどうでもいいことから手をつけてしまったり、手を抜いてはいけない場所で見切り発車して失敗したり。
『なんでこんなこともできないの?』
『考えれば出来ることじゃん』
自分なりに考えたはずなのだ。なのに、何も思い浮かばず、何も分からぬまま、何もできずに終わってしまうのだ。
さらに、どれだけ気をつけていても、信用を失ってしまう行動が何度も重なっていく。
時間通りに起きて仕事に行こうとしても実際に起床した時間は始業一時間後だったり、休日だと思い自宅でくつろいでいたら出勤日だったり、就業中にゆらゆらと船を漕いでしまったり、正しい時間に出社できたと思ったら体調を崩して早退する羽目になったり、早起きできたと思っても仕事に行こうとすると足が止まってしまったり。
『ねぇ、その頻度はもはやわざとじゃないの?』
『社会人として当たり前のことなんだからさ』
自分なりに工夫はしたはずだ。夜は早く寝るようにして、目覚ましは幾重にもかけて、体調を崩さないように栄養バランスに気を使って、手洗いうがいもして、それでも体が悲鳴をあげて逆らうのだ。
何度仕事を辞めようと思っただろう。
何度未来を捨てようとしただろう。
何度も何度も考えて、仄暗い方に心が揺らいでも、けれど、自分は今の生活を捨てられなかった。
どうしてだか、分からなかった。
『どうしてそんなことを言うの?』
『あなたがいなくなったら困るよ』
職場の人も、口を揃えてそう言った。
きっと嘘だろうに。
心の中では邪魔だと思っているだろうに。
なぜか自分の手を摑んで離さないのだ。
でも、こんな自分はきっと人間じゃない。
大事なものをどこかに落として失くしてしまった。
常識や当たり前を握りしめておくことができない。
自分は、人間の見た目をしたナニカなのだ。
『なにを言っているの?』
『人間の見た目してるなら、人間だよ』
――ああ、そうか。
ならソレは、よっぽど退廃した人間なのだろう。