『魔術師』『強欲』『会社』
お題確認日:2023/12/02
投稿日:2023/12/05
ふと、考える時がある。
どうして俺は、こんな人生を送ってきたのだろうか、と。
考えても意味のない、答えなど一生わからない問いだとは思うけれど、でも。
考えてしまう。
母親は、俺を産んで死んだ。父親は、あまりの多忙さに俺を祖父母に預けた。そしてその祖父母は、俺のことを体罰と暴言で育てた。
殴られる、怒鳴られる、その恐怖から逃げ出したいと心の底から願ったその時、幼かった俺は、初めて魔法を使って瞬間移動をした。
俺は、魔法の使える者――魔術師だった。
それからは、ひたすらに知識を求めた。
周りに魔法のことを教えてくれる人はいない。図書館で本を読んで、物陰で実演して、魔法を学んだ。高校を出たら家も出て行こうと、その思いで毎日耐え忍びながら懸命に勉強して、魔法も人並みに使いこなせるようになって。
19になる年に、家を出た。仕事をしながら、休みの日には国立国会図書館に行って、なかなか手に入らない魔法の資料も読み込んだ。様々な仮説を立てて、実証して、人並み以上と呼べる魔法も身につけることができた。
このくらいの、若かった時期が一番、強欲だったかもしれない。自分の理想にまっしぐらで、そして、若さゆえの無知に直面して。
世間のことを、知らなすぎた。
初めて暮らしたアパートでは、電気や水道、その他諸々のお金の払い方がわからなくて未払いだらけになってしまった。
職場では魔法を使って人の助けになろうとしたのに、かえって気味悪がられて嫌がらせを受け、辞める羽目になった。
そしてある日、気付いた。
気付いてしまった。
どこかから俺の方を見ている視線。そして、その正体。
この世界が、物語の中であって、作者という名の神がいつもこちらを見つめている、ということに。
――俺の人生は、俺の意思で選び取ったものではない。
――この世界には、自らの意思で行動を取っている人は誰1人としていない。
そう知ってからの世界は、とても、とても、つまらなかった。
世界中がモノクロになったような感覚。
もう、死んでもいいとすら思っていた。……いや、生きているとか死んでいるとか、本当にどうでも良くなってしまったのだ。
そんな俺に手を差し伸べてくれたのは、今の妻である女性。何もできなくなった俺のところに押しかけ女房してきて、本当に女房になったという、まぁよくありそうな感じではある。
けれど、彼女はいつでも明るく元気で。
なぜだろう、つられてこちらの気持ちも明るくなるような心地がしたのだ。
そして、俺のことをこの世界に繋ぎ止めてくれているのは、もうひとり。
魔法の弟子だ。
彼に出会ったのは、俺が30代のときのこと。彼は当時、まだ小学生だった。もう、かれこれ10年以上の付き合いになるだろう。
なぜか不運に愛された彼は、「不幸を呼び寄せる」と家族にも先生にも友人にも言われ、避けられていたのだという。
過去の自分を見ているようで、放っておけなくて、手を差し伸べた。魔法の才があると分かったから、魔術師の世界へと招き入れた。そして、彼に魔法のあれこれを教え込んだ。
笑顔で自分のことを「師匠」と呼び、慕ってくれる者がいる。自分のことを大切に思ってくれる人がいる。
そう思うと、もしかしたら神に全ての運命を決められているかもしれないけれど、それでも、「弟子」の幸せを願いたくなり、そしてそのために少しは手を貸そうという気持ちになったのだ。
魔法を覚えた彼は、それなりに降りかかる不運を回避できるようになり、けれど、人には嫌われたままだった。
そんな彼に、最近、教え子ができた。
正確にいうと、俺と彼で魔法を教えている、若手の魔術師がいる。俺の「弟子」の一個下の青年だ。
その魔術師の青年は、「弟子」の不運体質を知っても彼を嫌いにならずに慕うひとだった。
……が、いま、目の前にいる「弟子」の話を聞く限り、最近、その青年は「弟子」のことを避けているらしい。そして、なにか思い詰めている様子でもあって、なにか悩み事を隠すために自分を避けているのではないか――というのが、「弟子」の見立てだった。
「もしそうだったとして……どうしたいの?」
目の前の「弟子」に問いかけると、彼はぎゅっと手を握りしめる。
「俺は、前みたいに2人で仲良く話せるようになりたいです。そして、できることなら……力になってあげたい。それだけ、ですよ」
「そうか。『それだけ』、か」
俺と出会った頃の「弟子」は、人と接することを諦めていた。10年以上前の彼と比べたら、『それだけ』どころじゃなく強欲な願いを持つようになったものだ。
……でも、そのくらいがいい。
人間、きっと強い思いがある方が、きっと幸せだ。
「分かった。俺からも、少し話をしてみるよ。できるかどうかは分からないけど、3人で集まれるかも訊いてみる」
だから、俺は絶望と諦めを抱えながら生きていく。他の人にこの世界の秘密をばらすことはない。墓まで持って行って、誰にも伝えない。
せめて、目の前にいる「弟子」が、この世界の秘密を知って、前のように全て諦めてしまわないように。そして、幸せであるように。
そのくらいは、この世界の神に祈ってもいいだろう。