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『青』『漫画』『希望』

お題確認日:2023/07/04

投稿日:2023/07/05

 ――この世界には、精霊がいる。


 それは、ひとの手のひらに乗るくらいの大きさで、空気に透けて消えてしまいそうに見える。ひとのように地に立って歩くことはなく、ふわりふわりと宙に浮き、ひらりひらりと空を舞う。魔法が使える、というわけではないから、おそらくそれが精霊のあるべき姿なのだろう。


 精霊は、ひとり人が生まれると、そのひととつがいであるかのようにひとり生まれて、つがいであるひとのそばにつく。そして、ひとと精霊は共に成長し、同じ時間を過ごし、そして同時に死んでいく。


 精霊の存在は、つがいたるひとの目にしか映らない。

 姿かたちはつがいたる人の望むように変わるといい、また、つがいたるひとの精神を具現化した姿が精霊のそれであるとも言われている。


 ***


 その世界には、自らの動かす筆から無限大の世界を描ける少女がいた。

 鉛筆を手に取り紙を広げれば、そこには彼女の思い浮かべる世界がそのまま映し出された。

 幼い頃から絵を巧みに描き、言葉を巧みに操り、場面を上手く切り取り、人々をアッと言わせることのできる、そしてなにより、何者にも負けない豊かで柔軟で広々とした想像力を持っていた――そんな彼女は、漫画をかく才にあふれていたのだった。

 そんな彼女を、教師や友人はもてはやした。

「すごい!」

「図書室にあるどんな漫画よりも面白いよ」

「もっと読ませて!」

 両親は自分ごとのように喜び、彼女に地図(未来への道)を示してみせた。いまあなたのいる場所はここで、このような道を進むことができる――このような未来を目指すことができる、と。

「将来は、なにになりたい?」

「漫画家になることができるかもしれないね。漫画家を支える編集者にもなれるかもしれない」

「あるいは漫画でなくても、絵を描けることを生かしてイラストレーターさんとかどう?」

「……なにになってもいい。自分の進みたい道を選ぶのが一番だからね」


 友人や教師の声を笑顔で受け止め、両親の言葉にまじめに頷いていた、彼女のそばには精霊がいた。

 淡く青く光るひとの姿で、その背には金の翼の生えた、まるで妖精のような姿の精霊だった。

 精霊が背の翼で羽ばたくたびに、金の粉があたりに散る。それは、きらきらときらめいて光を放ち、少女と精霊の行く先を示していた。

「私ね、漫画家になりたいんだ。たくさんの人を笑顔にできるような漫画家に」

 少女は、いつも精霊にそう言って、その精霊の散らす金の光に負けぬほどの眩しい笑顔を浮かべていた。


 ---・---・---


 少女はずっと、漫画をかきつづけていた。

 勉学と課外活動と両立させ、沢山の人と出会い、沢山の経験をして、自分の世界をどんどん広げていった。そして、その広げた世界を基盤に、想像の幅をさらに膨らませてはひたむきにペンをとり、紙に描き込んでいった。

 その姿を、精霊は常に見守っていた。

 ガラスのように透き通る姿は、彼女が純粋に努力を重ねていっている証。翼の輝きは、金色の光は、力強い羽ばたきは健在で、夢への道標であるかのよう。

 少女の希望を力に、精霊は翼を広げて少女の周りを舞う。

 精霊の透き通る青は、彼女が青春を駆け抜けていることを示しているのか、それとも。


 ---・---・---


 そして少女が、さらに成長したのちのこと。


 彼女は、筆を折った。


 ---・---・---


 彼女が思うよりも、この世界はあまりにも広く、そして才ある者は少なかった。そして、彼女は気付いてしまったのだった。

 ――自分は、()()()()()()()()()()、と。

 自分の才は、平凡の域にあるものだった。

 数多くの現実を知った結果、あるときから想像力の邪魔をするようになった。一つ世界を作り上げようとすればとある現実がそれを否定し、また違う世界を作ろうとすると別の現実がそれを潰す。

 作り上げた世界が、壊れないように。

 そう考えていくと、想像の幅は一気に狭まってしまう。

 そして、現実を元に物語を作るには、彼女の見てきた現実は、あまりにも足りない。それもそのはず、彼女はずっと夢を見て、自らの創り上げてきた世界に囲まれて生きてきたのだ。自らの目で見た現実は、人と比べてしまえば劣ってしまう。

 いつしか物語が描けなくなった彼女は、沢山の出会いを、沢山の経験を、身を削るように漫画に落とし込んだ。しかし、削り落とせる身にも限度がある。


「――漫画家には、なれないよ」


 彼女がつぶやいたその時、そばにいた精霊の背にあった翼は砂のように崩れ、風に飛ばされて消えていった。

 青く透き通るようだった姿からは(未熟者の証)が抜け落ちていき、胸の部分には亀裂が生まれ、そして――。


 精霊は、不恰好なガラス細工になった。

 少女の心から夢が希望が消え去って、形がおかしくなってしまった、その象徴であるかのように。

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