『悪魔』『恋人』『節制』
お題の確認日:2022/11/02
投稿日:2022/11/17
悪魔のようなひとだった。
そのひとは、ケタケタと声をあげて笑った。写真に撮られるときは、必ず意地悪そうにニタニタと笑みを浮かべた。糸ほどに細い目はいつでもつりあがっていて、その顔は子ども向けのホラー小説に出てくる悪魔の顔そっくりだったのだ。
みんな、そのひとを気味悪がって近づかない。
……けれど、どうしてだろう。
そのひとのことが、私はなぜか気になって仕方がなかった。
「あの、」
だからある日、思い切って声をかけたのだ。
「……お友達に、なりませんか?」
悪魔のようなそのひとと話してみると、思った以上に優しく、そして不器用なひとだった。
誰かが目の前で困っていたら手を差し伸べようとして、けれど自分が気味悪がられていることを知っているから近づけなくて、悲しそうに「ごめんね」と呟く、優しいひと。
悲しくても細い目はつり上がったままで、泣きたくてもニタニタと笑うことしかできない、不器用なひと。
そんなひとだから、みんなは気づかない。
悪魔のようなそのひとが、欲もなく慎ましく暮らしながら皆の幸せを願うひとだということに。
「いつからこんなふうになってしまったのか、もう覚えていないよ」
ある日、そのひとはそう言って、ニタニタと笑った。
けれど、その不気味な笑みの裏に隠れている感情が見えるようになるくらいには、私はそのひとと一緒に過ごし続け、そのひとのことをよく知るようになっていた。
今はきっと、困ったような笑みを浮かべたかったのだろう。
「昔から、ずっと不気味だと言われ続けていたよ。けれど、理由は今と違う。むしろ、正反対だったんだ。――あまりになにも望まず、表情が薄かったから、怖がられたんだね」
悲しそうなニタニタ笑いで、そのひとは語り続ける。
「怖がられるから笑顔になろう、静かすぎても気味悪がられるから大きな声で笑ってみよう……そんなふうにしていたら、こんなふうになってしまったんだよ。もう、この歪な表情以外を、ぼくの顔は忘れてしまったんだね。変えようと思っても、うまく変えられない」
「でも、あなたが誰よりも優しいってことは、私が知っているよ。誰も気づかなくても、私にはあなたの表情が分かる」
私の頬から流れたのはきっと、彼の涙だ。
「ありがとう。……きみは、ずっとぼくのそばにいてくれたね。『悪魔と一緒にいる彼女は魔女だ』なんて呼ばれるようになっても、きみまで避けられるようになっても、きみはぼくの隣から離れないでいてくれた。でも、どうして?」
「どうして、って」
答えは、ひとつだけだ。
「あなたが本当に素敵なひとで、大切で、大好きだから」
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『悪魔』に興味を持って声をかけた者がいつしか『魔女』と呼ばれるようになり、『悪魔』と『魔女』が友人から恋人へ、そして夫婦へと変わっていった――。
ある意味お似合い夫婦だ、と。そう陰口を叩かれる二人の本当の姿は、二人しか知らない。