エピローグ
赤色のランドセルを背負った女の子が学校の正面玄関の庇部分で雨宿りをしている。顔をすこし歪ませた泣き顔の少女に、「どうしたの?」と男の子が後ろから声を掛けると、振り返ることもなく「傘、盗られちゃった……」とぽつりと呟いた。
「有紀は……と、もう帰っちゃったのか」
「今日、委員会の仕事で居残りだったから」
「じゃあ……」
と男の子は手に持っていた青色のビニール傘を広げると、男の子自身の体と女の子の体が傘の中に入るようにして、「行こうか」と言った。
「誰に盗られたの?」
細かく降る雨が青のビニール生地に弾かれて、ぱつぱつ、と音が鳴る。男の子の濡れた左肩を見た女の子は、傘を持つ彼の右腕を引き、肩が擦れあうほどその距離は近くなり、彼女は息をひとつだけ大きく吐き出した。
「知らない」
「そっか……」
「でも、いいんだ。もう、全然」
「ふーん」
「今日、有紀から『好きな男の子、いる?』って聞かれたんだ」
「誰?」
「いない、って答えた」
「ふーん」
女の子の自宅の前で、男の子の傘から出るのにもたつく彼女に、「どうしたの?」と彼が聞くと、「何でもない!」と慌ただしく彼女が自宅の玄関に入った。
「じゃあね」
と遠ざかっていく男の子の背中を見ながら、
「待って!」
と掛けた小さな叫びは雨に混じって、水溜まりの中に沈んでいった。