表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

金色の熊

金色の熊

作者: 瀬嵐しるん

「王太子は、どこに行ったのかしら?」

「これは王妃様。殿下は森へ、狩りに行かれております」

留守番として置いて行かれた、王太子の側近の一人が答えた。


「まったく、さすがにそろそろ、妃を選ばねばならないというのに、あの子ときたら」

王太子は、王と王妃の間に生まれた一人っ子だ。

それなりに教育を受けて、それなりに覚えも悪くない。

だが、はっきり言ってアウトドア派。

暇さえあれば、森や山に行ってしまう。


王宮に居つかないのにも、理由はあった。

宰相はじめ大臣たちが優秀で、青二才な王太子など入り込む余地がないのだ。

決裁文書などは、わからないところを側近に素直に質問し、読み込んでいるというから、それなりには頑張っているのだろう。

充分ではないかもしれないが、立場を笠に着て、余計な口出しをするよりはましだ。


狩りで発散するのも、悪くはない。

女にうつつを抜かし、滅びた王室など、枚挙にいとまがないのだから。


だが、女性に縁遠いのも確か。

ここは、わたくしが一肌脱がねば、と王妃は意気込んだ。




この国のはずれに、辺境伯とは名ばかりの貧乏貴族の領地があった。

隣国との戦争で勝利し、賠償金ガッポガッポ、なんて時代は遠い昔。

辺境伯の娘であるダナは、山へ柴刈りに、川へ洗濯に、森へ獲物狩りに、野原へ薬草摘みに、日々忙しくしていた。


そんなある日、王宮から招待状が届いた。

開けてみれば『第一回 ミス令嬢コンテストへのご招待』とある。


拝啓、に始まり時候の挨拶と続き、おたくのお嬢さんがコンテストの出場者に選ばれたから、何月何日に王宮まで来られたし、という内容だった。


主催は王室。当然、拒否権は無しだ。

「どうしよう!!」

ダナの大声が屋敷に轟く。

「着ていくドレスが無い~!!!」

家族そろって項垂れた。



項垂れてたって、状況は改善しない。


翌日、早起きしたダナはパイやケーキを幾つも焼いた。

シーズンに摘んでジャムにしてあったベリーをふんだんに使い、こまめに巣箱の世話をして集めたハチミツを惜しげなく混ぜた。

そして、出来上がったものをバスケットに詰め込んで、自ら荷馬車を操り、隣の領地に住む幼馴染のミランダを訪ねた。


久しぶりに会うミランダは、ダナを歓迎した。

ダナ特製のスイーツはミランダの大好物で、とても喜ばれた。

早速、切り分けられた一切れを味見して、出来に満足したダナは用件に入った。

「ミランダ、お願いがあるんだけど」

これこれ、こういう事情で、ドレスを貸してもらえないかと頼み込む。

するとミランダは、優しくたしなめた。

「ダナったら、気を遣い過ぎよ。お菓子は、本当に嬉しいけれど」


そして、お古のドレスを何着もタダで譲ってくれた。

「もう、着ないものだし、役立ててもらえたら嬉しいわ」

数年前に結婚したミランダは、少しふくよかになっていた。

お腹には、二人目の子もいる。


ミランダの父である伯爵は、繊維業で成功していた。

商家の次男をミランダの婿に迎え、さらに勢いづいている。

ダナは、ありがたく厚意を受け取った。


さて、コンテストまでには、あまり日がなかった。

辺境伯領から王都までは遠い。

すぐにも出発しなければいけない。


馬車は荷馬車しかないから、それで行くとして、問題は従者だ。

貧乏なので、使用人も最小限しか雇っていない。

王都まで供をさせるとなれば、手当もはずまねばならない。


ダナは一人で身支度が出来るので、メイドは連れて行かない。

男の従者を一人、となれば男女一組の道行きになり、それはそれでマズイかもしれない。


困っていると、ダナが王都に行くという噂を聞きつけた、顔見知りの女傭兵がやってきた。

道中の費用を持ってくれるなら、護衛代はタダで王都まで付いてきてくれるという。

ダナは有難い申し出に飛びついた。


荷馬車にドレスを載せ、道中の食糧を載せ、女傭兵と共にダナは出発した。

日が暮れても宿屋なんかに泊まるお金はない。

一応、女傭兵には謝ったが、そんなことだろうと思った、と笑われた。


ダナは火をおこし、水を汲み、野営の支度をした。

女傭兵は小動物を狩り、たまに中くらいのを狩り、魚を釣って食料を確保してくれた。

女二人、陽気に喋りながら、時に歌いながら、旅は順調に進んだ。


王都にかなり近い、ある森の外れで野営をした時だった。

ウサギでも探してくる、と森に入って行った女傭兵が、右手にウサギを三羽ぶら下げ、左肩に人間の男を一人担いで帰ってきた。


「生きてるの?」と訊けば残念そうに「生きている」と答える。

死んでたら、身ぐるみ剝げたのに…という思いがヒシヒシと伝わってきた。


焚火の側に横たえられた男の姿を見て、ダナは納得した。

身なりがいいのだ。

そこかしこの留め具やボタンに宝石が付いている。

台になる金属も、高価なものだろう。

実に残念だった。


「ついてないわね」

「ついてなかったな」


これだけの貴金属があれば、王都でまあまあの宿屋に泊まり、風呂に入ることも出来た。

どこか適当な店で、不足しているアクセサリーを買うことも出来たはずだ。

二人して深いため息をついていると、男がわずかに動いた。

「う、うぅん」

小さく呻くと、ゆっくりと目を開けた。


「大丈夫ですか?」


ダナは気持ちを切り替えた。

目の前の男は、たぶん金持ちだ。

助ければ謝礼が出るかもしれない。

心配そうに、親切そうにしなければ。

その演技力は、百戦錬磨の女傭兵も舌を巻くほどだった。


男は何か言おうとしたが、声が出ないようだ。

ダナが水を飲ませてやると、少し落ち着く。

グゥーっと男の腹が鳴った。

「少し待ってくださいね」

ダナは残っていた穀類を使って、粗末な粥を作った。


よほど腹が減っていたのか、男はあっという間に粥をたいらげた。

女傭兵が獲ってきたウサギ肉も焼いてやれば、遠慮なく食べる。


食べるだけ食べると、火の側で寝てしまった。

「肝が据わったやつだ」と女傭兵には気に入られたようだ。


翌朝、目を覚ました男は懐からアミュレットを出すと、ダナに差し出した。

「命を助けてくれてありがとう。

王宮を訪ねて、これを見せてくれ。

改めて礼をするから」

そして、時間がない、とばかりに立ち去ってしまった。


「お宝ゲット!」ダナは叫んだ。

王宮に入るには招待状があるから、アミュレットは要らない。

そもそも、野宿続きですっかり小汚くなったダナが王宮に行ったって、取り合ってもらえないだろう。

アミュレットは売ろう、そうしよう。

ダナと女傭兵は、深く頷きあった。

二人は王都へと急いだ。


その日の午後、王都にたどり着いた二人は、さっそく宝飾店に向かった。

表の入口から入るのは遠慮して、裏口から、見てもらいたいものがあるのだが、と伝えた。


やがて、店主だと名乗る男が用心棒を伴ってやってきた。

「これを売りたいのですが」とダナがアミュレットを差し出す。

受け取って確認した店主は、目を瞠った。

アミュレットには、王太子の使う紋章が入っていた。


「これを、どこで?」

「森の中で、若い男性を助けたら、お礼にもらいました」


さもありなん。

王太子がアウトドア派なことを知っている、王室御用達の宝飾店店主は話を信じた。


「これは買い取れません。

王宮に行って、面会を求めた方がいいでしょう」

「でも…」

小汚い自分をどうにかしないと、その面会すら叶いそうもない。


宝飾店の敷地から出て、とぼとぼ歩きだす。

ここに来て八方塞がりか、とダナが思ったときだった。


「そのアミュレット、わたくしが買いましょう!」


救いの神が現れた。

裕福な商家の後妻か妾、といったふうな色っぽい美人が話しかけてきた。

美人は、ダナが想定していた額の十倍以上を払い、アミュレットを受け取った。


お金が出来たダナは、まず、風呂の使える宿で一番安い所に入った。

身ぎれいにしてミランダのドレスに着替えると、王城に入るときに着る、一番いいドレスを持って質屋に行った。


質屋の店主に、ドレスに合う靴やアクセサリーを借りたい、と言うと、奥から女将さんが出てきて見繕ってくれた。

ついでに、どこかの貴族が預けていた馬車も御者込みで貸してもらう約束をした。

これで準備は万端だ。


まあまあ貴族令嬢らしく見えるようになった自分の護衛のため、古着を買ってメイド姿になっている女傭兵とハイタッチした。

王都の通りでハイタッチするご令嬢とメイドは、いない。

奇異の目で見られて、ちょっと恥ずかしいことになっていたが、本人たちは気付いてもいなかった。


コンテスト当日、ダナは招待状を手に無事、王城の門を潜った。


控室に通されると、そこには既に十一人の令嬢たちがいた。


ダナの姿を見て、ファッションにうるさい令嬢は鼻を鳴らした。

流行遅れのダサい服! サイズも微妙に合ってない!


武門の家柄の令嬢は、体幹の据わったダナの動きに感嘆した。

これは、ただものではない、と思った。


その他の令嬢は、落ち着いて堂々としたダナの様子を受け入れた。


おどおどして目立つようなヘマはしないのがダナだ。

なにせ、ヘマをしたらボロが出る。

後から後から、ボロが出る。

ボロでかためた令嬢だ。

まともなのは、貰い物のドレスと、借り物の小物だけ。

ダナは達観していた。



十二脚の椅子に、十二人の令嬢。

役者は揃った。皆がそう思った。


だが、飛び入りの参加者が現れた。

ダナからアミュレットを買った、色っぽい美人だ。


ダナ以外の令嬢たちは美人を見て「え?」と驚いた。


コンテストが始まった。

まずはダンス。

最初に踊ったファッション令嬢は、美にこだわりがあるようだった。

指先まで、髪の毛の先まで、行き届くような体の動きは見事で、この種目、文句なしの一位となった。


二位は武門令嬢。

パートナーとの一騎打ちのような、緊張感あふれる踊りが高く評価された。


そして、三位はなんとダナだった。

演技力に定評のあるダナだが、擬態も得意だった。

ダンスは基本しか習っていないので、目の前で踊る令嬢たちの動きを、技術を、その場で見て吸収した。

観察眼と擬態能力で再現したまではよかったが、センスが今一つだった。

先の二人の美の踊りと武の踊りをミックスし、方向性を失った。


四位以下はとんとん。

美人は、まさかの棄権であった。


マナー、護身術、特技披露と進んでいったが、一位と二位が時々入れ替わり、三位は安定のダナという単調な展開となった。

次は最終種目、という時、室内に王太子が入ってきた。

数日間、行方不明になっていたため、執務室に缶詰めにされ、ようやく解放されたところだった。


ここまでコンテストを仕切ってきた王妃は、ここで王太子に采配を譲った。

執務室から出てきたばかりの王太子は、お腹が空いていた。


「お粥を作ってください」


令嬢たちは固まった。

良家の令嬢は、厨房になど立たないのが普通だ。

万一、妙なものを作って王太子の体調不良を引き起こしでもしたら…

冷静な判断力を持って、ダナ以外の令嬢は棄権した。


ところが、ここで前に出たのが例の美人だ。

平民の彼女は、料理が得意だった。


ダナは素早く、しかし丁寧に雑穀粥を作っていった。

数種類の雑穀と塩だけ。

さっぱりとした味わいだ。


美人も、普通にお粥を作ることは出来た。

だが、並べられた材料を見て欲が出た。

高級食材がふんだんにある。

舌に自信のある美人は、巧みに食材を組み合わせ、料理界に新風を送り込むほどの逸品を作った。

その、素晴らしい香りに食欲がそそられ、見学していた令嬢たちは腹の虫が鳴らないように必死になった。


出来上がった二種類のお粥を、王太子と王妃がしっかりと味わった。


食べ終えて、王太子が口を開いた。

「母上、このマーベラスなお粥を作ってくれたご婦人はどなたでしょう?」

王妃は驚いた。

「あなたのアミュレットを持ってきたから、御恩のある方かと思ったのだけれど…

違ったのかしら?」


「私がアミュレットを渡したのは、こちらの素朴なお粥を作ってくれたご令嬢です」

視線を向けられて、ダナが答えた。

「マーベラスお粥のご婦人は、お金に困っていた私から、アミュレットを買ってくださったのです」


「それで、王城までアミュレットを届けに…

それは、ありがとうございました。

誰か、このご婦人にお土産と交通費をお渡しして、丁重にお送りしてくれ」


マーベラスお粥の美人は、商家の後妻であったが、高齢の夫と死別したばかりだった。

王太子のアミュレットを持っていれば、ワンチャンあるかと思っていたが、見事に当てが外れた。

ダナに払った大枚が交通費に化け、大損だ。


失意のまま、扉から出て行ったが、その先に出会いがあった。

マーベラスお粥の香りに釣られ、厨房から走ってきたコック長が呼び止めたのである。

美人は新たな職場を得た。

ちなみに、コック長は独身のイケオジだ。


室内にいた令嬢たちは、ホッとしていた。

コンテストの目的は明白。

王太子殿下の嫁探しだ。


しかし、差別するわけではないが…たいへん申し訳ないが……

美人の年齢は、どう見ても王太子の倍以上。

美魔女であった場合、三倍以上である可能性も捨てきれなかった。


残されたダナの手を、王太子がそっと自分の手で包んだ。

「貴女のお粥で、私は命を救われた。

どうか、私と結婚してもらえないだろうか」


「跡取り娘なので、無理です!」

ダナは速攻断った。


「婿入りならば、どうだろう?」

「働き者なら歓迎です!」


王太子は王妃を振り返る。

「ということですので、私は王太子の地位を返上します。

彼女の家に婿に入ることを、お許しください」


固唾を呑んで見守る令嬢たちの中、王妃は言った。

「わかりました。国王陛下にはわたくしから口添えしましょう」


ダナのお粥を食べた王妃は思い出していた。

王太子が幼い頃、保養に行った別荘で、夜中にお腹が空いたと泣かれたことを。

疲れている使用人を起こしたくなかったので、王妃自ら雑穀粥を作って食べさせたのだ。

手料理を食べさせたのは、あの一度きり。

お袋の味を再現した令嬢に、惹かれた息子の意思を尊重したい。

その母心が、国にとって重大な決定を促した。


辺境伯領への帰り道、ダナの操る荷馬車の助手席には女傭兵。

そして、荷台にはお婿になる予定の王太子が寝転がっていた。

美人がアミュレットと引き換えにくれたお金の残りで買った、故郷へのお土産もたくさん積まれていた。


「そもそも、殿下はどうして森で倒れていたのですか?」

ダナは根本の疑問に立ち返った。


「黄金熊が出たんだよ」


黄金熊。それは文字通り黄金色をした珍しい熊である。

王都近くの森に少数生息するその熊は、神の使いとも言われていた。

普通の熊のように危険な野生動物だが、傷つけることは禁止されている。


王子は運悪く一人きりのところに黄金熊と遭遇し、やり過ごすために木に登った。

ところが、ハチの巣を見つけて運んできた熊は、王子の登った木の根元に居座り、ゆっくりハチミツを楽しみだした。

巣に残った蜂が飛んでこなかったのは良かったが、ハチミツを堪能した熊がそのまま寝てしまい、一昼夜、木の上で過ごす羽目になった。

やっと、黄金熊が去り、なんとか木から下りたはいいが、空腹に力尽きて動けなくなった。


「それで君と出会えたのだから、確かに神の使いなのだろう」

ダナは隣に座る女傭兵と顔を見合わせて呆れた。


その後、辺境伯領では、一人娘が連れ帰った王子に驚天動地。

しかし婿入りしてからは、ダナが書類仕事を引き受けたせいか、アウトドア仕事なら、なんでも喜んでやってくれる。

文句ひとつ言わず畑を耕す元王子を、家族も領民も温かく受け入れた。


大らかな元王子を慕う者は多かったようで、結構な人数が王都から移住してきた。

田舎ならではの特産品を作りたいという者もいて、元王子の持参金が役立っている。

人口が増え、産業が増え、数年後には貧乏の冠を返上出来そうな気配だ。


一方、王宮では、王妃が新たな王太子の教育に力を入れていた。

側妃の息子である第二王子は、言っては何だが、生まれつき自分の息子とは出来が違うと思っていた。

ぶっちゃけ国王に向いている。

年齢も元王太子より五歳下。

間に合う。十分に教育が間に合う。

王妃は側妃と腹を割って話し合い、手を取り合って第二王子を立派な国王に育てることを誓った。


やはり神の使いであったかもしれない金色の熊は、今日ものんびり木の根元に座って、美味しそうにハチミツを舐めていた。




続編のような補足編『銀色の驢馬』を投稿しました。お時間あれば、読んでいただけると幸いです。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 黄金熊がいい仕事した!! 確かにしょっちゅう王宮抜け出して森にいるような王子、危なくて王さまになんか出来ませんもんな。 王妃様との思い出のお粥を再現したのもいい話ー! そして後家さんの第二…
[一言] まさに、ゴールデンカ○イ。
[気になる点] 最後まで読んで気付いてしまった……プ◯さんやないかぁぁい⁉︎ いや、まぁ、確かにデ◯ズニーのキャラクターは皆んな神様みたいな物(逆らえないという意味で)だけど、いや、うん。 もうい…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ