89 歪みの亀裂(ディストーション)
炎の壁を突き破って巨大な影が躍り出る。
巨大な咆哮をあげるそれは……不気味な姿をしていた。三本の首が生えた黒い狼……前世でもゲームでよく登場したケルベロスなのだが、真ん中の首は赤い目をした狼、左の首は巨大な蜥蜴、右の首は蛇の頭部がついている。それぞれが別々の咆哮をあげている。尻尾は毛皮に覆われておらず、蠍のような棘のついた尻尾が左右に動いている。
「な、何だこれは……」
俺は図鑑の記憶を探ってみるが、そもそもこの世界の生物図鑑にはケルベロス自体が載っていなかった。そして目の前のこの生物の記載も記憶にはない。
「混沌の生物ですかね……」
アドリアが初めてみる生物に驚きながら、武器を構える。
蛇の首が素早くロランへと躍りかかる。その攻撃を大盾で受け止めるが、表面に食いついた牙から紫色の不気味な液体が滴り落ちる。
「こいつ、毒を持って……」
慌てて大盾の表面に槍を当てて、無理矢理蛇の首を払うロラン。
アイヴィーには蜥蜴の頭が首を伸ばして襲いかかる。あまりに大きく開いた口に驚きながら、アイヴィーはステップで攻撃をかわし、かわしざまに刺突剣の突きで目を突く。ずぶり、と血を上げながら蜥蜴頭の目から血が吹き出し、悲鳴をあげて慌てて首を元に戻す怪物。
そして伸びないだろうと思っていた狼の口から黒い火炎が俺に向かって飛んでくる。ひどく直線的な俺だけを狙った一撃だ。
「お、おいブレス攻撃ってありかよ! <<水の壁>>!!」
咄嗟に水の壁を作り出し、炎を防ぐが超高熱の炎が水の壁をジリジリと押し込んでいく。魔力を注ぎ込んで壁の強化を行うと、水の壁が弾力を持って炎を押し留め、攻撃が当たらないと考えた狼の首が炎の噴射を止める。
再び咆哮を上げて身構える怪物……その時凄まじい速度で俺に向かって蠍の尻尾が伸びる。その攻撃を剣杖を使って受け止める。ギリギリと音を立てて押し込んでくる尻尾。
「お、重い……」
「クリフさん!」
アドリアが連接棍を尻尾に叩き込み、その攻撃に怯んだ化け物は尻尾を元に戻す。
ロスティラフがその間も部屋に入ってこようとしている獣魔族を複合弓で射撃している。普通の弓矢よりも破壊力が強く、彼の腕力で放たれる矢は、獣魔族の頭蓋骨を簡単に突き破っている。血飛沫と断末魔の悲鳴が何度も上がる。しかし、数が多く流石に間に合わない。
「援護をお願いします!」
アイヴィーが攻撃を繰り出す蜥蜴の頭に飛び乗ると、刺突剣を脳天から何度も突き刺す。血飛沫と、悲鳴が上がる。大きく開けた口の縁を蹴ってアイヴィーが攻撃を交わして地面へと降り立つ。蜥蜴の頭はぐったりと垂れて、動かなくなる。
「まず一本! あとは任せるわ!」
そしてアイヴィーは部屋に入った獣魔族に躍りかかると、ロスティラフと共同で部屋への侵入を防いでいく。まるで舞うような、そして華麗な動きを見せつつ刺突剣が振われる。
「ここは責任取って、サクッとやらないとダメだな……お仕置きされてしまう」
俺は杖を地面へと突き刺し魔法の詠唱に入る。魔力を集中させて、両手に魔力を移動させていく。一撃で相手を切り裂く……しかも避けることのできない攻撃が必要だ。
「時紡ぐ蜘蛛……蜘蛛により紡がれた時間、引き裂く力……我が前にその時の魔力を顕現せよ……時は歪み歪みは亀裂へ……<<歪みの亀裂>>!」
怪物の目の前に黒点が出現し、視界を軽く歪める。すぐにメリメリと音を立てて怪物の体が大きく歪む……もがき苦しむ怪物が悲鳴をあげると、それまで発生していた歪みが突然元に戻る。
その衝撃はあまりに大きく、歪んだ空間の変化に耐えきれず、破砕音と血飛沫を上げて怪物が倒れ伏す。首や足は別々の方向へとへし折れ、歪み、そして避けた肉から血が滴る。
「う、うわ……これ相変わらずえげつない魔法ですよね……」
アドリアがあまりの惨状に口元を抑える。まあ、この魔法をくらうとミンチになるからな……。
「い、一撃ですって……?」
ファビオラが俺を見て震える。そりゃそうだろう、この魔法は今現在で使っている魔道士はほとんどいないらしいし、失われた技術とさえ言われているからな。でも俺は古代の文献で知ったもの、一度見た魔法を再現できる企画能力が備わっている。
最近は意識せずとも学んだ魔法を模倣できるようになってきた。便利である。
怪物がミンチになったのを見て、獣魔族が慌てて撤退していく。どうやらこの怪物は現状では切り札に近かったようだ。
「歪みの亀裂は神話時代に神を知る者と呼ばれた魔道士団が開発した魔法らしくてね、文献を調べて行って大体の形が予想できたんで、再現しているんだ。」
「再現した? そんなこと……できる魔道士なんか聞いたことがない……」
ファビオラが流石に信じられないという表情をしている。はっはっは、これが『夢見る竜』のリーダーかつ魔道士のクリフ・ネヴィルの実力ですよ。と鼻高々に自慢をしようとしたとき、いきなり頬を拳が貫く。
えっ?と思って叩いた方向を見ると、アイヴィーがブチ切れ寸前の笑顔で俺を睨みつけている。
「あなたはまず、謝ることがあるでしょう?」
そして頭に拳が上から叩き込まれる。ロランの一撃だ、めちゃくちゃ痛い。手甲つけてるから余計に突起が当たって痛いわけで。
「お前な……何考えてるんだ」
そして脛をガシガシ蹴られる。これはアドリアだ……oh! やめてくださーい。
「馬鹿じゃないですか? 何考えてるんです、このどエロスケベ大王は!」
別の頬をペチペチと尻尾が叩く、これはロスティラフか。少し強めに叩かれている。
「あのですな……私が良いという物以外は触らないでくだされ……」
あ、痛い、痛いのですぞ。だんだん力が篭ってくる皆の攻撃に耐えきれず、俺は頭を抱えてしゃがみ込む。やめてくれよぉみんなあ……。
「あ、あのですね一番やばそうなのは私が責任持って倒しまして……これで許していただけないかと」
「そういう問題じゃない」
俺を叩いた全員の怒りの声が唱和する。そのまま皆に叩かれている俺を見て、呆気に取られていたファビオラがくすくす笑う。
「仲良いのね、あなた達……」
「ふむ……神を知る者の開発した古代魔法だな。技術は拙く、荒っぽいがよく再現されている」
この時その場にいるものは誰も気が付かなかったが、部屋の隅にいた鼠の視界でこの様子を見ているものがいる。鳥を模した仮面と黒いローブ、そして仮面に覗くのは空虚な赤い眼。道征く者、それが彼の名前だ。
「思っていたよりも知識と魔法のバランスが良いな。古代の魔法に目をつけて、それを再現するなど今までの使徒にはない行動だ。アルピナやネヴァンが倒されるのも頷ける」
道征く者は仮面に手を当てて考える。この遺跡にある遺物は別に惜しいものではない、人が到底コントロールできるものではなく、混沌にとってももはや無用の長物にしか過ぎない。執行者は神話時代でその役目を終えているのだ。
「うむ……使徒の力を見る良い機会か」
道征く者は一人頷くと、そのまま視界を共有する鼠を操り、クリフ達を追跡していくのであった。
_(:3 」∠)_ 新魔法da!
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