69 英雄(チャンピオン) 01
「きますぞ、もっと強いのが」
トニーが緊張した様子で、俺に伝えてくる。わかる……異常なまでの圧力、嫌悪感、そして不快感。混沌の気配。アイヴィーとアドリアもその気配を感じて武器を構える。ピリピリとした殺気のような、何かを感じる。
戦いの後に再び俺たちは村の方向へと歩いていた……が、不気味すぎる何かを感じて立ち止まる。間を置かずに森の中からゆっくりとその巨体が姿を見せる。
「……ようこそ、使徒とその仲間よ」
筋肉質な肉体、そして山羊頭と四本の角、四本の腕……不気味なまでに堂々とした獣魔族が俺たちの目の前に姿を現す。そして流暢な大陸共通語を喋ることができる。これはヤバいやつだ。あと、ヤギの口でどうやって言葉を発声しているのか? という疑問は多少感じるが、とにかく流暢にしゃべれる、それだけ知能が高い個体だ。
……そうか、大蟷螂が怯えていたのはこの個体のせいか、大蟷螂はこいつから逃げ出していたのだ。
しかし……その『クリフ君と愉快な仲間たち』みたいなカテゴライズ……ちょいとその分け方には不満がある。
目の前の獣魔族は武器を持っていない。ただ腕には鉄製の小手が装着されていて、その小手はかなり使い込まれたものであることがわかる。全身に纏っている鎧は要所要所に金属板を使っているが、稼働部分は大きく取られている。さらに鎧の表面はかなりの傷が刻まれており、戦士としての風格を漂わせている。
英雄、魔物の中で特に戦闘に勝ち続けた個体をそう呼ぶ。魔物は単なる狩りの対象ではない。ロールプレイングゲームなどではそういう扱いになっている場合も多いのだが、この世界では魔物は成長する。特に獣魔族は人型種族の中で混沌の眷属ではあるものの、知的種族である。単に神話時代に生み出された魔物、という扱いにされているだけで、戦いを繰り返す中で能力を劇的に向上させるケースが記録として残っている。
目の前の獣魔族はそういった選別をされ続け、戦い続け勝ち続けた特別な個体「英雄」にカテゴライズされるべき勇者だ。そう、圧倒的な実力と強力な能力を持った勇者なのだ。
ただ、彼は混沌に属する勇者である、ということだけ。勇者は正義の執行者である、とされるゲームタイトルも多いが、現実は双方の信じる正義に基づいた勇者が存在する、ということか。
「我の名はガエタン。獣魔族の戦士である。我はネヴァン様の盾。貴様らをここで殲滅する」
ガエタンは徒手空拳がスタイルなのか、その場で軽く数回ジャンプすると4本の腕を構えて立ち塞がる。上の二本は大きく広げ、下の二本は格闘技などで見られる構えをとっている。
「……武器もなしに舐めてるんじゃないわよ!」
アイヴィーが刺突剣を構えて突進する。必殺の突き、セプティムとの修練で磨き上げた技を繰り出したが、その突きの勢いを小手の表面を滑らせて受け流すガエタン。アイヴィーが体勢を崩したのを見逃さず、鍛え上げられた腕から繰り出す掌底をアイヴィーの腹に打ち込む。ニヤリと笑うガエタン。
「良い突きである。だが感情に支配されすぎだな」
「うぐっ……!」
軽く吹き飛ぶアイヴィーの体、慌てて俺がアイヴィーを受け止めるが、衝撃をまともに食らったアイヴィーは軽く口から血を吐き出す。アイヴィーの腰に回した手に吐き出した血が少しかかる。
「アイヴィー、大丈夫か? あれは格闘家だな」
「げほげほっ……だ、大丈夫」
アイヴィーはかなり咳き込みつつも、戦う意思を失わずにガエタンを睨みつける。むしろかなりお怒りの模様だ。俺の手を払い、刺突剣を構えて立ち上がる……が少しふらつく。
「アドリア、治癒魔法を。トニー支援してくれ」
慌てたように二人が魔法の準備を始め、俺はアイヴィーと距離をとる。
これは格闘戦になりそうだ。下手に魔法の準備なんか始めたら、一〇〇パーセント死ぬ。
俺は杖を置き、影霧を抜き放つ。普段の持ち手とは違い、逆手に構える。俺も父バルトの薫陶厚く、格闘戦の練習をさせられているわけで……久しぶりに格闘戦の構えを取る。
「ほう? 使徒殿は魔道士ではないのか?」
「父親が戦士でね、色々習ったよ」
ガエタンが獰猛な笑顔を見せると、一気に距離を詰めて俺に襲いかかる。必殺の拳が四回打ち込まれるが、ギリギリでその拳を避けて影霧を振るう。逆手に持ったのは斬撃の出どころを隠すのと、こういった戦闘だと傷をつけやすいからだ。しかしその狙いも虚しく、ガエタンは小手の表面で刃を滑らせて斬撃を避ける……体勢を整えたガエタンの反撃、無理をせずに俺は大きくバックステップをして距離を取り、追撃を防ぐ。ガエタンの拳が地面にめり込み……抉り取る。えげつねえなこいつ。
冷たい汗が背中を伝う。ガエタンの一撃を喰らったら……簡単に死ぬだろうな。それくらいの迫力がある。バルトよりも遥かに強い。セプティムほどではないかもしれないが、十分に実力のある戦士だ。
空いた手を使って、魔法の弾幕を放つが、ガエタンは四本の腕を器用に使って、魔法の弾幕を受け流していく。
「魔法を受け流すってズルくない?!」
思わず声に出るが、それを聞いてアイヴィーやアドリアが「お前もやっただろ」という表情をする。あ、そういう扱いなんですね僕。
「クハァッ!」
ガエタンが獰猛な笑顔を見せて笑う。山羊頭の目が不規則に動く。隙をつくかのようにアイヴィーが刺突剣を連続で突くが、その攻撃をものともせずに受け流していくガエタン。舌打ちをして距離をとるアイヴィー、かなり強打への警戒をしている状態だ。
「楽しいな使徒よ! 我は強者と戦うことに喜びを感じておるぞ!」
「そーかい、俺は緊張で死んでしまいそうだよ」
「クハハッ! 使徒殿はなかなか面白い御仁だな!」
_(:3 」∠)_ 敵にも英雄がいるの当たり前じゃないですかー、やだー!
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