45 堕落(フォールダウン)
憎い、憎い、憎い。
裏切ったものが憎い、自分から去っていくものが憎い、あの女が憎い。
奪い取るものが憎い、奪われることが憎い、俺の前に立ったあの男が憎い。
目の前を見る。そこには黒いローブの女性が立っている。俺に囁いた女、ネヴァンと言ったか。良い匂いがしていた。とても魅力的だった。
思考がまとまらない、ひたすらに憎しみと妬み、そして猜疑心だけが心を包む。脳裏に金色の髪の少女の姿が浮かぶ。これは僕のものだ、誰にも奪わせはしない。僕だけのものだ。
手を伸ばそうとしたが、腕が動かない、身じろぎをしようとするが体は動かない。
ネヴァンは俺が動こうとしたことに気がついたようで、こちらをみて……口元だけしか見えないが笑う。その笑いはとても不思議で、魅力的だった。この女のいうことは聞かなければならない……そんな抗い難い強い衝動を感じる。
「坊や……気がついたの? でもダメよ、体が安定するまでは動いてはいけないのよ」
そこへ一人の男が入ってくる。誰か来たぞ、と忠告しようとしたが口から出る声は言葉にならない。喘ぐような声が絞り出される。ネヴァンはその声に反応して入口を見た。
「相変わらず趣味が悪いな、貴様は」
その男は不気味な仮面を被っていた。その仮面は鳥を模した造形で大きな嘴がついている。仮面の表面には古代文字が刻まれており、見るだけでも不安を感じさせるような力を感じさせた。
目に当たる空洞には赤いルビーのような輝きを持つ瞳が覗いているが、感情を感じさせない空虚な印象である。
ネヴァンと同じ黒いローブを着ているが、そのローブは擦り切れや綻びが多く、薄汚れた外見だが、巨躯であり歴戦の戦士のような印象を持っている。
「おや、こんな場所へ。道征く者よ……何かございましたか?」
ネヴァンが恭しく頭を下げる。
「貴様が玩具を手に入れたと聞いた。だがどうだ、こんな趣味の悪いものを創りおって……」
道征く者と呼ばれた男はネヴァンに憎々しげな声で答える。
その目には、ロレンツォだったモノが映っている。
「弱き魂で遊ぶなと、何度か忠告したはずだが」
「思ったよりも定着してしまったのです、これほどとは思いませんでしたので……」
ネヴァンは恐縮したように頭を下げたまま答える。
ふん、と鼻を鳴らすと、道征く者はロレンツォに近付いて目を覗き込む。
そのときロレンツォは凄まじい恐怖を感じた。
道征く者のルビーのような目に映る凄まじい恐怖、狂気、そして何か得体の知れない威圧感を感じる。
そしてギラリと目が光ると同時に、頭の中を直接弄られるような気持ち悪さ、そして違和感を感じる。
唸り声をあげて震えるロレンツォ。ぶるぶるとその巨体が震える。ロレンツォだったそれは……ロレンツォの上半身が生えた肉塊になっていた。
下半身に当たる部分には巨躯だ……複数の腕と足が出鱈目に肉塊から生えている。身じろぎをするたびに肉塊から不規則に生える腕や足が細かく痙攣する。
だがロレンツォはまだそのことを知らない、ただただ焦点が合わない空虚な目を見開いて呻くだけだ。ゴボゴボとロレンツォの口から呻き声と共に泡が噴き出す。
道征く者は首を振り、ため息をつくとネヴァンに向き直る。
「堕落の種子をこのようなものに使うからこうなるのだ。使い物にはなるまいよ。この弱き魂は帝国貴族であろう?」
「お分かりでしたか、さすが我らが混沌の戦士の第二柱でございますね」
道征く者は記憶を読んだ、と答え肉塊に再び顔を向ける。
「今回の道程ではイレギュラーが多い。七年前に倒されたアルピナもまだ動けん」
道征く者はロレンツォに手のひらをかざす、すると肉塊の一部がグシャリと音を立ててつぶれ、血が噴き出す。その痛みにロレンツォは悲鳴にならないうめき声をあげ、上半身を逸らす。
「痛みはあるのか、全く……貴様は悪趣味だ」
だがすぐにその傷は塞がり、新しい腕や手と共に盛り上がり肉塊を構成する。ぶるりと肉塊が震える。
不規則に生えた腕が何かを求めるように蠢く。
「アルピナは自業自得だ、だがイレギュラーはあれから生まれている。……貴様は違うのであろう?」
「褒め言葉ととってよろしいでしょうか?」
ネヴァンが頭を下げたまま問いかける。が、道征く者はそれには答えず、入口へと向かう。
「少なくとも修正は効くだろう。この弱き魂は元々何も成さない者だからな、ただ大きな変化を産むことは許さん」
道征く者が部屋から出て行くとネヴァンはようやく頭を上げた。
ネヴァンがニタリと笑うと口元から人のものとは思えない長い舌が覗く。
ロレンツォの頬をその長い舌でひと撫ですると、満足そうにネヴァンは微笑む……その微笑みに反応して肉塊が歓喜に打ち震える。
ロレンツォも快楽に身を委ねるかのように恍惚とした表情で喜ぶ。
「彼はそういうけど……私はあなたと楽しみたいのよロレンツォ。あなたが何も成さないのは可哀想だわ」
焦点の合わないロレンツォの目を見ながら、ネヴァンはその頭を撫でる。
「そうね、でも顔が見えてしまうとみんなあなたのことを嫌いになってしまうかもしれないわ。あなたにこれをプレゼントしてあげましょう」
ネヴァンが手を翻すとそこには角を持つ山羊顔の仮面が現れた。仮面の縁には数本の触手のような者が蠢くように生えている。
「これをつけていれば、愛しい婚約者にもあなたのことはバレないわ」
まるで子供をあやすように仮面をロレンツォの顔にはめ込む。仮面から触手が伸び、肉塊に食い込む。
痛みで震えるロレンツォ、だがやはり声にはならない。
ネヴァンは満足そうな歪んだ笑顔を浮かべた。
「貴方の手で愛しい婚約者を肉塊に変えてしまいましょう、貴方はその後ゆっくりと彼女を愛せば良いわ」
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