269 運命とは定められた未来
「お、おい……いいのかあのくらいで?」
「何がだ? 楔は打った……それだけで十分であろ」
法螺吹き男爵ことカイ・ラモン・ベラスコはエンダラン要塞の通路を歩く混沌の戦士ネヴァンの後をついて歩きながら問いかける。
だが当のネヴァンは口元を歪めて笑いながら足早に歩いて行っている……彼女が何を考えているのか理解できずにカイは彼女を止めようとその肩へと手を振れた。
その動きに反応したのかネヴァンは軽いため息をつくと、いきなり振り返って自らの唇を持ってカイの言葉を封じる……ねっとりとした彼女の舌が歴戦の戦士の口内を軽く舐め回したことで、思わず驚きと羞恥心からカイは彼女の方を掴んで引き剥がすと数歩蹈鞴を踏んで後退する。
「な……いきなり何なんだよ!」
「うるさい口を封じただけだ」
「おま……」
「先ほども言ったが……クリフ・ネヴィルには楔を打った、彼奴の心には罪悪感が芽生えておるよ」
ネヴァンはそっとカイの頬へとその滑らかな感触を持つ指をそっと添えると、黄金の瞳をクルクルと回転させながら口元を歪めて笑う。
カイはその笑みにゾッとするような気分を覚えつつも、先ほどの光景を思い出す……実はネヴァンの視覚を共有され、彼はクリフの様子を覗き見ていた。
何かに怯えるような、そして恐怖……普段クリフ・ネヴィルという人物が見せる表情とは全く違う、そんな深い色を湛えた光が彼の目にはあった。
ネヴァンがヒルダに与えた薬……それは混沌の力を集約させた特殊な錯乱剤であり、その効果は人の奥底に押し込められた欲望を解放し、我を忘れさせるものだという。
「それであんな怯えた目をしていたってことか」
「クハ……我は精神を操る……人の心は操りやすい、魔王といえどもその精神構造は人間そのものだからな」
「そういうものかねえ……」
ネヴァンは上機嫌にカイの前を歩いているが、まだ付き合いの短い混沌の戦士が何を考えているのかは本当によくわからない。
自分が心を操られている可能性もあるが、それでも彼女の言葉には従う方が良いと思う様になっている……時折見せる色香などは手放し難いものだと感じているためだ。
そんなことを考えつつネヴァンの背後を歩いていたカイは、突然立ち止まったネヴァンに気が付かず思わずぶつかってしまい、慌てて一歩後ろに下がった。
ネヴァンはぶつかったことすら気にせず、その場に立ったままじっと遠くを見るような仕草を見せていた。
「……お、すまん……どうした?」
「力が強まっている……? 王都……いやこれは……」
「ど、どうした?」
「混沌の力が強まっている……シャアトモニアに驚くほどの魔力が集約しておる」
シャアトモニア……ブランソフ王国の中では中程度の街ではあるが、冒険者組合などの施設が整った閉鎖的な王国でも比較的交易が盛んな場所である。
レヴァリア戦士団の支部も存在し、少ないながらも一定の兵力を駐屯させている要所の一つで、カイも仕事で何度も訪れており、暗い印象のある王国には珍しい活気のある街だという認識だった。
そのシャアトモニアには今クリフ達が戻っているはず……であればその魔力はクリフのものではないか? という疑問をカイは感じた。
「クリフの力ではないのか?」
「あやつの魔力はここまで純然たる混沌ではない……これは変異混成魔法陣の……」
「変異混成魔法陣? ああなんか前に言ってた気がするな」
ネヴァンが何かに気がついたかのようにハッとした表情を浮かべたのを見て、カイは心配そうに彼女を見つめるが、それにすら気が付かない彼女は黄金の瞳をグルグルと回す。
彼女がそうしている時には何もしない……それがカイがネヴァンと定めた約束である、特に人間ではない彼女にはカイがわからない何かが見えているらしく、それを邪魔されるのをひどく怒ることがあるのだ。
そしてネヴァンの発した変異混成魔法陣という言葉、それは以前寝物語の場で彼女が話していた混沌の眷属における奥義の様なものだという。
全てが溶け合い、混じり合い、そして睦あう混沌の本質を体現したかのような脅威の魔法であり、混沌の戦士はこれを実行する能力を与えられているのだと話していた。
「もちろんこの王国……ブランソフの街にはこれが仕掛けられている、が我はそれを発動する気はないよ」
「何故?」
「お前の心の中にある王国を救いたいという気持ち、それが気に入ったからだ」
ネヴァンは振り返ってカイの胸へと細い指先をそっと当てる……それは彼の心の中をきちんと見ている、という意思表示なのかもしれない。
カイ・ラモン・ベラスコ……法螺吹き男爵とあだ名されている彼は、悪名としての男爵を名乗り、飄々とした性格もあって貴族には決して見えない様に振る舞っている。
そしてレヴァリア戦士団において頭角を表したのは彼の実力に他ならないが、血筋としては王族に連なるベラスコ公爵家の血縁にあたり、紛れもない正真正銘ブランソフ王国の貴族であった。
ブランソフ王国に戦士団の拠点を構えているのは、衰退するこの国に何らかの利益をもたらせると考えているからであり、実際に彼が戦場で稼いだ資金は、王国の経済へと循環しているのだ。
ネヴァンの言葉に、目を見開いたカイは驚きと困惑で彼女の目を見ながらネヴァンへと話しかけた。
「……誰にも言っていないんだけどな、それは……まあお前ならわかるか……」
_(:3 」∠)_ そろそろ本章のクライマックスへと進みます
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