264 元の世界では
——夢の中にいるような気がした。
冒険者になって仲間と共に冒険をして、愛する女性とお互いを求め合いそして……危険を乗り越えて自らが成長していく物語を体験できているような、でもどこか夢見心地な気分で、死ぬかもしれないって思った時にもずっとこの世界は嘘でできていて、俺が目を覚ましたらそこにはいつもの書きかけの仕様書があって……また朝かってがっかりしながら身支度を整える生活。
人に夢を与える仕事なら他にもたくさんあったのに、ゲームが好きだからって選んだはずなのに、俺はずっと「本当は違うんだ」って思いたかった生活に戻るのかもって不安だった。
ふと我に帰ると俺は見覚えのある部屋の中に立っていた、死臭……クリフとして転生してから何度も嗅いだ死体が放つ悪臭と虫が集っているのか少し耳障りな羽音が部屋にこだましている。
目の前に机の上に突っ伏している人が見えている、ピクリとも動かない……目の前にあるモニターにはずっとキーボードに乗った頭の重みでピーッという音が漏れていて、彼はすでに命がないって俺にはわかった。
「※※※さん? 開けますよ? ってすごい匂い……これは……タンカ! それとシート被せて!」
声がして振り返ると俺を素通りしていくように白い服を着た男性たちが部屋の中にドカドカと入ってくる……思わず邪魔にならないように俺は傍にどくが、足で何かを踏んだような気がして視線を落とすとそこには最後の記憶にある数日前に購入したばかりで通販で届いたフィギュアの箱があった。
最近流し見していたアニメで気に入ったキャラだったっけ……金髪でツインテールっていう割とオーソドックスなヒロインキャラで名前はなんだっけ……忘れちゃったしその箱を見ても何故か箱に描かれた名前が不思議な文字になっていて読むことができない。
「うわ……これ死後数日以上経過してるな……虫もこんなに……」
「孤独死ってやつですか? 若い男性なんですよね?」
「会社からの連絡も出てないって話だけど……普通は確認しにくるよな……親御さんから通報があって初めて動くなんて酷い話だよ」
白衣の男性たちはテキパキと机に突っ伏した男性を床に寝かせるが、俺の位置からだと顔がよく見えないな……興味本位で床に寝かされた男性の顔を見ようと部屋の中を移動していく。
その部屋にいる人たちは俺のことなどお構いなしバタバタと動き回っている……不思議な感覚だ、この部屋も俺の部屋で多分目の前に倒れているのは転生前の俺なんだろうけど、どんな顔してたんだっけ。
男性の顔が見える位置まで動いた俺は思わずその顔を見て凍りつく。
「……嘘だろ……」
金色の髪に青い目をした自分自身……クリフ・ネヴィルの腐乱し半分崩れ始めている顔がそこにはある……虚でもう何も写していない目はまるで俺自身を見るようにこちらを見上げており、カタカタと動いた後眼窩から白い蛆虫が眼球を持ち上げるように湧き出してくる。
込み上げてくる吐き気に思わず口元を抑える俺だが、ふと口元を抑える手を見るとその手が次第に腐り落ちていく……。
「ひっ……うげええええっ!」
悲鳴をあげて俺は床に向かって胃の中にあった内容物をぶちまけるが、口から吐き出すものに蛆虫が、昆虫が、得体の知れない腐った液体がこぼれ落ちていくのが見える。
ずるり……と片眼の視界が動き俺の体から眼球がこぼれ落ちて……そしてその目が映し出す自分の姿はまるでこの世のものとは思えない全身に虫やウジがたかって、食い荒らされている腐乱死体そのものが写っている。
違う、こんな……俺はまだ死んでないし死にたくない! 悲鳴を上げようとした俺の顎がぼとりと地面に腐り落ち、声も出ない……いつしか俺の体が部屋の中で崩れ落ち、そして一つに混ざり合うように溶けていく。
違う、こんなの俺の姿じゃない……俺は、俺は……魔法使いクリフ・ネヴィルだ! 俺の心からの叫びで視界が一気に真っ白になって、そして消えていく。
「……あ……ゆ、夢?」
目を開けた俺は自分の手が天井に向かって伸ばしている格好で寝ているのに気がついた、少し寒い……なんでだろう? と思って視線を落とすと、俺は素っ裸で全身が汗まみれになっていることに気がついた。
しかも寝台で寝ている? 俺は……死んだんじゃ? と記憶が混乱する中身を起こそうとするが腕に温かい何かが触れているのに気がつく。
「……ん……」
そこには薄汚れた毛布で一緒に寝ているあられも無いヒルダの姿があり、彼女は完全に疲れ切っているのか俺が動くたびに身じろぎはするものの目を開けることもない。
彼女の目元にうっすらと浮かぶ涙の後……額には汗が滲んでいて髪の毛もしっとりと濡れている……何よりお互い裸で同じ毛布をかぶっているってこれはもしかして事後なのか?
焦って俺は何が起きたのかを記憶から探り出そうとするが、薄ぼんやりとした記憶の中に、汗と共に跳ねる白い裸身と黒い髪、ヒルダが俺を涙を溜めた目で情熱的に見つめてくるそんな光景が蘇る。
心臓が跳ね上がるような気分になって部屋を見回すが、そこには乱暴に脱ぎ散らかされた鎧や服があたりに散らばっている。
顔を覆って思わず叫び声を上げたくなるような気持ちを抑えて俺は深く息を吐く……寒い……いや恐怖、そして美しい野生の花を自分の手で手折ってしまったという凄まじい後悔が俺の気持ちを貫いている。
「違う……俺はこんなことしたくてやったんじゃ……なんで……」
「だってお前はその娘のことが……欲しかったんでしょう?」
いきなり部屋の中に女性の声が響き、俺は混乱する思考の中に目を向ける……薄桃色の長い髪に黒いローブを纏ったどこかで見たことのある顔。
黄金色に輝く山羊のような目を持つ混沌の戦士ネヴァンが部屋の中に立っている。
トゥールインで見た時のような少女の姿ではなく、すでに俺たちとあまり変わらないくらいの年齢に見えるその姿だが、どことなく以前よりも少し人間味のある表情を浮かべているようにも見えた。
「……お前……俺に何をした?」
「クフフッ……まだその娘は寝てるわ……私はほんの少し手助けをしただけ」
「手助けだと?」
「気持ちよかったでしょう? 根底にある己の欲望を解放して叩きつけて……随分と楽しそうにしていて……見ていた私もちょっとだけ灼けちゃったわ」
ネヴァンの言葉に頭に血が上り、俺の顔が熱くなる……記憶の中からあの薬、飲んだ後から変調が起きていたあの薬のことを思い出して俺は音もなく寝台から飛び上がるとネヴァンの首を片手で押さえつけて地面へと叩きつけるが、その勢いは地面に衝突する前にふわりと止まる……魔力による障壁が衝撃を吸収しているのか。
俺に首筋をギリギリと締め付けられるネヴァンは苦しそうな表情一つせず、口元を歪ませて凶暴な笑みを浮かべて咲う。
「図星なのね? クハハハッ! 傷ついた少女を助け、信頼させて惚れさせて……その娘は自分の気持ちを抑えきれず苦しんでいたわ? それを助けて何が悪いのかしら……」
「お、お前は……人をなんだと……」
「私はいつでも人を助けているのよ? アドリアとか言ったっけ、今ではお前の女じゃない……過程はともかく結果は同じ」
ネヴァンは歪んだ笑みを浮かべて咲う……違う、俺はアドリアのことを愛して……ヒルダを妹のように大事に思っていたのに……俺は彼女を傷つけて……堪えきれなくなり俺の目から大粒の涙がボロボロと溢れる。
首筋を抑えていた俺の力が弱まったと気がついたネヴァンは一度侮蔑の笑みを浮かべると、俺の手を汚らしいものを払うかのように外すとゆっくりと立ち上がる。
俺はそのまま地面に突っ伏すように涙を流しながら呻き声をあげる……俺はなんてことを、なんてことをしてしまったんだ……どうしようもない気持ちと、悔しさ、そして堪えきれない痛みが俺の目から溢れる涙を止めることを許さない。
「……クハハハッ……随分脆い心だなあ……お前は、本当に面白い存在だ」
_(:3 」∠)_ 実際はこんな感じじゃないかもなーとか
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