262 迷宮主の部屋へ
「……なあ? あの薬ってクリフに効果がバレたりしねーのか?」
法螺吹き男爵は上半身裸の格好で寝台に寝転がりながら、近くの机に置かれたまた形の異なる小さな多面結晶体に向かって考え込むような表情を浮かべていた半裸のネヴァンに問いかける。
ネヴァンは急に話しかけられたことで少し集中を乱したのか、金色に光る山羊の目が煌めいた後軽くため息をついてから寝台の方向へと肩越しに視線を向ける。
彼女は先程まで十分お互い楽しんだだろ……と言わんばかりの表情だが、カイはボリボリと頭を書いてニヒルな笑みを浮かべて手招きをしている。
「……まあ注意深く観察していればあれが尋常の産物ではないことは理解できるだろうな」
「じゃあ飲まねえ可能性もあるってことか……」
「まあな……だが観察力が落ちていれば話は別だろう。私はあの娘に暗示をかけている、強く求めよ受け入れよと」
ネヴァンは寝台に寝転ぶカイの側へと腰掛けると、そっと逞しい胸に手を差し伸ばして優しく滑らせる……アルピナがそうであったように混沌の戦士も愛憎の感情は存在しており、望めば子を成すことも可能だと導く者が話していたな、とネヴァンは多少苦々しい気分で呼びかけもしてこない主人のことを思いだす。
彼らが成した子は人ではなく不定形の何かになるというのは道征く者の言葉だったが、あれは自らが実験台となってすでにそれを行なっていたからだろうか。
「へー……じゃあ何らかの理由をつけてあいつに飲ませるって感じか」
「そうだな、飲ませた後しばらくしてから混沌の種子に影響を与える。今の位置からすると星幽迷宮の中心地にある多面結晶体に近づくに従って抗えない渇きを覚えるだろうよ」
「星幽迷宮……ねえ。モーガンってやつがクリフを殺したりしないのか?」
軽く弄ぶような手つきで慣れたように毛布に隠れたカイの下半身に手を差し伸ばしたネヴァンが、快感に少し震えた彼の仕草にクスリと微笑むとそっと彼を寝台へと押し倒していく。
紫色の舌がカイの鍛えられた胸を、肩についた傷跡を、首筋を軽く舐め回していく……その動きにカイの
体が何度も痙攣するように跳ね、息を荒くしていく。
ネヴァンは金色の目を軽く輝かせるとカイの視界から下へと下がっていく……そこから行われるであろう耐え難い快楽の予感に思わず法螺吹き男爵の口元が歪む。
「モーガンには随分昔にあれを与えている……使いこなしてはいるだろうが、戦闘能力だけでいえばクリフの足元にも及ばんだろうよ、死んで役に立てば御の字だ」
——星幽迷宮の中心地にある多面結晶体……俺の中にあるアルピナの知識がそこへ行けと指し示している。
迷宮主の管理権限を移行し、俺たちが無事元の場所へと戻るための設定変更を行わないとここから出ることができない。
それが知識の中にある星幽迷宮という防衛機構のからくりだという。
「神を知る者の知識はすごいけど、こんな施設の管理権限をもらってもな……」
俺の目の前にはひどくディフォルメされたような建物群が広がっている……それはまるで俺の朧げな記憶から抽出されたかのようにひどく歪み、色褪せた日本のような都会の街並み。
そこに歩いている人たちはぼんやりとした影や何かをボソボソと呟く不気味な生物、そしてザワザワと音を立てる並木通りのような風景が広がっているが、人影のように見える何かは俺たちにぶつかることはなくそのまま通り過ぎていく。
「クリフ……何だかここ怖い……」
俺の手をぎゅっと握りしめてヒルダは辺りを見回すがその目にははっきりと恐怖の色が浮かんでおり、この場所……理解できない場所への恐れが見て取れる。
俺はそっと彼女を抱き寄せると片手でポンポンと優しく彼女の頭を撫でてからこの歪んだ街並みを抜けるために歩いていく……ふと彼女の視線に気がつくと彼女の潤んだ目が俺を見上げていることに気がつきそっと頬に手を添えてから微笑みかける。
「大丈夫、俺と一緒にいれば守れる。必ずみんなの元へ帰ろう」
「……うん」
ヒルダが頬を撫でる俺の手にそっと手を添えて軽く口付ける……その時に見せた彼女の表情に思わず心臓が飛び出そうなくらいの感触を覚えた。
なんだ? 心臓がドクドクと強く鼓動を増している……彼女の唇を再び貪りたいという衝動に襲われながらも俺は何度か咳払いをしてからそっと視線を進行方向へと向け直す。
だめだ、俺が彼女を傷つけてしまったら……俺はアドリアやアイヴィーにどう顔向けすればいいのか本当にわからない、だが強く目の前の少女を手に入れたいという強い欲求が炎のように首をもたげ俺は口元を押さえる。
「ねえ、何かの入り口があるよ?」
ヒルダの言葉にハッとしたあと、彼女が指差す方向に目を向けるとそこにはそれまで見てきた歪んだ街並みにはふさわしくない金色に輝く門のようなものが見える。
その門を見た瞬間、再び心臓が大きくドクン! と鼓動した……視界が少し歪んだ気がする……キーンという耳鳴りが強くなっていく……あそこに目的のものがある、と心が伝えている。
気分が悪いとかじゃない、強い混沌の波動そして魔力を感じて俺の中にある何かが影響を受けている。
「ここだ……多面結晶体を操作しよう……俺から離れるなよ」
その言葉にしっかりと俺の腕にしがみつくヒルダ……そして俺たちがゆっくりとその門へと近つくと、一瞬の浮遊感と共に視界が一気に変化していく。
目が軽くチカチカして一瞬瞼を閉じたのち、浮遊感が消え去るとそこは小さな部屋だった……部屋は真四角に作られており、小さな寝台と机、そして二脚の椅子……俺は思わず息を呑む。
その部屋の作りには覚えがある、この部屋って俺とアイヴィーが聖王国で入ったことのあるあの下水道にあった部屋の作りに酷似していたからだ。
「ど、どういうことだ……」
「わあ、誰かが住んでたみたいな部屋だね……」
ヒルダは少し埃っぽいその部屋にある家具などを軽く叩いたり触って感触を確かめているが、俺は記憶にあるあの部屋のことを思い返すが全くと言っていいほどあの時の部屋にそっくり……いや匂いすらあの部屋の記憶が鮮明に蘇るくらい全く同じように感じる。
ただ一つ違うのはあの時日記が置かれていたはずの机の上に鈍い光を放つ歪んだ形の鞠くらいの大きさに見える多面体が浮かんでいることだった。
「多面結晶体……じゃあここは記憶を再現しているとかそういうことなのか?」
机に向かってからその光る多面結晶体にそっと手を添えると一瞬頭の中に金色の山羊のような形をした瞳が幻覚のように浮かび上がった。
さらに全身を打ち付けるような強い衝撃のようなものを感じて俺は思わず二、三歩後ずさってしまう。
次の瞬間、視界が急に狭まっていく……手に入れろ……快楽を求めよ……心の中に俺のものじゃない、どこか不気味な声が強く響く。
何だ? 急に……そんなことを……俺の視界に俺に背を向けて小さな寝台の埃を払って咳き込んでいるヒルダの姿が見える。
初めて会った時よりも遥かに丸みを帯びた体、そしてこの位置では本来香る筈のない彼女の体臭が鼻腔に強い刺激を与え、自らの下半身が押さえようもなく荒れ狂い脈打っている気がする。
「あ……クリフ、ここ随分と埃っぽ……え?」
ゆっくりと狭まる視界の中まるで自分じゃないかのように俺は彼女へとゆっくりと近づいていく……手に入れたい、目の前の女を自らのものとして……俺は彼女の背後に立つとヒルダはその気配に気がついたのか笑顔のまま振り向き、そして俺の顔を見た彼女の表情が完全に固まった。
だが俺はそのまま彼女に覆い被さると無理矢理に彼女の唇に口付け、荒々しく彼女の口内に舌を捩じ込んでいく……一瞬抵抗をしようとしたのかヒルダの手が俺の胸を押し俺と彼女の口が離れる……だがすぐに彼女は優しく俺の背中に自らの腕を絡め、お互いの唾液まみれになった口元を俺の耳元に近づけるとそっと囁いたことで俺の理性が完全に吹き飛んでいった。
「……来て、もっと私のことを求めて……私クリフにずっとこうして欲しいって……お願い……」
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