241 特使トニー・ギーニ
「……よ、よくきてくれた……シェルリング王国特使どの……」
緊張した面持ちでラウールが謁見の間にある椅子へと座って特使とその護衛を務める二人組を見つめる……ひとりは少し薄着の筋骨隆々とした男性であり、歳のころはまだ二〇歳を超えていないと思われるくらい若い。
金髪碧眼と、ニカっと笑うと真っ白い歯が目立つその男性は、なぜか不思議なポーズを決めながらラウールへと話しかけ始めた。
「これはご丁寧に……私はシェルリング王国からやってきましたトニー・ギーニと申します。名高いレヴァリア戦士団の団長であらせられるラウール殿に御面会ができて嬉しく思いますぞ」
トニーは突然上着を脱ぎ捨てると、その筋肉を見せつけるかのようにポージングを開始する……その筋肉は聖王国にいた頃よりもビルドアップされており、まるで彫刻のような美しさを誇っている。
その様子に呆然としていたラウールと、カイ、そしてネヴァンが少しの時間動けずにいると、トニーの隣に傅いていた真緑の外套とフードを目深にかぶった人物が脱ぎ捨てられた上着を拾い上げると、トニーへと手渡す。
「トニー、皆が呆れているよ……上着は脱ぐものではない、と教えなかったか?」
「……これはこれは……失礼しました」
トニーに上着を渡した人物はフードの奥がうまく見る事ができない何かがあり、普通の人間よりも少し小柄な体格をしているが、その口調から男性である事がわかる。
彼は再び元の場所へと戻ると膝をつくが、その傍らに金色の紋様が刻まれた長槍が置かれており、ネヴァンはその槍に込められた膨大な魔力に気が付き顔を顰める。込められた魔力が強すぎる……あれは神話級の武具だろうか?
そんなネヴァンの視線に気がついたのか、フードの人物の顔が少し動いたような気がした……フードの奥に煌めく翠玉の目と視線があった気がした……その瞬間、ネヴァンは原初的な恐怖を覚え、思わずカイの後ろへと隠れてしまう。
「……ど、どうした?」
「あ、後で話す……あれは、あれはまずい……」
怯えるネヴァンの様子にカイは流石に驚くが、フードの人物は立ち上がってトニーに何事か耳打ちをすると再び元の位置へと膝をついて座り直す。
トニーは少し考えたような表情を浮かべるが、すぐにラウールに向かって改めて貴族としてふさわしいレベルで見事な礼を行うと、笑顔を浮かべて話始める。
「今回私が来ましたのは、我が王国と貴国の交易を行いたいと考えておりまして高名な戦士団に仲介をお願いしたいと……歴史的に見ても、ブランソフ王国とシェルリング王国は友好関係にありまして……」
「……混沌……しかもあれは混沌の戦士だ」
一仕事を終えたトニーが要塞から離れた小さな宿場町の宿でホッとひと息をついていると、フードの人物が部屋の中にあるもう一つの寝台の上に腰掛けながらぼそりとつぶやく。
トニーがその言葉に寝台のうえに腰掛けて、フードの人物を見ていると、彼はクスッと笑ってからフードをあげてその顔を見せる。
まるで黄金のような金色の輝く髪と、翠玉の瞳を持った中性的な印象のある男性……耳は鋭く尖っており、彼が森人族であることがはっきりとわかる。
「針葉樹の槍殿がいうのであれば間違い無いのでしょうな……某、学生時代に少しだけ混沌とはやり合っておりまして、危険であることは理解しておりますよ」
寝台に座ったままの針葉樹の槍は頷くと、軽く顎に手を当てて何かを考え始める……トニーは目の前に座る伝説的な森人族の傭兵団団長が、こういう仕草をした時には少し思考の時間がかかることを理解しており、寝台から立ち上がって机に置いてあった水入れから軽くカップへと水を注ぎ軽く啜る。
レヴァリア戦士団の要塞に泊まって行けと勧められたが、針葉樹の槍がトニーに忠告したことで、この町まで移動してきた。
あのまま泊まっていく場合は危険だ、と判断したのかもしれない……考え込む森人族を見つめながらトニーは彼について知っていることを考え始める。
針葉樹の槍……というのは傭兵団全体の名前としても知られているが、本来はこの目の前に座る森人族の男性一人を表す呼称でしかない。
本名はシェルリング王国の王家にしか教えられておらず、その名前を知ることから傭兵団は別の国にも貸し出されることはあるものの、彼個人はシェルリング王国の王家と代々契約を続けているのだ。
「この国は確かに混沌に侵食されているとは言われていたが、ああも堂々と眼前に出てこられるとな……」
「針葉樹の槍殿は王国との交易開始は危険だと思いますか?」
トニーの言葉に黙って頷く針葉樹の槍……シェルリング王国と彼自身の契約によって、王国に害をなすものは全て排除しなければならず、ブランソフ王国の上層部も含め、混沌に侵食されている国との交易が何を意味しているのか……が先々不安でしかない。
急に針葉樹の槍が表情を変えると、トニーへと話しかける。
「……トニーは混沌と戦ったと言っていたな? 聞かせてくれ」
「友人……でしたが、今飛ぶ鳥を落とす勢いで活躍している冒険者がいましてね……夢見る竜のクリフとアイヴィー、そしてアドリアの三人、それと学園の友人を集めて堕落した学友と戦ったのですよ」
トニーは懐かしそうな顔で針葉樹の槍へと堕落の落胤となったロレンツォとの戦いを話始める……あの後魔法大学は一時的に閉鎖を余儀なくされ、トニーは王国へと戻ることになり、クリフたち三人は大荒野へと旅立っていった。
結果的に離れ離れになったが、トニーにとってはクリフ達との冒険は良い思い出となって今でも昨日のことのように思い出せる。
「あの頃からアイヴィー殿はクリフにベタ惚れでしてね……今ではおそらく恋人同士になったと思うのですが、再会が楽しみであります」
トニーがコロコロと表情を変えながら冒険譚を話すのを楽しそうに見つめながら、針葉樹の槍は笑顔を浮かべる……彼にとって若者の冒険譚は楽しいものであり、すでに失いつつある冒険心を掻き立てられる娯楽でもあるのだ。
そんな話を聞きつつ、針葉樹の槍はこの国の王宮に入ることに危機感を感じて、王家より命じられているこの少し変わった若者の護衛任務において、安心できる森へと戻るのが少し遅れそうな予感を感じていた。
「違う気配もこの王国に集まってきている……もしかしたら予想よりも長くここにいなければいけないかもしれぬな……」
_(:3 」∠)_ 超久々のトニーくん登場……本当は帝国編で出す予定でしたが、割と時間かかっちゃいました。
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