168 五〇年前からの誓約(コヴナント)
「すまんな、オズバルド……結果的にお前という友人を失う結果となった」
紅の大帝は目の前に立つジブラカン王国最後の王となるであろう老人を前に悠然と立っている。あたりには炎が巻き起こり、今いるこの城自体が……既に落城寸前であることを示している。
目の前の玉座の間に座る老人……オズバルド・アルフレド・ジブラカンは、こめかみについた血を拭うと自重気味の笑みを浮かべて……口を開く。
「赤い頭……わしも年老いた。王国全てにわしの命令が届くわけでもない。戦争を防げなかった時点で、この国の命運は決まっていたようなものだ」
「オズバルド……」
紅の大帝は少し戸惑うような仕草をするも、意を決して仮面を外す。そこには燃えるような赤い髪の男性が寂しげな表情を浮かべているのが見える。
「赤い頭……お前に頼みがある。わしは息子夫婦を逃した。帝国軍から逃げ切れれば……お前の前に我が血を受け継いだものが立つかもしれん。その時に言伝と、この短剣を渡して欲しい」
老王は懐から豪華な装飾を施した短剣を取り出し紅の大帝へと手渡す……そして少し考えるような表情で口を開き始める。
「ジブラカンは滅びた、だが誇り高く最後まで雄々しく戦い、国家としての定めを受け入れた。再興を目指すな、自由に生き自由に死ね、そして血を薄め世界と同化せよと」
「……委細承知した。が、理由を聞いて良いか? なぜそれを伝える?」
紅の大帝は不思議そうに老王に訪ねる……普通は再興を目指せ、などと伝えるものだろう。世界と同化せよ、とは不思議なことを言うものだと呆れたような顔をしている。そんな顔を見ながら老王は笑う。
「なあに、お前に対するワシなりの嫌がらせじゃよ。わしの血脈がいつかどこか誰かの中に継がれて、お主を打倒することもあるかもしれんと思ってな? お前は倒される時に『もしかしてあいつの血筋が入った者だったのか?』と悔しがるんじゃ」
紅の大帝は、理解ができないと言う顔で本当に呆れつつも……苦笑している。そうだった、オズバルドは昔からこういう冗談を本気で言うやつだった。
「フフ……何百年かかるのだ、それは。私はお前の遠い親戚か、それ以上の薄い血に殺されるまで帝国を維持せんといかんわけか、呪いだなほとんど」
そんな顔を見つつ老王は笑う、紅の大帝が約束をきちんと果たしてくれるだろうという確証を得たのだ。
「お前がわしの冗談を理解できるとはな。とはいえわしはもう王家再興などという呪いを子孫に残したくはないのだ。子孫はあくまでも自由に生きてほしい。こんな思いをするのは……わしだけで十分じゃよ」
炎が、轟音と熱波が辺りを包み始め……二人の視界が赤く染まり、栄華を極めた歴史あるジブラカンの王城が落ちていく。
懐かしい記憶を鮮明に思い出していた紅の大帝は、目の前で跪く夢見る竜のメンバーを見つめて仮面の下で笑う。
「来たぞオズバルド……思ったよりも早く、そして美しく成長したお前の孫がな……」
小声で呟くと、震えながら次第に目に殺気と怒りを滲ませているヒルダを見る。面影がある……アルフレドのような黒髪、そして顔立ち……懐かしい友人の顔を見たような気がして、少し頬が緩む。
セプティムを見ると……緊張感のある顔でヒルダを見つめている、彼は危険を察知しているのだろうが……ふと自分の方をチラリと見たセプティムに紅の大帝は首を振って何もするな、と伝える。
「この場所では緊張するであろう? 別室にて個別に報償を渡したいと思うが、良いかな?」
少し緊張気味だったクリフが、ほっとした顔で頷き承知したのを見て、紅の大帝は満足そうに頷くとセプティムを手招きしながら語りかける。
「ではリーダーは後にするとして……まずはヒルデガルドとやら、別室へ来たまえ。フィネル子爵ついてこい」
ヒルダは個別に案内された別室の椅子に座り……セプティムの監視を受けている。目の前には紅の大帝は無防備なまま座っているが……武器がない上に少しでもおかしな動きをしたら、脇に控えているセプティムに一刀の元に切り伏せられるだろう、という尋常ではない殺気を感じて動くことができない。
紅の大帝は仮面のまま、少し笑うような仕草をしたのち、驚くべき一言を放った。
「そう緊張するな、二人とも。ヒルデガルド……いや、ジブラカン最後の王女と呼ぶべきか?」
「な、なぜそれを!」
「なんですと?」
ヒルダとセプティムは同時に驚きで口を開き……ヒルダは慌てて口を抑え、セプティムはどうしたものかと皇帝陛下の下知を待っている。
「……お前は祖父にそっくりだ。そう、我が友人オズバルド・アルフレド・ジブラカンによく似ている……。ここは防音設備になっている、普通に喋って良いぞ」
その言葉を待っていたかのかヒルダは、堰を切ったように喋り始める。
「友人……真の友人は互いの国を滅ぼさぬ……あなたは征服者であり、侵略者。そして我が祖父の仇だ!」
ヒルダはぐい、と身を乗り出すがセプティムが抜く手も見せずに三日月刀をヒルダの眼前に突きつけ、彼女は怯んだようにそれ以上身を乗り出すことができない。
「わかっている、私とオズバルドは友人であったが国同士の諍いはその関係を許さなかった。ただ今際の際に彼よりお前に言伝と……これを渡すように言付かっている」
紅の大帝は懐から豪華な短剣……五〇年前にオズバルドより預かった短剣を取り出すと、ヒルダの前におく。
装飾を見たヒルダは……ボロボロと涙を流しながら、その短剣を抱きしめる。彼女が見たその短剣には、ジブラカン王家の紋章が装飾として刻まれており、本物であることがわかったからだ。
「どうして……あなたなんかに祖父は……」
「私とオズバルドは友人だった。それまでは帝国とジブラカン王国は友好関係にあった。だが、ジブラカン王国軍の一部が帝国領内に侵攻し帝国軍との諍いを起こした」
紅の大帝は記憶を掘り起こすように、涙を流したままのヒルダへと語りかける。
「その軍を指揮していたものは混沌の戦士と手を組んでいて、オズバルドを言葉巧みに誘導し戦争へと導いたのだ。オズバルドは最後まで戦争を止めようとしていた……ができなかった」
少しため息を吐くと、紅の大帝はヒルダへと向き直る。
「許せとは言わない、帝国への憎悪は生きる目的でもあるだろう。だがこれだけは伝える。『ジブラカンは滅びた、だが誇り高く最後まで雄々しく戦い、国家としての定めを受け入れた。再興を目指すな、自由に生き自由に死ね、そして血を薄め世界と同化せよ』。これがオズバルドの遺言だ」
ヒルダはその言葉をもう一度呟くように復唱する。そして紅の大帝を見つめるが、首を振って拒絶の意思を示す。
「信じられない……侵略した帝国の皇帝のいうことなど……」
紅の大帝はその言葉に頷くと、ヒルダに再び語りかける。セプティムは自らが仕える皇帝陛下の言葉としては初めて聞いたくらい、優しい口調であることに内心驚いていた。
「信じなくとも良い、私は友人との約束を果たした。五〇年間……呪いのように私を縛っていた約束が今解消された。感謝するオズバルドの孫よ」
_(:3 」∠)_ ヒルダだけはちょっと細かくこの辺り書こうと思った。
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