167 謁見(オーディエンス)
「月の都……凄まじいな……」
俺が馬車の窓から見ている月の都の巨大な城壁……これは初めて見たレベルの超巨大城塞だった。高さは何メートルあるのだろうか軽く一〇メートル近い高さがある。そして……円形に街を囲っているのではなく、小さな要塞を幾重にも張り出した……とても特徴的な形状をしているのが遠目にもわかる。
「帝国は何度も侵略を受けて、月の都も戦場になったことがあるからのう……要塞都市なんじゃよ」
オーペは笑いながら、月の都を眺めている。歴史を勉強した時に知ったが、帝国の拡大は決して順風満帆なものではなかったという。
建国当初、帝国は非常に小さな国で、北方の蛮族からの攻撃で滅亡の危機に陥った、当時は戦力もそれほど多くなく、紅の大帝……当時の記録は抹消されていて正確な呼び名はわからないが、別の名前で呼ばれていた皇帝も敗北を覚悟していたのだと伝えられている。
そこにトゥールイン周辺を治めていたラプラス家、当時は豪族の一員だったようだが彼らが帝国へと味方し、協力して北方の蛮族を討伐し、その指導者であった『悪食』ヴァーゲールという魔道士を捕らえることに成功し蛮族を敗走させた。この他にセプティムの出身地である西方騎士領……当時は統一国家だったそうだが併合に伴う大戦争、さらに併合後に起きた西方諸国連合軍との戦いなど苦しい戦いを経て、拡大を続けていったのだと言われている。
まあ、その反動なのか敵対した国家には情け容赦なく徹底的に攻め滅ぼすという方針に転換したようだが。
「まあ、他国はここまでは軍を進められないからの……とはいえ一度染み付いた恐怖はなかなか払拭できないもんじゃよ」
ぎりり、と歯軋りをする音が聞こえて、音の方向に座っていたヒルダを見ると……月の都を見て唇を噛み締めている。ジブラカン王国滅亡の宿敵の首都……それが目の前に見えているのだから仕方がない。俺はリーダーらしく、彼女に近づいて肩をポンと叩くと、ハッとして俺を見た彼女に笑いかける。
「ヒルダ……今は何もしないでくれ……君は冒険者夢見る竜のヒルダとしてここに来ている。ジブラカンのヒルデガルドではないんだ」
俺の言いたいことがわかったのか、彼女は少しぎこちなく頷くと、大きく息を吐く。
「わかってる……わかってるけど……」
ロスティラフと目が合うと彼は少し間を置いてから頷いた。わかっている、という目だ。いざというときは彼がヒルダを止めることになる。ヒルダは少し辛そうな顔で、下を向いて黙っている。そんな中馬車は城門をゆっくりと通過し、巨大な市街へと進んでいくのだった。
「陛下との謁見の前に、身を清めていただきこちらで用意しました服装へと着替えていただきます」
俺たちが案内されたのは月の都の中にある迎賓館で、外国からの要人や来訪者と紅の大帝が面会する時に使われている屋敷だった。
「陛下はそれほど礼儀等には気を使わない方なので、そのままでも問題ございませんが……失礼がないようにしてください」
執事が俺たちに注意事項を告げる。アイヴィーとアドリアならこういう時も問題ない対応ができるのだろうが、俺のように特段貴族のような教育を受けていない人間からすると何をすればいいのかわからないので、こういう対応をしてもらえるなら、まあ大人しくしておこうという気にはなるな。
渡された儀礼用の服はどうやって調べたのかピッタリとしたサイズで、驚くほど着心地の良いもので帝国が本当に豊かな国なのだな、というのをまじまじと感じさせられる。
その後一時間ほど待たされた後、俺たちは迎賓館にある謁見の間に呼び出された。男性陣は揃った儀礼用の礼服を着用しており、女性陣はこれもまた……驚くほど高価であろうドレスを着用している。
「こんなの着たら……普段の服着れなくなっちゃいますね……」
アドリアが少し気恥ずかしそうに着用しているドレスを摘んで……苦笑いしている。ヒルダも流石に女性らしく、自分の着用しているドレスを確かめるように壁にかかっている姿見を秋もせずに眺め……色々なポーズをとって楽しそうだ。
この街に入ってくる時は心配だったが、彼女なりに気持ちの入れ替えができたのだろう……今は緊張感を感じさせない良い笑顔になっている。
「皆様、陛下がお越しになります」
執事が宣言すると……一気に場の空気が重くなる。俺たちはおずおずと床に片膝をついて……お辞儀をした体勢のまま待つことにする。
コツコツと複数の人間の足音が聞こえる……誰かが部屋にあった豪華な椅子に座る音と何事かを周りの人間へと指示する小声が聞こえたのち、想像もしなかったような驚くべき威厳と、重厚さを感じつつもどこかで聞いたことのあるような声が響く。
「面をあげよ、冒険者夢見る竜の面々よ」
俺たちが顔を上げると目の前の椅子に、一人の男性だろうか? 少し異様なくらいの背丈……二メートル近いだろうか、紅の衣に身を包み顔には額に黒い目が絵が描かれた不気味な角の生えた仮面を被った男が座っていた。仮面の目の部分の奥には赤い瞳が爛々と輝いており、その眼光は鋭くそして冷たいものだった。
この謁見の間には二〇人ほどの帝国貴族の男性たちが並んでおり……俺たちを見る目は少し訝しげではあるが、興味深そうに眺めている。その中に懐かしい顔であるセプティムさんの姿や、末席にはオーペが立っていることに気がついた。
「畏まるな、お主らは私の客人として招いている。そこのオーペを救い出してくれたこと、感謝している」
オーペは列を離れて俺たちの前に片膝をついて……羊がどうしてそんな姿勢ができるのか俺には不可解なのだが、とりあえず畏まっている。
「陛下、夢見る竜を派遣していただきありがたき幸せ。一年ぶりですなあ」
オーペがほっほっほと笑うと紅の大帝が仮面の下で笑う。
「お前は相変わらず変わらんな、安心したぞ。お前に問う、この者たちの見立てを言え」
その言葉にオーペは再び姿勢を正すと、先ほどまでの笑みを浮かべた表情ではなく皇帝の臣下としての緊張感のある表情になり報告を始める。
「冒険者夢見る竜、リーダーであるクリフ・ネヴィル。この者魔道士としての能力は帝国魔道士に比肩する者はございませぬ。神を知る者の魔法を操り、危険な混沌の怪物を退ける能力の持ち主にございます」
そうか、と紅の大帝が頷きオーペを促す。
「アイヴィー・カスバートソン。この者剣聖の弟子にふさわしき戦士にございます。戦いにおいては鬼神の如く、そしてその技は鋭く華麗にございます。半森人族の少女アドリアーネ・インテルレンギ……この者は大神官にも劣らぬ治癒魔法、支援魔法の使い手、後数年もすれば聖王国に比肩する者はいなくなるでしょう」
オーペの報告が続く……いつの間にアドリアのフルネームを知ったのか、彼はスラスラと俺たちの名前を答えていく。アドリアをチラリと見ると、オーペの顔を見つめてポカンとしていた。おそらくフルネームは名乗っていないのになぜ彼が知っているのか? という表情だろう。
「ロラン・カネ。聖堂戦士団出身の戦士は夢見る竜の盾とも言える戦士にございます、あらゆる脅威を防ぎ、味方を守ることのできる一騎当千の武者にございます。竜人族『外れの』ロスティラフは剛弓の使い手、帝国の射手は彼に師事をこうた方が良いくらいの逸材です。そして最後にヒルデガルド・マルグレッタ、剣と弓を使い混沌の化け物を一人で倒すほどの豪の者、女性ながら素晴らしい腕の持ち主でございます」
オーペの口上に居並ぶ貴族が感嘆の声を挙げる、ここまで高評価の嵐だからな……それはそうだろう。ヒルダを見ると……凄まじい殺気と、怒りの表情を浮かべて紅の大帝を見つめている。
お、おい……まさかとは思うけど……とセプティムさんを見ると彼もヒルダの殺気に気がついているのか、剣の柄に手を載せていつでも飛び出せるように警戒をしている。
そんな中、紅の大帝は手を上げて語り始めた。
「そうか、皆のもの大義であった。私はお主らを歓迎する……私より報償を渡したいと考えておる。受け取ってくれるな?」
_(:3 」∠)_ ついに謁見しちゃうzo!
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