166 月の都(ムーンパレス)へ
「では馬車で二日程度ですが……よろしくお願いします」
俺たちを迎えに来た皇都にある冒険者組合からの迎の馬車にのり……俺たちは炎石の城を離れることになった。とはいえ、皇都へオーペを送り届けた後は一旦炎石の城に待機することになるだろう、というのが伯爵の見立てだった。
少し心配そうに見送る伯爵……そういえばここに戻ってきた時、マルティンはいなかったな。行先も聞いていなかったが、皇都に滞在しているのであればそのうち会えるだろうとは思っている。
「皇都……月の都は美しい都じゃぞい。ワシも一年ぶりじゃがクリフお前さんは初めて見るのだろう?」
「そうだねえ……俺は王国の首都の魔法大学にいて、その後聖王国で学んだけどそれでも大きさの違いで驚いたからね……」
オーペの問いに素直に答える俺……まあ、彼が蛮族、と揶揄するくらい俺の住んでいた国や村は小さい規模だったんだな……と今では素直に思える。
「レイヴァーディンか、あそこはかなり巨大な都市ではあると思うが……月の都には及ばんな。わしが帝国で保護されているというのを差し引いても、月の都に匹敵するのは東の東方竜帝国の首都くらいじゃろうて」
東方竜帝国……大陸の東方に位置し、古より竜の末裔が皇帝となって治めていると言われている帝国だ。大陸の三大文化圏の一つにも数えられる巨大な国家だが、非常に閉鎖的な国でもあり、はっきりいえば帝国、王国、聖王国などに住む人たちはその存在すらよくわかっていない。
俺も……聖王国の図書館を見ていて初めてその名前と存在を知ったレベルなのだ。それくらい情報がない。
海を支配し、独自の船団を世界中に派遣して海賊行為をおこなっているとか、竜を使役して戦争に赴いているとか、不思議な武術を継承していて魔法すら素手で弾いて戦う戦士がいるとか……凄まじい切れ味の片刄の剣を使い、名誉に生きる剣士がいるとか、まあ実に前世で言うところのアジア圏ぽい国があるのだ。
「東方竜帝国ですか……竜人族としてはあまり行きたくない国ではありますな」
俺とオーペの話を聞いて、ロスティラフが口を開く。先日の告白からロスティラフはずーっと何かをぼんやり考えている風だったが、皇都へと向かう旨を伝えると黙って頷き……俺たちについてきている。
「ロスティラフは行ったことあるの?」
ヒルダが無邪気な顔で、ロスティラフに問いかける。そんなヒルダを見て優しく笑うと首を横にふる。
「いえ、実際には赴いたわけではないのです。過去あの国は竜人族を排斥するために我々と戦ったことがありまして……あの国の土地にあった都市は全て破壊されているのです」
「え!? そ、そんなことが……私知らずにごめんなさい……」
ロスティラフが少し寂しそうに語り出す……ヒルダはそんなつもりではなかったのに、と慌ててロスティラフの頬に手を添えて、懸命に謝っている。
「いえいえ、私も実際に彼らと戦ったわけではないので大丈夫です。ただ、そう言うこともあって竜人族はあの国の勢力圏内には足を踏み入れることはありませんね」
ロスティラフは優しく笑って、ヒルダに大丈夫だと言わんばかりに肩をポンと叩く。最近ロスティラフは本当に一人でいることが多かったので、ヒルダが積極的に話しかけていること自体は本当に良いことだと思う。
ロランがそんな二人の様子を見て微笑を浮かべながら……いつの間にか習ったのか洋琵琶を手に音楽を奏で始める。優しい旋律の音楽が流れ……俺たちはその旋律を聴きながら、窓の外の風景を見ている。
「歌は期待しないでくれよ? 自慢じゃないが俺は音痴なんだぜ」
ロランの軽口で笑い声が起き……馬車は街道をゆっくりと進んでいく。
「陛下! ハーヴィー・フィネル御身の前に」
紅の大帝の前に跪く一人の男性……女王連隊の連隊長であるハーヴィー・フィネル準男爵が彼の忠誠心をささげる対象……偉大なる皇帝陛下の召還を受け、月の都へと戻っていた。
女王連隊がジブラカン王国の残党を討伐し、治安の回復を成し遂げた、と言うことで特別に拝謁が許されている状況だ。連隊には酒や臨時の休暇が贈られているが、連隊長であるハーヴィーには紅の大帝より直々に言葉を、と言う命令により急いでここへと戻ってきたのだ。
「ハーヴィー、この度の残党討伐大義であった。女王連隊の働きに感謝している」
紅の大帝は座ったままだが……跪くハーヴィーに労いの言葉をかける。その言葉を受けてハーヴィーは感動に打ち震える。
「私は陛下の剣、女王連隊は陛下の敵を全て討ち滅ぼす槍にございます。お言葉をいただき、感謝の極み」
「ハーヴィー、お主の功績に準男爵位は小さすぎるな、私の名により本日より帝国男爵を名乗ることを許す。」
帝国男爵……あの兄の爵位に後一つと迫った。その事実にハーヴィーは喜びの感情が爆発しそうになるが……なんとか冷静さを取り戻すと、声が震えていないかどうか少し不安になりながらも……声を絞り出す。
「ありがたき幸せ……フィネル家の一員として、陛下のご威光に恥ないよう貴族として努めてまいります」
「ハーヴィー、兄と会っていくか? それと明日には私の客人が来る。ぜひお前と合わせたい」
兄……か。年がそれなりに離れた兄ではあるが、フィネル家の歴史上帝国で最も権力を持った人物、セプティム・フィネル。憎しみともなんとも言い難い感情を抱えながらも、これが皇帝陛下による何かの試練なのだ、とハーヴィーは考え……跪いたまま答える。
「兄とはもう何年も会っておりませんでした、もし近況を報告できるのであれば、面会の時間をいただきたく。それと……陛下の客人とは?」
紅の大帝は仮面の下で少し笑ったような仕草をすると……不思議そうに問いかけるハーヴィーへと目を向けて……口を開いた。
「夢見る竜という冒険者一行だ。私の試練をくぐり抜け、要望に応えたそうでな……お前にも縁があるぞ」
その言葉に訝しげるような表情を浮かべるハーヴィー。私に縁がある? 冒険者風情には縁などないのだが……とはいえ、陛下直々の命令だ、断るわけにはいかない。
「承知いたしました、その冒険者……夢見る竜とやら私も見てみたく」
紅の大帝はハーヴィーの言葉に満足そうに何度か頷くと……底冷えをするような声でハーヴィーへと語りかける。
その意図はわからなかったが、ハーヴィーは何か不快さと言い知れぬ不安さを覚える。
「よろしい。お前には期待しているぞハーヴィー。それと剣聖は訓練場だ、会ってやれ」
訓練場では剣聖セプティム・フィネル子爵が兵士への訓練の状況を見守っていた。
帝国貴族の練兵というと、実際には隊長クラスの兵隊が訓練をしているところを貴族がワインを片手に眺めている、という風景が多いのだが彼は違う。兵士たちの様子をきちんと見回り……剣や槍の握り方、時には立ち回りなども説明することで、兵士たちの間でも剣聖の訓練時間というのは待ち遠しい時間となっているのだ。
「兄上……ご無沙汰をしております」
ハーヴィーは……表情を変えずにセプティムへと頭を下げる。セプティムは少し考えるような仕草をした後……それが成長した自分の実弟だと気がつき、少しぎこちない笑顔で彼の肩へと手を置き語りかける。
「そうか……ハーヴィーか……大きくなったな……」
「兄上は私のことなど覚えていないかと思っておりました」
棘のある言葉と、ハーヴィーの表情を見て少しギョッとするセプティム。憎しみの感情を感じ取って、彼は悲しそうな表情になるが……すぐに表情を消す。
「出世したのだな、おめでとう弟よ。帝国のために尽くしてくれ」
「すぐに兄上を追い抜きますよ、その時は剣聖の称号も私がいただきます」
ハーヴィーは……笑顔でセプティムを見つめる。目は……笑っていない、あくまでも本気の言葉として発している。その目を見て、セプティムは少し残念そうな顔でハーヴィーへと語りかける。
「この称号を渡すものは別にいるのだ……昔から人を殺すことに快楽を覚えているお前には渡せぬ」
_(:3 」∠)_ 僕にも爵位をください紅の大帝!
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