135 クリフ・ネヴィルの帰還
「帝国外交官の話によるとサーティナ王国国境の帝国領の街、キールの冒険者組合へまず向かうべし……って。なんなのこれ」
俺たちは冒険者組合に願い出て、デルファイから帝国領への移動を申請した。そこでアイヴィーに追加の伝言があり帰郷についてのルートが指定されていた。アイヴィーは冒険者組合から手渡された通信文の写しを見ながら、ルート指定があることに頭を抱えている。
サーティナ王国と帝国の国境は王国の北側に位置しており、キールという街は帝国の侵攻時に当時その街を支配していたジブラカン王国最後の抵抗が行われた戦場でもある。
帝国による同化政策が行われて、ジブラカン王国は文化的にも帝国文化へと完全同化しており、一部の文化を除いてジブラカン王国の文化を見ることは難しい。
帝国辺境とはいえ、帝国領内には街道が完備されており帝国国内を移動するにはちょうど良いのだろう。大荒野から直接帝国へと移動するには、危険な裏街道を移動する必要があり尚且つ広大な山地を移動する事になる。確かに王国経由の方が結果的に早く移動できる、というメリットも大きい。
「なあ……王国経由で帰るなら一日だけわがまま言っていいいかな?」
俺は地図を見ながら、ここ数年全く実家に帰っていないことを思い出して……みんなに尋ねる。いつから帰っていないんだっけ……王国首都のサーティナ魔法大学に入学して……あそこからか。ってことは軽く七〜八年は実家には立ち寄っていない。手紙のやりとりはしていたが、よく考えるととんでもない薄情な息子ではなかったか。
「冒険者になる前から、魔法大学に入ってて一〇歳の頃からまともに実家に帰っていないんだ……顔だけでも出さないとまずい気がしてきた」
「まあ、ルート上にお前の生まれ故郷があるんだろう? ならみんなで挨拶にでも行くのはいいかもな」
ロランが地図を覗き込みながら、村の場所を確認している。セルウィン村はキールに向かう街道の一つに存在しており、宿泊なども考えればちょうどいい場所にある。
「そうですねえ……クリフの生まれ育った村を見学するのもいいかも」
アドリアも賛成……ロスティラフもそれを見て、頷く。あとはアイヴィーも頷く。
「ご両親に会うのも久々なのでしょう? ならその……セルウィン村に寄りましょう」
大荒野からサーティナ王国へ移動していく。デルファイの冒険者組合に申告し、キールの冒険者組合へ向かう旨を伝えると、聖王国を抜けない別ルートを提案された。帝国との連絡網で使用するルートになっており、馬車も比較的移動しやすい街道となっているそうだ。途中でセルウィン村から程近い場所まで寄るため、そこで一旦馬車を降りて徒歩で村へ寄る予定になっている。
ということで、今俺たちは冒険者組合運営の乗合馬車に同乗している……中型の荷物運び用の馬車で、相変わらずこの手の馬車は乗り心地が悪い……。
ため息をつきながら五日目となる馬車の旅にそろそろ飽きてきた自分がいる。前世では長距離バスの旅なども経験していて、この手の乗り物にはなれていたつもりだったが、やはりこの世界の移動手段は正直徒歩が一番マシだと思う。
馬車は……木製の車輪を固定しているだけのシンプルな作りのため、路面からの衝撃をそのまま受け取るし、乗合馬車というのは基本的に座ることをあまり想定していない。
椅子などもないし床にそのまま座るわけで……見るとアドリアは完全に馬車の揺れとショックにやられており、ロスティラフに膝枕をしてもらって完全にグロッキー状態。ロランは軍隊で慣れていたようで床に座ったままじっと目を閉じて黙っている。そしてアイヴィーは……。
「お、おうえぇぇ……な、なん……うぷっ……うげえええ」
荷台の後ろから顔を出してひたすら吐き続けている……俺は彼女の背中を撫でて、なんとか落ち着いてもらうようにケアを続けている。
真っ青な顔で胃の中のものを吐き出し終わったアイヴィーが、涙目で古い布で口元を拭い……もう使えないだろう古い布を馬車の外に投げ捨て、俺の膝の上にひっくり返る。
「……水飲むか?」
「だ、大丈……ううっ……」
アイヴィーは貴族だ。荷物運び用の馬車などに乗ったことがなかったらしい。三日目まではなんとか我慢していた。四日目に我慢の限界に突入し、移動前に食べたものを全部吐き出してしまった。
「こ、こんな乗り物……私が知ってる馬車じゃない……もういやぁ……」
アイヴィーは普段の彼女では見ないくらい憔悴してしまい……旅が続けられるのか? というちょっとした疑問が湧いてくる。
「お客さん、大丈夫ですか? お話しされてた村の近くにもう少しで着くので……そこまでは我慢してください」
御者さんが俺たちを見て、流石に大丈夫かよ? という顔をしている。これでも揺れの少ないルート、だと話していたので他の街道なら途中で引き返すしかなかっただろう。
「はい、大丈夫です……大丈夫だよな?」
なんとなく愛想笑いを返したものの、アイヴィーは反応しないしロランは黙ったまま……かろうじてアドリアとロスティラフだけが俺の顔を見て頷いている。
そこから少し経過し、俺たちはようやくセルウィン村の近所までやってきた。馬車を降りて……俺はアイヴィーを背負って、他の仲間は少し疲れた顔をしていたものの、なんとか村の方向へと歩いていく。
聖王国から大荒野に移動した時は、俺たちは徒歩で移動していた。よく考えると大荒野ではほぼ馬車移動はしていなかった気がするんだよな……。
「そろそろ見えてくるな……」
俺の言葉と同時に、街道の先に懐かしい光景が広がっていく。散々悪戯した麦畑……そしてその先に広がっていく生まれ育ったセルウィン村。何も変わっていない。このまま道を進むと、村の少し外れた場所に俺の家がある。
ここまでくると流石にアイヴィーも背負われたままだと格好が悪いと思ったらしく……自分の足で歩いていた。俺の腕にしがみついたままだったが。
実家は何も変わっていなかった。しかし、俺の背が高くなったことも相まって、こんなに庭もこじんまりとしていたかな? という気分がしてくる。実家の扉を叩く……。バタバタと音がして、扉がゆっくりと開いていくと……そこに記憶よりも少し年齢を経たこの世界での俺の母親……リリア・ネヴィルの顔が覗く。訝しげな顔で後ろにいる仲間たちを見て……そして再び何度か俺の顔を見て……はっとした顔になる。
「ま、まさか……クリフ?」
母は俺の頬に手を添えて……目にいっぱい涙を溜めて震え出す。そこで俺は何年か分言っていなかった言葉を口に出す。
「ただいま……俺だよクリフだよ、母さん……長い間ごめん」
_(:3 」∠)_ 親不孝ものですねえ、でもファンタジー世界の子供はこういうのなのかもしれない……
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