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本当にあった恋の話

作者: 恋音ちひろ
掲載日:2020/10/08

 キーンコーンカーンコーン…


 近所の学校のチャイムが聞こえる。

 大学生になって、一人暮らしを始めた。地元から大学まで、ざっと百五十キロメートルはある。

 大学の近くにアパートを借り、そこから自転車で大学まで通っているのだが、今日は二時で授業が終わったので、久しぶりに凝った料理を作ろうと思い、買出しに出かけた。

 家に着いた時、空は曇っており、もうすぐ日が暮れる頃なのか、雲が太陽を隠しているのかは分からないが、電気を付けないと部屋は暗い。

 そんな秋の夕暮れ時、キッチンで晩御飯を作りながら聞こえてきたその懐かしい音に、ふと小学校の頃を思い出した。


 私の通っていた小学校は、全校生徒四百人ほどで、一学年三クラス編成だった、

 小学校まで、毎日二キロメートルの距離を歩いていたことなど、今となっては信じられない。


 あの頃に比べれば、様々な事が変わった。環境も、友人関係も、生活リズムも、性格も。

 当時仲の良かった人の連絡先すら、分からない。何度も遊びに行った友人の家さえも、うろ覚えだ。

 修学旅行での思い出も、それほど心に残っていない。小学校の頃の私が何を思っていたのかなど、全く覚えていない。

 ただ一つ、あの冬の出来事を除いては。


 あの冬の日。

 好きな子と隣の席になって、楽しい毎日を送っていたあの冬の日。

 男子のグループに誘われて、友人達と雪合戦をした。


 男子は、地域の野球チームに入っている男子が数名居る中、毎日遊んでいる人達だった。

 その中に居たのは、森本慎哉、私の好きな子だった。

 彼は、地元のサッカーチームに入っているサッカー少年で、正直小学生でかなりモテるほうのタイプだった。

 スポーツ万能、イケメン、優しい。


 今となれば、そんな程度で人を好きになることがいかに愚かなことなのか、分かっている。

 そう考えると、やはり小学生は単純で、純粋なものなのだとしみじみ感じる。


 一方の私は、成績優秀、身長はクラスで二番目に高く、アクティブだけど運動音痴。

 今どき女子とつるむ、リーダーっぽい存在。

 クラスでも、割と中心になりやすい真面目っ子だった。


 あの冬の日。

 好きな男の子が居るグループと、雪合戦をしたあの冬の日。

 朝から、雪がしんしんと八センチくらい積もったか。

 あの日が無ければ、私が彼をひそかに想い続けることが出来ただろうに。


 小学校の頃の私は、付き合うというものが分からなかった。

 告白して、付き合って、一緒に遊びに行くとか、スキンシップを取るとか。

 そういうものが分からなかった。


 ただただ、自分の好みの人を好いて、想い続けて、楽しく毎日を過ごすだけが恋愛だと思っていたのかもしれない。


 あの冬の日。

 昼休みが終わるチャイムがなる数分前の出来事だった。「出来事」では片付かない「事件」とも言うべきそれ。

 数メートル先に慎哉くんが見えて、私の方を向いて欲しくて。いわゆる、「ツンデレ」というものだろうか。

 雪球が慎哉くんに届くように、友人にすら打ち明けることのなかった自分の想いをぶつけるかのように。


 投げた雪球は、ちょうど雪をそっとすくいあげた慎哉くんの顔にあたった。

 左目の少し上。私にも、それがはっきりと見えた。

 何かがぷつり、と切れたような気がした。テストで九十点台を取れなかった時のように、やるせない気持ちになった、

 その瞬間から、心の中で彼に何度も謝った。 彼が保健室に行く様子を、ただ呆然と眺めていた。

 ただ、周りの男子が黙っているはずもなく。 私はブーツで必死にグラウンドを駆け回った。

 彼の顔に雪球を当ててしまった代償は、大きなものだった。 男子には、ものすごいスピードで雪球を投げつけられそうになった。

 自分の心の中に居る自分が、責め立てた。

 投げようとした瞬間に彼が顔を下に向けたことは、分かっていた。そこで、何とか踏みとどまれば、こうはならなかっただろう。

 こんなときにだけ、コントロールがいいのだから、全くどうしようもない。


 そうしているうちに、昼休みの終わりを告げるチャイムは鳴った。

 昼休み直後の掃除の時間、彼にどう謝ろうかと考えながらも、やはり自分を責めた。

 彼は、大丈夫かなと、心配しながら。


 五時間目が始まる直前に、慎哉くんは戻ってきた。

 隣の席なのに、それ以上の距離を感じた。


 謝ろう、謝ろう。

 心の中では、もう何回も謝ったのに、なかなか彼に伝えることは出来なかった。

 口をきくことなく、二時間分の授業を受けた。

 そして、帰りの会の前になって、ようやく私は彼に言うことが出来た。


「ごめん。」

 彼は、優しいから。

「いいよ。」

 彼は、優しいから。


 私はしばらく、彼への罪悪感を拭いきることが出来なかった。

 一方的に想うことが、夢を一心に追いかける彼の邪魔ではないかとさえ、考えた。

 私は、地元の中学校に通わなかったから、彼とはそれっきりだった。


 あの冬の日に感じたものを、一生忘れることは出来ないのだろう。

 今年、私の暮らす街に雪が積もったら、またこの冬の日を思い出すかもしれない。

 心に降り積もる雪は溶けることなく、季節の変化を楽しむ余地を奪い去ろうとしている。

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