新たなる敵
最終的に地割れが治まった頃には、峡谷のようになっていた。ここを通るにはかなり迂回しなければならないほどだ。
「ちょっとやり過ぎなのでは?」
百体余りのモンスターを倒すためだけに、こんな大穴を開けていては、地形を破壊しすぎる。それに加えて、モンスター討伐の目的である金貨集めも、奈落の底へと落ちてしまえば、取りに行く術がない。
「いえ、これは危機に瀕した時用の、奥の手として使ってください。通常時はその矛を振るうだけで、大抵のモンスターは倒せることでしょうから」
たしかにそれならば納得がいくが、それにしても甚大な被害をもたらす矛だ。横で見ていた宮里も驚きの余り、間抜けな顔をしている。しかしながら、もうすでに僕の目にもわかるほどの距離にモンスターが迫ってきている。
宮里もその様子をすぐに視認したようだが、僕はそれを静止する。なんとなく、この矛自体の威力を試したくなったためだ。
「ここは僕に任せてくれ」
そう言い残して、僕は走り出す。自分でも身のこなしが軽いことがわかる。これが人神化の影響なのだろう。
しかし、速さだけでいえばモンスターの方に軍配が上がっているようだ。走り出してから数秒後、僕はモンスターの集団と衝突する。
矛を両手で強く握り、大きく振り上げる。正直それが正しいのかはわからないが、とりあえず無我夢中でそれを振り下ろす。
だが、
「ええええええ!」
矛先が先頭を走っていたモンスター(牛型)に触れた瞬間、あまりの手応えのなさを感じる。それはモンスターの胴体を両断した後も、それほどの手応えはなく、僕は次々となぎ倒していく。
それは最後の一体を倒し終えた後も、何かやってのけたという達成感も、疲労感もなく、全く何をしていたのかわからないくらいだった。
「その矛の凄まじさを思い知りましたか?」
「ええ、それはもう」
凄まじいというか、チートというか、どちらにしろモンスター相手には負ける気がしなくなってしまった。
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それからというもの、ひっきりなしに襲ってくるモンスターを宮里と二手に分かれて討伐していった。僕の矛もさることながら、やはりテュポーンの力の強大さも実感した。
目で追えないスピードでモンスターに近づき、地面をも砕く威力ほ殴打をお見舞いする。
威力だけでいうならば、僕の矛の方が上だが、スピードに関しては足元にも及んでいない。
しかしまあ、味方として背中を預けるだけで考えれば申し分ないのだが。
結局、一時間で倒したモンスターの数は合計で千七百五十二体、つまり得たお金はなんと、十七万五千二百ネセサリーになる。
「かなりの大金ね」
すでに手やポケットには入りきらなかった。しかし金貨を入れるための袋があるはずもなく、僕たちは考え、とある結論に至った。
「私が速攻で買ってくるわ!」
これぞ疾風迅雷の見せ所──ではないのだが、用途には合っているだろう。
つまりこういうことだ。二人で集めた金貨の山を僕が見張っている間に、宮里が袋を買いに行く。ちなみに、この位置もすでに地図にオートマッピングされているようだ。そのため、迷う心配はない。
「じゃあ頼んだ!」
「持ち逃げしたら、世界の果てまで追いかけて、ぶっ殺すわよ」
「あはは、そんなことしないよ」
綺麗な顔が台無しなほど、眉間にしわがより、目つきが鋭くなっている。まあそういう考えもあるとは思うのだが、僕はそこまで下衆ではない。持ち逃げるとしても、せてめ半分は残していく。
それに、今宮里とテュポーンを敵に回すことは得策でないことは、身をもって感じている。
「それならいいけど」
何故かここに来て、疑惑の目を向けながら、宮里は商業エリアへと移動していった。
それから僕は草原に腰を落とし、空を眺めた。雲がゆっくりと移動しており、時折吹く風がとても心地よい。暑くも寒くもないからっとした風だ。
少し眠ろうと思ったが、どうやら睡眠という行為を必要としない体らしく、眠気がやってこなかったためにやめた。そして再び、空に視線を移した。
「神でも雲を食べてみたいと思う物ですか?」
人間一度は、あの柔らかそうな雲を手に取り、一口頬張りたいと思うものだ。
「そうですね。あの上に寝転がって、寝てみたいとは思ったことはありますね」
「たしかに、気持ちよさそうですね」
そんな他愛もない会話をしていると、足音が近づいてきた。
「ああ、宮里お帰り」
そう言い、振り返ると──
「待ち人じゃなくてすまんな!」
そこには、美少女である宮里とは似つかない男が立っていた。
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その男は、髪を赤く染めて、大胆に筋肉のついた胸元を開いた服を着ている。これはどうみても黒のショートカットで、和風美人な宮里ではない。
「誰だ!」
僕は即座に立ち上がり、大きく後ろへと飛んで距離をとる。
「俺は琴町蓮銅だ、そして優秀なパートナーのアグニだ!」
やはり彼も僕と同じゲームの参加者(巻き込まれての)なのだ。そしてパートナーである神はアグニと言った。
「フォルトゥナ、アグニって知ってる?」
「ええ、火を操る神の一人です」
すでに一触即発しような状況下で、フォルトゥナは簡単に答えてくれた。つまり火を駆使して戦うというわけだ。
「その通りだ。しかしながら俺も火力の調整が今ひとつできなくてな。どうやら負けても死なないらしいから、恨むなよ!」
明らかに攻撃態勢に入った。それと同時に両手を炎が纏った。熱くないのだろうか? そんな疑問を抱きながらも、この場合の対策についても考えていた。
現在僕が持つ武器は二つ、幸運と不安を操る宿命の舵と、触れた物体を不幸に陥れる惨禍の矛。
この二つを比べた時の利点と欠点を出来る限り思い浮かべる。
まず宿命の舵の利点は、そもそも初見の相手には、その舵がどのような効力をもたらすのかわからないはずだ。
となれば、相手の性格にもよるが、琴町という男は外見と口調から推測するに、脳筋バカだ。となると、危険顧みず突っ込んでくる可能性が高い。
そうなれば、やはり直接的な攻撃手段ではない宿命の舵を使うのは危険か。
では惨禍の矛ではどうだろうか。
そもそも、不慣れな武器であることは明らかだ。矛というのは扱うことが難しく、そういう人々は昔から槍が渡された。軽量で、突くだけで相手を殺せるからだ。
しかし今回は矛だ。ただ大振りするだけでは、簡単に避けられてしまう。だがあの不幸を呼ぶ矛は、斬りつけるだけではないのだ。
「そんなに深々と考えずとも、両方出せばいいのではないですか?」
僕の思考中に、フォルトゥナが斜め角度の提案してきた。たしかにそれが可能ならば言うことなしだが──
「できますよ、私は神ですよ」
ならばそれで即決だ。
「こい! 宿命の舵、惨禍の矛!」
そう僕が叫んだ瞬間、快晴の空が曇り、僕に向かって一筋の光が当たる。そんな空を見上げると、二つの物体が落ちてきている。そしてそれは、見事に僕の足元に落下した。右に矛、左に舵、これぞ満足セットというやつか。
僕は地面から矛を抜き、舵に手を置く。
「待ってもらってすみません。僕の方も準備万端です」
意図的か感情的かはわからないが、どうやら僕の準備が整うまで待ってくれていたようだ。
「俺は正々堂々戦いたいんだよ」
どうやら後者で、おまけに馬鹿で、さらにおまけで脳筋バカだということがわかった。