創造主
投稿時間がバラバラで申し訳ない
僕が目を瞑っていたわずかな時間の間に、数十頭にも及ぶモンスターは一網打尽になっていた。
「どういうことなんですか、これ」
「簡単な話、一番先頭を走っていたボス的なモンスターが加速するあまり、足元にあった少し大きな岩に気づかずに転倒。そしてボスのスピードに合わせていた仲間も急停止することはできず、次々と連鎖的に転倒していったということさ!」
そう誇らしげにいうフォルトゥナ。つまり僕がこの舵を反時計回りに回したことにより、先頭を走っていたモンスターに不幸が降り注いだということか。しかしこれもまた確証の持てない力だ。
テュポーンのように、歴然とした強さではないのが少し残念だ。
それから先ほどのように、モンスターの死体は金貨へ変わった。その数十九枚、つまり千九百ネセサリーというわけだ。そして宮里の分と合わせて四千七百ネセサリーだ。
「とりあえずはこれくらいでいいかな」
「そうね、じゃあ次は商業エリアへ行きましょう」
そうして舞台は次なるエリアに移る。
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目を瞑り、再び念じる。その際のわずかな時間で僕は想像を膨らませた。商業エリアとは、つまり売買が行われているだろうということは安易に想像できるのだが、それがどのような具合でそれが行われているのか。
西洋エリアに合わせて、ヨーロッパ風であるのか。もしくは東京さながらなビルが立ち並んでいるのか、あるいはそれよりも古代の道に店が立ち並ぶような感じなのだろうか。
好奇心に胸躍らせ、そして目を開けると──
「おお!」
人や車が行き交い、辺りはざわめいている。しかし高いビルが立っているというわけではない。それはおそらく景観を損なわないための配慮なのだろう。
「これはヨーロッパね」
同じくエリアを移動した宮里が辺りを見回しながらそう呟く。たしかに通りすがる人々の顔を眺めてみると、彫りが深く、瞳も僕らとは違う色をしており、髪色も茶色っぽい。
それに、街並みも西洋エリアと酷似しており、何より遠くに見えるあれは、
「ビッグ・ベンじゃん!」
幾度もテレビで見た美しい時計塔だ。
「たしかに、あれはイギリスのロンドンにある時計塔ですが、ただの模造品です。神とて、人間の作りし建造物や自然の風景を素晴らしいと思うものです。あれはたしかカーリーが好きだという理由で作らせたものです」
僕が歴史的な建造物に目を奪われていると、フォルトゥナが丁寧に説明してくれた。つまり、神も一ヶ月という時間戦う上で自らの好む景色を作り建造物を建てるということで、景色に飽きるという心配と、モチベーションのアップの二つの要素をカバーしているのだろう。
「じゃあフォルトゥナはどんな風景や建造物が好きなのですか?」
「私は日本という国が好きです、故に田園風景や古き仏教建造物や名城などを空から見ていました。やはりその中でも河口湖の辺りからみる富士山は素晴らしいですし、あとはかの名城、姫路城なんかも素晴らしいですね」
声が弾んでいる。それほどに長い時間をかけて、日本を見て回ったのだろう。フォルトゥナが宙に浮いて様々な場所の名所を、目を輝かせながら見ている様子は簡単に想像ができた。
そんなやりとりを終えて、僕たちはある疑問にぶち当たった。現在人の行き交う歩道、そんな中で店の壁に背を当てて話しているのだが、そもそもそれがおかしな話なのだ。
「ここにいる人たちって、どういう存在なの?」
考察するに、ゲームに登場する村人たち(CPU)的な存在であると思うのだが、それにしてはきちんと会話がなりなっているし、人々の表情がリアルだ。
それは僕たちの世界の人々と、さして変わらないくらいだ。
「これはこのゲームのために作られた、いわば人形たちです。実はこのゲーム、すでに五百回ほど行わなているのですが、最初はあなた方のいる世界の投影に過ぎませんでした。故に会話が成立することもなく、面白みに欠ける内容となっていたのですが、それから十回ほど試行錯誤を繰り返していくうちに、我々はあることに気がついた。
すでに物が入っている器に、新たにこの世のことを入れるのではなく、空っぽの器をさがせばいいのだと!」
「どういうことですか?」
「つまり、地球の人間を投影すると、必要のない予備知識があるせいで、この世のことを信じられない上に、なんだが胡散臭い物だと勘違いして、余計に遠のいてしまうのだと。
それならば、なんの知識もない人間のような生物を作り出し、この世界で暮らして貰えば、これが常識なのだと思ってくれるためにこのゲームが面白く、円滑に進むようになったというわけだ」
つまり今僕たちの目の前を通っている人々は、正しくは人間ではなく、何か違う未知の生物なのか。これぞ世界の創造主である神の特権というやつか。
「ということは、僕たちの存在についても知っているということですか?」
「ええ、あなた方は神同然として扱われるでしょうね」
という具合で説明が終わり、ついに僕たちは歩き出した。と言っても、
「商業エリアって、どこに何が売ってるのかさっぱりわからないね」
立ち並ぶ店は、パン屋や時計店やレストランばかりだ。今の僕たちが欲している、戦いに使用できるアイテムや、このゲームを優位に進めることのできるアイテムなんかが売っていそうな店は見当たらない。
しかし考えてみると、旅行でロンドンに行ったとして、街の景観を眺めて楽しんでいる最中、何やら武器やら道具などが売っている店があれば、違和感を感じるはずだ。
つまりこの状況はなんらおかしくないわけで、どちらかと言えば、僕たちが異物なのだ。
「う〜ん、とりあえず聞いてみましょうか」
宮里はそう言うと、通りかかった男性二人組に話しかけた。
「すいません、武器とかってどこに売ったますか?」
いや、物騒だな。日本でこんな人見かけたら、即座に離れてしまいそうになるが、この世界では間違っていない質問である。
「おお! あなたは選ばれは戦士なのですね!」
五十センチほど小さな宮里を見下ろしていた男が、質問の内容を聞くと、目の色を変えて叫んだ。
「戦士? まあそうなんでしょうね」
「パートナーとなった神はどの神なのですか?」
「テュポーンですけど」
「テュポーン! あのゼウスと互角に渡り合ったとされている最強の神ではないですか!」
なんか聞くべきではなかったことを聞いてしまったようだ。
「えっ、テュポーンってあのゼウス互角に渡り合ったのですか?」
僕は宮里に聞こえないように、小声でフォルトゥナに尋ねる。
「ええ、テュポーンは本来怪物なのです。しかし悪い神ではないので安心できるのですが、ひとたび戦闘が起これば、敵が主審であろうと、滅するのみと自らの力を振るいます」
本当に物騒だ。しかしながら、今は同盟という名目で共闘している。少なくとも今のところは(希望的観測に過ぎないが)宮里が僕の寝首を掻こうとしているわけでもないだろう。
今は少しでも、相対した時のための突破口を探ろう。
「ねえ、誘井」
「ああごめん、なに?」
「武器屋はあの信号を渡らずに右に曲がって、すぐにあるって」
どうやら宮里は道を尋ね終えたようだ。今は先々のことを深く考えるのはやめよう。
「じゃあ行こう」
そうして僕は宮里の少し後ろを歩き、その幼い体に潜む怪物少しだけ恐怖していたのかもしれない。
それから少し歩いた先に、たしかにその場所に店はあった。「アテナ」という看板を立てているが、カーテンが閉まっており、果たして営業中なのかどうかもわからない。
しかし宮里はなんの躊躇もなく、扉をひらいた。