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願い

 


「それで、お願いとはなんなのですか?」

「ええそれがですね」


 そう言って、ルーゼットは鞄の中から丸めた地図を出してテーブルの上に広げた。


「今このバトルエリアの中で、我々が探索したのは半分。つまりまだ半分が未開拓というわけです。そこで我々はこのバトルエリアの全貌を暴くべく、五人組の精鋭を集めて調査班を作り、徐々に地図に書き記しているのです」


 たしかに地図と言っても、まだ白紙の部分が半分を占めている。しかしながら、アテナの店で売っていた時計型の地図ならば、バトルエリア全体が記されていたいのだが──まあそれは追々聞けばいいか。


「そして先日、三ヶ月という長旅の末に帰還した調査班はひどくくたびれており、傷を負っている者もいました。もちろんモンスターと戦う危険な任務ですので、怪我をすることは必然ともいえますが、しかし今回その調査班の隊長格に話を聞いたところ、得体の知れない怪物に襲われ、サブジゲイションの司令室に信号を送り緊急帰還した。そう言っていたのです」

「得体の知れない怪物?」

「そうです。未開拓の地帯ですので、まだ我々が知らないモンスターがいても不思議ではないのですが、どうやら歯が立たなかったようなんです。それで私も頭を悩ませておりまして、彼らで無理ならばどうしものかと」

「つまり、その怪物の討伐というのがお願いですか?」

「その通りです。もちろん無償でとは言いません。報酬は弾みます」


 報酬という言葉に心が跳ねる。そもそもこれからお金を稼ぐためにモンスターを討伐しに向かうところだったのだから、そもそもの目的は同じく、さらに上乗せで報酬がもらえるならば受けない手はない。


「もちろんお引き受けさせていただきます」

「おお! ありがとうございます。では昼食の後すぐにサブジゲイションに向かいましょう」


 そうして料理を食べ──たしかに味を感じたが、満腹感がなく、不思議な感じだった──それから支払いはルーゼットが一緒に払ってくれたようで感謝を述べつつ、僕たちはルーゼットの車に乗り込み、サブジゲイションに向かった。


 ———————————————————————————


 ルーゼットの車が停車した。後部座席に座っていた僕は窓から外を見た。そこは明らかに豪邸だった。塀で囲われており、その奥には庭が広がっているようだ。おおよそ欧米の家のイメージと合っていた。

 僕と宮里が車から降りると、ルーゼットは「少し待っていてくれ」と言い、車を走らせて行った。そして数分後に、ルーゼットは走って帰ってきた。


「では向かおう」


 慣れた手つきで門扉を開けて僕たちを通した。庭は丁寧に手入れされているらしい。門から家に入るための扉に続く石畳の道に沿うように花壇が置かれており、一輪も枯れていない。

 そのほかにも、テーブルと椅子が置かれていたり、池があったり、庭石が置かれていたりと、かなりのこだわりが見える。

 そんな庭に感心しつつ、扉に向けて歩いて行った。


「ちなみに、ここはサブジゲイションの応酬部署といいますか、まあ実際はただ私の家なんですけど。本部はシティー地区にあるのですが、そこまで行くのは明日にして、今日のところはここでお話を聞いていただきたいと思いまして」


 そう言いながらルーゼットは、扉を開ける。その向こうは想像通りの豪邸だった。玄関の上にはシャンデリアがあり、正面に大きな階段がある。僕が住む家とは段違いに広く、玄関からでは全貌は計り知れない。

 しかし少しでもこの家について知ろうと見回していると、家の中から足音が近づいてくる。


「おかえりなさいませ、ルーゼット様」


 急足でやってきたのはメイド服姿の女性だった。おそらく走ってきたのだろう。息を整えながら、ルーゼットの持つ鞄を受け取った。


「お客人ですか?」

「ああ大切な客人だ。茶と菓子を用意してくれるか?」

「かしこまりました」


 そう言いメイドは煌びやかな金髪を揺らしながら去っていった。


「ではお入りください」


 僕が少ししゃがみ靴を脱ごうとしていると、そんなことはお構いなしに土足で家に入っていく。この家はどうやら土足でもいいらしい。違和感を感じながらも、僕は靴を履いたまま高級そうな赤色の絨毯を踏みつけた。


 ———————————————————————————


 ルーゼットが案内した部屋は彼の自室だった。家の割には小さな部屋だ。机にレザーの椅子、本棚に古時計。窓から日差しが差し込んでいる。


「さあさあ、まずは座ってください」


 壁につけられる形で置かれていたスツールを三つ前に出してそれに座る。僕と宮里が座ったことを確認すると話を始めた。


「まずはこの件を引き受けていただきありがとうございます」


 そう言い不恰好な形で頭を下げる。


「いえいえ、僕たちだって昼食代を払っていただいたんですから」


 僕は必死に頭を上げるように説得した。


「我々の目的はバトルエリアにいるモンスターの殲滅です。何故ならば、あそこには人々が住んでいる。我々と何も変わらない人が。しかしバトルエリアには危険が伴っているのです。日々怯えながら生活している人々を、私はせめて安全に暮らせるようにしてあげたいのです」


 足の上で組んだ両手を見つめてルーゼットが言う。微かに見える瞳は真剣そのもので、どうやら本気であの広大なエリアにいるモンスターを殲滅しようとしているようだ。


「しかしながら、人とモンスターでは実力にかなりの差がありまして⋯⋯。それにモンスターの厄介なところは強さだけではなく、集団で行動しているということろにもあります。一体一体でも苦戦するところを、十や二十で攻められては、少人数ではやられるだけ。故に我々は百人を一つの部隊として、バトルエリアに送り込んでいます。しかし人手が足りなくてですね⋯⋯」


 声音が震えている。おそらくは自らの力不足を嘆いているのだろう。しかしこればっかりはしょうがないと言わざるを得ないだろう。相手が格段に強いならば、防戦一方になるのは当たり前だ。そして自ずと人手が足りなくなってくる。


「そこで頭を悩ませていたところをあなた方を見つました。その時まだ神はこの世界を見捨ててはいなかったのだと確信しました。だから別の世界から使者を送ってくれたのだと」


 どこか僕の認識とずれがあるように感じるが、ここは話を円滑に進めるために水を差すのはやめておく。


「きっとあなた方ならば、我々を良い方向へ導いてくれるはず。どうか我々の指針となり、人間により良い未来に」


 やはりこの人々の言葉である「神に選ばれし戦士」というのは、どうやら神格化されているようだ。まあ実際に神と一体化している僕たちを神と崇めることに間違いはないのだが、やはりどこか違和感を感じる。


 僕だって同じ人間で、偶然神に選ばれてこの世界にやってきてしまい、不条理なゲームに参加されられているわけで、いわばここは原因は違えど被害者の会なわけだ。

 しかし、どちらが緊迫した状態かといえば、市に直結するバトルエリアの人々を救おうとしている彼らなわけで、その願いから目を背けるほど僕たちの精神が圧迫されているかと問われれば、そうではない。

 それに、せっかく規格外の力を手にしたのだ。それを良い方向に使わねば損だろう。隣の宮里に視線を移すも瞬時に肯く。どうやら同じ気持ちでいるようだ。

 ならば答えは一つ。


「できる限りのことはさせていただきますよ」


 俯くルーゼットが顔を上げる。その顔はまるで初日の出を拝む人のように、目を輝かせていた。

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