出会い
その頃宮里は何やら薄緑の卵を買っていた。どうやら値段は五万ネセサリーのようだが、即決で買ったそうだ。宮里はそれを大事に抱えながら、僕はルールブックを読みながら歩いていた。
「それ何が生まれるの?」
「なんか猫が産まれるみたい」
「猫って卵から生まれるっけ?」
「普通の猫じゃないんだって。なんか一緒に戦ってくれるらしいの」
猫って戦力になるのか? と思ったのだが、あえて口には出さなかった。おそらくは本気で戦闘に加えるわけではなく、ただ猫が好きなだけだろう。
「ところで、これからどうする?」
期限は一ヶ月もある。それにルールブックに記載されている期限なのだが、それを過ぎても参加者が残っている場合、無期限続行となるらしい。
つまりこのゲームはクロノスという神が、地球の時を停止させているということを存分に活かして、全員が賞金を山分けするために手を組むことを禁じるために、一ヶ月という時間を設定しておきつつ、結局は最後の一人になるまで終わらないようにしているということだ。
そう問いかけつつ、僕は建物に設置されていた時計に目をやった。現在の時刻は一時前だ。僕が元の世界にいた時は下校中──つまり六時前だったから、時間は合わせていないようだ。もしくは、僕が夕方意識を失ってから、かなりの時間眠っていたのか。
どちらにしろ、僕が意識を取り戻して、フォルトゥナに出会い、説明を聞き、初期位置であった家から出た時は、外はそこまで明るくなかった。
「まず腹ごしらえをしましょう!」
突如立ち止まった宮里が、僕の問いかけた質問に応じた。ある建物のロビーがガラス越しに見える。そこにはいくつものテーブルが並んでおり、その上には見事に作り上げられた料理が乗せられている。
「でも、僕たちは食事は取らなくてもいいんだよね?」
「でも味覚はそのままでしょ? なら、甘いものを食べれば甘いし、酸っぱいものを食べれば酸っぱいし、辛いものを食べれば辛い。美味しいものを食べれば美味しいでしょ?」
「つまりただ食べたいだけってことね」
窓際の老夫婦が談笑をしつつ、慣れた手つきでナイフとフォークを巧みに操り、料理を口にしている。なんとも微笑ましい風景だろうか、と僕は思ったのだが、どうやら宮里の視線は、そんな老夫婦ではなく、皿の上にきれいに盛り付けられていた料理にあった。
肉料理にフィッシュ・アンド・チップスに、見たこともない野菜の上に芸術のようなほどきれいにソースがかけられたものがある。これは僕の勝手なものなのかもしれないが、これらの料理は高級な料理店で出されるというイメージがある。
しかしながら、僕たちは先ほどアテナの店で買い物(それも持ち金のほとんどを使った)をしており、ここに来て高級料理店に入るのは、流石に豪遊が過ぎるのではないだろうか?
「どうしてもか?」
僕は宮里の顔を見据えていう。しかしながら、その目は最大限に開かれており、瞳には光が宿っている。つまりどうしてもということだろう。
外見のイメージとしては、清楚で無口でお嬢様で、茶道とか華道とかやってそうなのに、実のところは食い意地の張っているやつとは、世の男性陣もびっくりだろう。
「しょうがないか」
ため息を吐きながらも、僕たちは店に入った。
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店に入ると、タキシード姿の男が近寄ってくる。
「お客様、ご予約はされていますでしょうか?」
「いえ、やっぱり予約してないとダメですよね?」
「すみませんが、当店は完全予約制となっておりまして⋯⋯お席に空きがあればお通しすることも可能なのですが──って、あなた方は神に選ばれた戦士の方々ではないですか!」
真面目な顔で、店の仕組みを語っていた男だったが、僕たちの格好を見た瞬間に、その表情は崩れ去って弾けた。まるでカブトムシを見つけた子供のように。
「ええ、そうなんですけど⋯⋯」
男は何を思っているのだろう。僕の内側に宿る神を尊敬しているのか、神に選ばれたという稀少な存在をただ珍しがっているのだろうか。しかしどれにしろ、いろいろなものがごちゃ混ぜになっているようだ。
そのせいか、先ほどからうずうずしているのが行動に現れて、不審な動きをしている。
「しっ、少々お待ち下さい!」
途端、何かを思い出したかのように深く頭を下げて、後ろへ下がっていく。その間も宮里は客の食べる料理に釘付けになっていたのだ。
結局男は、数分後に別の男を連れて戻ってきた。その男は明らかに格が上のように見えるのだが、あたふた具合は同じだ。
「えええっと、私はこの店のオーナーシェフのミゼル・ラッシェブルと申します」
そう言いコック帽を取り一礼する。
「えっと、僕は誘井康太でパートナーはフォルトゥナ。こっちが宮里でパートナーはテュポーンです」
「おお⋯⋯神がおられるのですね」
「まっ⋯⋯まあ」
その応対は不自然極まりないものだった。涙を流しながら、それでも拭わずに僕と宮里を交互見続ける。
このままでは話が進まないと思った矢先、奥のテーブルから一人の男が歩いてきた。その男はおそらく客だろう。ナプキンをつけている。
「すみませんオーナー、このお客様は私と相席にしていただけますかな?」
「えっ⋯⋯ああこちら側としては一向に構いませんが──」
「僕たちも大丈夫です」
そもそも入ることすらできない身だ。相席とはいえ、食事の席につけるだけありがたい。
「ではご案内して差し上げろ」
そうして店の従業員に案内された席に、僕たちは腰を落とした。
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席は窓から一番離れたところだった。丸いテーブルに四つの椅子が用意されているようだが、ここで食事しているのは男一人だった。僕が男の隣に座り、その隣に宮里が座った。
「遅ればせながら自己紹介を、私はルーゼットと言う。今年で五十八になるんだがね、とある協会のようなものの創設者なんだよ」
そう言う割にはかなり若く見える。お世辞ではなく、四十代に見える。たしかに所々髪は白くなっているが、おしゃれだと言われれば信じ込んでしまうほどに高貴な服装のマッチしている。
それになんと言っても、その体が還暦前とは思えないほど鍛え上げられている。
それから一応僕たちも名乗り、メニュー表を見て料理を注文した。
「ところで、あなた方に折り合って頼みがありまして」
「なんでしょうか?」
「私はサブジゲイションという協会の会長を務めているのですが、主な活動としてバトルエリアにてモンスターの討伐を行っているます。ある時は国に依頼され、ある時は村から依頼され討伐を行っています」
それを聞かながら、僕はある疑問が浮かんだ。
「いくつか質問いいですか?」
「ええ、どうぞ」
「ここいる人皆さん三つのエリアを自由に行き来できるんですか?」
「いえ、そういうわけではありません。方法はただ一つ、我々が神から与えられた装置によってだけ、バトルエリア移動することができるのです。そしてその装置はサブジゲイションにあります」
「ではもうひとつ、そのモンスター討伐は誰が行うのですか?」
「それは私どもで募集した腕利きの者たちに、モンスターを討伐するためだけに作った特殊な剣を使用して討伐します。無論報酬は払いますし、ランク付けしています故、上に行けば行くほど、報酬の額は上がります」
つまり、ゲーム参加者以外にもバトルエリアで戦っている者はいるということか。これからは人を見つけ次第攻撃するのは避けたほうがよさそうだ。