不器用な気遣い
「そろそろ、時間も遅いから帰るの」
「もうこんな時間か・・・」
ふと時計を見ると短針が8の所を指している、ここは寮ではないため時間制限はないのだが、先輩は開発に熱中しない限り夜の9時には寝てしまうため、そろそろ眠たくなってきたのだろう、先ほどから瞬きの回数が増えている。
「この銃を、置いていくので元に戻してくださいよ」
「設計図とか書かずに、その場の閃きで作ったから無理なの」
どうやら愛銃が元に戻ることは今後一切ないらしい、それなりに愛着があったんだけどなと思いながら、最後にそういえばと、気になっていたことを尋ねる。
「剣の方は何も改造してないですよね・・・」
この展開だと、剣の方にも謎機能が追加されているのではないかと思い、恐る恐る質問をする。見た目は何も変わってはいないが、何かが起こってからでは遅いのだ。
「剣の方は何も思いつかなかったから、ただ修理しただけなの」
「なんだ、つまらん」
ティアナ先輩が不満を漏らす、この人、完全に面白がってるよなと思いながら、俺は安堵した。
「次から改造するときは、一言言ってくださいよ・・・」
何かを閃くと、寝ることや食べることも忘れて没頭してしまう、そんな姿を何度か見てきた身としては、無駄だろうなと思いながら一応懇願をしてみる。
「無理なの、閃きはすべてに優先するの」
「即答ですか」
わかっていたとはいえ、即答されるとは思っていなかった、こんな問題児とはいえ、腕は一流なため、学内でも一目置かれており、専用の研究所(今いる廃墟)があるほどである。なんでもすでに企業からスカウトが来るレベルで、彼女の作った発明品の一部は商品化されているものもあるらしい。ここが疑問形なのは、彼女は開発が終わるとすぐに発明品から興味を失い、なにが商品化されたか覚えていないからである。
「それじゃあ、そろそろ帰りますね」
「また、修理したいものがあったら来るの」
「ほう、それでは何かあった時は頼ろうか」
「泥棒女に言ってないの!」
またもやちょっとした口喧嘩を繰り広げる先輩たち、今日は色々あったため、それを止める気力もない俺は、黙って研究所を後にする、そうすると少し遅れて、ティアナ先輩が研究所から出てきた。
「相変わらず私からの依頼は受ける気はないらしい」
「いつもからかってるからじゃないですか」
「それもあるだろうが、そもそもあいつはお前以外から依頼を受けないだろ」
恵名先輩は基本的に他人からの依頼を受けない、それは根本的に彼女が他人に興味がないからだ。商品化された発明というのも、彼女が自分から売り込んだわけではなく、彼女の才能を買っている担任の先生が企業に紹介をして、商品化されたという話だ。その際、恵名先輩に話を持ち込んだ担任に言ったセリフが「作った覚えがないから、勝手にするといいの」だったらしい。
そんな恵名先輩だが、なぜか俺の依頼は受けてくれる、それについて理由を聞いたところ、試作品を試すのにもってこいだからと言われたのが記憶に新しい。
「先輩はまず、その大剣を返すところから始めたほうがいいんじゃないですか?」
「それは無理だな、私はこの武器をとても気に入っている、今更手放す気はないさ、それにもしもこの武器を返したら、私は奴の中で泥棒女ですらなくなってしまう、なんか偶に雄介についてくる人に格下げだ、そうなったら会話どころではないだろう?」
「・・・」
恵名先輩のことだから違うと言うのも難しい、もしかしたら俺も、彼女のなかでは単なるテスター1号なのではないか、そんなことを思った。
「とっ、そろそろ寮だな」
気が付けば寮の前まで来ていた、別に魔法高校だからファンタジーな見た目をしているとかではなく普通の見た目をした寮だ。
「それじゃ行くか」
「一応聞きますけど、どこにですか?」
「お前の部屋に決まってるだろう」
「だからそれはだめだって言ったでしょう」
「ははは、さすがに冗談だよ、お前に嫌われるようなことはしないさ」
ホントかよ、そう思いながら、先輩の顔を見る、この人なら一日窓の外に張り付いてたとかやりそうで怖いところがある。
「それじゃあまた明日だ」
「明日も来るんですか・・・」
「無論、何かが起こるまで張り付くさ」
「マジですか・・・」
先輩はどうやら何かが起こると本気で思っているようだ、しばらくは放課後に自由な時間はないなと思い気が重くなる。
「せいぜい私がいない間に事件は起こすんじゃないぞー」
「そう言われてもどうしようもないんですが・・・」
そんなことを言いながら先輩は女子寮に入っていく、念のため完全に姿が消えるまでその姿を追っておく、先輩の後ろ姿が消えたあと俺も自分の寮に入る、なんだか今日はとても疲れた、そんなことを考えながらエレベータに乗る、俺の部屋は3階の305だ。
寮の部屋は8畳の広さに、最低限の家具があるだけで、そこは普通の学校の寮と変わらない、ベットは二段ベットで上は神宮寺、下は俺が使っている。
「神宮寺は帰ってきてないのか・・・」
別に用があるわけではないが、同居人の姿を探す、神宮寺がこの時間居ないのは珍しいことではない、あの天才は努力することも怠らないため、この時間もどこかで特訓でもしているのだろう。そんなことを思いながら持ち物の片づけを始める。
「しまった・・・銃が大きすぎて入らないな・・・」
もともと武器をしまっていた棚に銃をしまおうとするが、大きさが変わりうまく入らないことに気が付き、どうしようかと考える、しかし妙案も思いつかず、仕方がないため机に置くことにした、今から神宮寺が帰って来た時のために言い訳を考えるのも面倒だな、そんなことを考えながら椅子に座っていると、机の上に何かが乗っていることに気が付いた。
「マナポーション・・・神宮寺のか?」
マナポーションとは失った魔力を補給するための薬で、栄養ドリンクの魔法版みたいなやつである。特に今、机の上にある奴は性能が良いと評判の奴であり、値段もそこそこ高いやつのはずだ。
「冷蔵庫に入れ忘れたのか」
そう言って、冷蔵庫に入れようと手を伸ばすと下に紙が挟まっていることに気が付く、何かと思い手に取ると裏面に"黒上へ"と簡潔に文字が書かれていた。
「もしかして、神宮寺が気を遣ってくれたのか」
他に候補がいない以上そうなのだろう、勝手にルームメイトのことなんて道端の石ぐらいしか思っていないと考えていたが、それは自分の思い過ごしだったらしい。意外と優しいやつなのかもしれない、今度からもう少し話しかけてみるか、そんなことを考えながらマナポーションを冷蔵庫に入れる。
お礼を言ってから飲むか、そんなことを考えながら神宮寺が帰ってくるのを待つ、いつも通りなら、この時間、寮の周りを走っていてそろそろ帰ってくるはずだ。そんなことを考えていると部屋に備え付けられている電話が鳴る、こんな時間になんだろう、そう思いながら電話を手に取った。
「305の黒上ですが」
『夜分遅くに失礼します、神宮寺様はいらっしゃるでしょうか』
「神宮寺はまだ帰ってきていません」
『そうですか・・・』
「伝言があるなら伝えますが」
『それではお願いします、神宮寺様にお客様が来ております』
こんな時間に客?そんなことを考えながら、続きに耳を傾ける。
『ですので、門の方まで来ていただくようにお伝えください』
「了解しました」
『それでは、よろしくお願いいたします。失礼いたします』
そう言うと電話は切れた、それにしてもこの時間に客か、よっぽど重要な用があると容易に想像がつく。そのためこれは早く伝えに行った方がよいと考え席を立った、先ほどのマナポーションの礼もある、それにこの時間なら寮の周りにいるだろう、行き違いになった時のため机に書置きを残し外に出かける準備をする。
「銃はこのままにはしておけないよな・・・」
帰ってきた神宮寺が、銃と気が付かず触って暴発なんてことになったら一大事だ。そう思ったため銃も持っていくことにする。魔改造されたそれはずっしりと重く、明日はこれを肩にかけるための紐を買いに行かないとな、そんなことを考えながら部屋を出た。