不穏
魔術師のランク、それは生徒ごとの強さを判別するためのシステムである。最低ランクはC、そこから順に、B、A、Sと上がっていき、Sランクが今のところの最上位ランクである。ランクに学年は関係なく純粋に強さのみで定められており、戦闘学部の生徒は、そのランクを上げるために、日々、切磋琢磨をしている。
ちなみに俺は最低ランクのCで、隣にいる先輩は最上級であるSランクだ。
「そういえば何の用だったんですか?」
工学部に行く途中の道でふと尋ねてみる、面白い噂とは言っていたが、内容については全く触れていないことを思い出したのだ。
「ああ、最近生徒の個人情報が何者かにクラッキングされて流失したことは知っているか?」
「初耳ですよ...」
「そういえば、Sランクの奴しか知らされていないのだったな...」
とんでもないことを、まるで世間話のように話し出す先輩、絶対Cランクなんかが知っちゃいけない機密事項だよなと思いながら、話に耳を傾ける。
「それがどうかしたんですか、犯人が分かったとか?」
これぐらいの話なら、この先輩は面白い噂なんて表現を使わないと思いながら、相槌を打つ。
「犯人はまだ分かっていない、しかし盗まれた情報にある共通点があると噂で聞いたのだ」
「全校生徒の情報が盗まれたわけではないんですか?」
この学校でも一部しか知らない情報の、噂話とはなんだと疑問を覚えたが、次の言葉でそんな疑問も吹き飛んでしまう。
「違う、犯人は意図的にとあるクラスの生徒の個人情報だけ盗み出したらしい」
「...とあるクラスっていうのは何処なんです?」
その疑問を問いかけると、先輩は立ち止まり意味深にこちらを向いた、それだけで答えが予想できるが、どうか間違ってくれと思いながら、続きの言葉を待つ。
「1-3、つまり雄介、お前のいるクラスだよ」
やっぱりと思いながら考える、これはまた面倒事の予兆ではないのか、言い知れぬ不安を感じていると先輩は続きを話し出す。
「これを聞いた時、真っ先にお前の顔が浮かんだよ、また面倒ごとに巻き込まれてるんじゃないかとね」
「...まだそうと決まったわけじゃないでしょう」
「その感じだと心当たりはなさそうだな」
「それを態々聞きに来たんですか?」
「いや違う」
こちらの疑問をハッキリと否定しながら先輩が言う、だとしたら何なのかと思いながら、次の言葉を待った。
「そもそもお前は当事者でなかろうと事件に巻き込まれるだろう、今回もお前を張っていれば何か面白い事件に出くわせるのではないかと思って来たわけだ」
根っからの戦闘狂で快楽主義者、それがこの先輩の本質である。
とある出来事で、俺が事件に巻き込まれやすい体質であることを知ると、それ以降、このように放課後現れては付きまとってくるのだ。こちらの特訓などにも付き合ってくれるため感謝している面もあるのだが、好奇心旺盛で面白そうなことがあるとすぐに顔を突っ込むため、この人が原因で面倒ごと巻き込まれたことも一度や二度ではないのが困りものだ。
「そんな訳でな、私としては、なるべく早く事件が起きてほしいのだが」
「そんなこと俺に言われても困りますよ...それにこれから何かが起こると決まったわけじゃないでしょう」
「いや、私の感が言っている、これは絶対に何かの事件の予兆だと!」
そんなことを自信満々で言いのける先輩、実際この人の感は怖いぐらい当たるため、無視できないというのが厄介な点だ。気分が億劫になる、そんなことを考えながら移動を再開する。
「という訳で、これからお前に24時間張り付こうと思う」
「まさかと思いますが、部屋まで付いてくるわけじゃありませんよね?」
「そのまさかだ、寝る場所はベットとは言わないから、せめて床にタオルを引いてほしい」
「絶対に嫌ですよ、決まり事があることは知っているでしょう?」
この学園には男女でそれぞれ寮がある、男が女子寮に、女が男子寮に行くこと自体は禁じられていないが、午後の7時以降は緊急の用事以外で異性の寮に行くことは禁じられている。ある意味では当たり前のルールだが、それを破ると最悪、寮から追い出されてしまう。この先輩のことだから、知っていて言っているのが質が悪い。
「別に見回りが来るわけじゃないから、部屋に籠っていれば問題あるまい」
「ルームメイトがいるんですけど」
「なに、私のような美女と一日寝食を共にできるのだ、喜ばない男はいるまい」
「寝食って...それに神宮寺はそんなキャラじゃないですよ」
より取り見取りなのに、彼女がいないことで有名なルームメイトを思い出す、それにただでさえ最低限の会話しか交わさないのに、これで異性の連れ込みなんかしたら、さらに気まずいことになるのが容易に想像できる。
「お前のルームメイトは噂のAランクくんだったな」
「そうです、これで諦めてくれましたか」
「ふむ...ではクローゼットに隠れるというのはどうだろう」
「ダメです」
そこまでして、事件に遭遇したいのか、諦めが悪い先輩に、呆れながら移動を続ける、目当ての場所が工学部の外れの方にあるため移動に時間がかかるのだ。
「そういえば、今日、模擬戦でAランクくんと戦ったそうだな」
「確かに戦いましたけど...」
何処でそのことを聞いたのかは分からないが、先輩は話題を変えて、今日の模擬戦の話を持ち出してきた。俺としては、あまり話題にしたくない話なのだが、そんなことは気にせず先輩は話を続ける。
「なんでも、瞬殺されて気絶したそうだな」
「なんでそこまで知ってるんですか...」
「それだけお前のルームメイトは有名人ということだよ」
確かに1年でも二人しかいないAランクというのはすごいと思っていたが、他学年にまで模擬戦の結果が知れ渡るほど有名だとは思わなかった。そう考えるとやはり今日の模擬戦は自分にとってマイナスでしかなかったと、また気分がどんより重くなった。
「ふむ...」
こちらが落ち込んでいるのを知ってか知らずか、突然、先輩は話すのをやめ、こちらに視線を移した。まるで不思議なものを見ているのかという視線でこちらを眺めている。
「どうしたんですか?」
その視線に耐え切れず、質問を投げかける。
「なに、お前はホントに不思議な奴だと思ってな」
「?」
いきなり不思議とか言われても、返答に困る。そして真意を問い合わせようとしたタイミングで目的の場所に着いてしまう。
「着いたぞ、早く用事を終わらせてしまおう」
そう言い、先輩は目の前の建物に入っていく。
完全に聞き返すタイミングを失ってしまい、頭に疑問が残っている状態で目の前の建物を見る、ぱっと見、廃墟に見えるこの建物は、これでもとある人物の仕事場であり、今回の目的地でもある。
『小さき天災』こと淺間恵名の住処である。