いまいち冴えない黒上雄介の日常
初投稿です
『魔法』、その言葉が、ファンタジーや比喩表現ではなく、現実の技術として扱われるようになったのは、今から十年ほど前のことだ。
どっかの偉い学者が、人体に流れる謎の力、いわゆる魔力を発見したことから、とんとん拍子に魔法は発展し、今では魔法に関わらない人生を送ることは不可能と言われるほどに身近な存在となった。
今まで科学だけでは解決できなかった問題の多くも、魔法の発展とともに次々と解決していくことになる。
しかし魔法がもたらしたものは、恩恵だけではなかった。
魔法犯罪、ニュースなどではそう呼ばれる、魔法を使った犯罪が行われるようになり、それは科学と融合しほんの数年で誰もが予想できなかったほどの多様化をすることになる。
魔法使いに対抗するための魔法使い、その必要性にかられた各国の政府が編み出したものは、魔法犯罪に対する専門組織の立ち上げと、教育機関の設立であった。
「試合始め!!」
担任の緒方の無駄に大きな声が鼓膜に響く。
「...毎回思うけどこんなに大きな声をあげなくても聞こえるよな」
こんな大声を聞かされた日には、憂鬱な気分がさらに憂鬱になる。
水曜日の三時間目、ここ神奈川魔法高校には模擬戦の授業が存在している。別にこの授業自体はそこまで憂鬱ではないのだが、問題は目の前に立っている対戦相手である、まるでどこぞのモデル雑誌から抜け出してきたかのような中性的な容姿の男、神宮寺奏の存在だった。
成績優秀、容姿端麗、おまけに魔法使いとしても同年代の中では抜きんでてるというからには、無神論者の自分も神様に不平を挙げたくなってしまう、
神宮寺奏とはそういう男だ。
「「「神宮寺様、がんばってーー!」」」
無論そんな完璧野郎だからこそ、女子からの人気も高い。同じ授業を受けている女子のほとんどはやつの応援を行っており、ふと敵地で試合をするボクサーってこんな気分なのかと場違いな感想を抱くほどだ。
「ここってホームグラウンドのはずなんだけどな...」
こっちにも応援してくれるやつはいるが。
「雄介ーー!、やれーぶっ殺せーー!」
「せめて顔に、二度と消えない傷を残すんや!」
佐藤に小林、お前らそんなんだから女子にモテないんだぞ、
とゆうか俺まで同罪みたいに女子ににらまれるからやめてくれ。
「せめてギブアップのルールがあればなぁ」
なんにせよ試合は始まっている、わざと負けて緒方にどやされるのも面倒くさい。こっちも色々と特訓を重ねているのだ、せめて一撃でも当てて自己満足に浸りたい、今はそうゆう気分だ。
武器が使えれば、そんなことも思うが、あいにく今回は純粋な魔法だけの勝負、魔法以外の攻撃は禁じられている。
「せめて少しぐらいは、驚いてくれよ...」
両腕に意識を集中する。
体中から腕に何かが集まってくる感覚、魔法使いになって半年は立つというのに、この感覚にはいまだ慣れない。
「ファイヤーボール」
両手から火の粉が上がる、次の瞬間には火の粉が合体し、ソフトボールぐらいの大きさの火球が出現する、魔法名そのまんまの魔法、初級魔法ファイヤーボールが両手に完成する。
「雄介の奴、いつの間に両手で魔法が扱えるようになったんだ...」
「もしかしたらいけるんやないか!」
佐藤に小林が騒ぎ立てる、ちなみにいかにも柔道部見たいな体格をしてるのが佐藤で、似非関西弁を喋っている茶髪メガネが小林だ。
「これくらいで何とかなるなら、苦労しないよな...」
神宮寺奏はこの程度でどうにかなる存在ではない、現にこちらが戦闘準備を整えたというのに奴は、涼しい顔をして佇んでいる。とゆうか、それぐらい同じクラスで模擬戦を何回か見たことがあるならわかるはずなのだが...
あの二人は何時も女子の方ばかり見て、碌に神宮寺の試合を見たことがないのか。
頭の中で生まれたしょうもない疑問が、解決したと同時に叫ぶ
「せめて一発ぐらいは当ててやる」
我ながら情けないと思うが、その言葉と共に両手を奴に向ける。
パシュン!
空気が抜けるような情けない音とともに両手のファイヤボールが発射される、狙いは頭と足だ。
「これで少しぐらいはやる気になってくれるか」
狙いはそこそこ、速度は自己ベストを更新してるかという速さだ。もしかしたらいけるんじゃないか、そんな考えは甘いということ自覚しながらも期待してしまう。
そんな俺の自己ベスト魔法に対する、神宮寺のやったことは簡単だ、その場から半身ずらしただけ、俺の魔法を躱し、まるで何事もなかったかのように、こっちを眺めている。
「雄介の攻撃は悪くなかった...必要最低限の動作だけで躱されたな」
「一番頭にくるやつやんか! 雄介惚けてないで追撃や」
いわれなくてもわかってる、またも両腕に魔力を集め火球を作る、今度は精度じゃなくて数だ、気持ちを集中させる、幸運にも今日はこの後にも魔力を必要になる授業はない、魔力切れになっても困ることはない。
「ファイヤマシンガン!」
そんな叫びと主に、両手を奴に向ける、今度はあの情けない音もならず火球が発射される、それも両手で一つずつではなく、数十個の火の玉が同時にだ、火の玉のサイズは先ほどの十分の一もないが、それでも、それなりのスピードと数で神宮寺に向かっていく。
「雄介ー!そんな数だけの攻撃をしても意味はないぞ!」
「ベ〇ータが追い詰められているときに使うやつやん」
応援してくれる二人には悪いが、俺の目的は勝つことじゃない、奴に一発でも当てられれば満足なんだ。そんな俺の情けない心中を知ってか知らずか、火球は飛んでいく、さすがの奴もこの数はよけられないだろ、その考えが甘かったと知るのは次の瞬間だった。
「ファイヤボール」
そんなかろうじて聞こえるほどの、そしてその割には不思議なほど体育館に響く声が聞こえたと思った瞬間、奴の両手に火球が現れる、それも俺とは比較にならないほどの大きさだ。
「なんだあの大きさは...」
「玉ころがしの玉ぐらいあるで...」
二人の驚いた声が聞こえる、無論驚いているのは自分もだ。
「そんな隠し玉があったのかよ...」
過去に別の場所で見たことがるものに比べて、大きさは劣るものの、あの時と違うのは、その火球が自分に向けられているということだ。
神宮寺は創り出した火球をこちらに向ける、それだけで俺の創り出した火球は吸い込まれかき消され消えていく。
「飛んで火にいる夏の虫だな...」
「うまいこと言ってる場合やないで、あれを食らったら死んでまう!」
特殊な魔法で守られたリングの中で死ぬことはあり得ないのだか、なぜだかその光景を生生と想像することができた。
「避けろー!雄介ー!」
「もうおしまいやー!」
「冗談じゃないぞ...」
魔力がなくなった今、適当な魔法を食らって負けるつもりだったんだ、あんな如何にもな魔法は食らいたくない。
リングに貼られている特殊な魔法で傷は追わないようになっていても、それでは訓練にならないため、痛みは感じるようになっている、そして威力が大きければ大きいほどその痛みも増す。
「あれは痛いじゃすまなそうだな...」
こちらに向けられている火球を見ながら、独り言ちる。
「だがこっちも黙って直撃する気はねぇ」
そのセリフと共に半歩下がり、そしてすこし腰を落として両腕を開く。
「反復横跳びの姿勢か、あれなら左右どちらにも逃げられる」
「スプラッタは苦手なんや、気張れや雄介ー!」
これで避ける準備は整った、一番いいのは火球にカス当たりして、そのまま試合を終わらせることだ、そして運命の瞬間が訪れる。
ゴウゥ!
俺の時とは違う、爆発音と同時にそれは飛んできた。
同時に俺の意識も飛ぶことになる、決して集中力を切らしたわけでもないし、発射の瞬間が見えなかったわけでもなかった、それでも避けられなかったのは、スピード、精度が俺の物とは桁違いであるからだろう。
俺の、一発は当てるという情けない目標も叶うことはなかった、最後の最後で思ったことは、
「てか、模擬戦をやる時はレベルを合わせろよ」
その言葉を言えたか言えなかったかは分からないが、かくして水曜日の三時間も終了することになる。情けなく気絶する自分をおいて。