六話
王妃教育とは一朝一夕で身につくものではない。
だからこそ、早々と王太子は後ろ盾となる家の娘との婚約を結ばなければならない。
それはルミナも分かってはいる。けれども思うのである。
どうせソフィーとの運命の愛とやらで幼い頃から教育したところでご破算になるのだから、ソフィーと出会うまでは婚約者など作らなければいいと。
そうしておけば、これまで何度も、何度も自分が傷つく必要などなかったはずなのである。
ステファンはルミナの言葉に、今度は真剣な目を向けると静かな口調で言った。
「それは難しいだろうね。王太子となる為にも、後ろ盾は必要だし、早々に妃教育も必要だ。」
「・・そうでしょうか。」
「何?」
「今、第一王子であるステファン殿下以外に王太子として名前を上げられるのは、第二王子のリディック殿下ですが、リディック殿下は側妃様のお子ですし、そもそもステファン殿下よりも三つも年が離れております。リディック殿下に有力な婚約者が出来ない限りは、大丈夫なのでは?それに、妃教育についても、優秀な令嬢であれば、18歳からでも間に合うはずです。」
ルミナの言葉に、ステファンは瞳を鈍く輝かせた。
「簡単に言ってくれるね。王太子になる為に早々に婚約を決めるにこしたことはないし、妃教育は・・まぁそんなに大変ではないかもしれないが・・・そんなに簡単な物というわけでもないと思うが?」
「殿下が妃教育の何を知っているのですか?私は間に合うとは言いましたが、大変ではないとは一言も申しておりません。」
「え?」
突然、ルミナの口調が厳しくなったことにステファンはびくりとした。
まるで母親に注意された時のような威圧感を感じる。
「それは・・でも、君だって知らないだろう?」
「存じ上げております。殿下よりは、はるかに。」
挑発的なその言葉にステファンは眉間にしわを寄せると言った。
「ほう?では、こういうのはどうかな?キミが妃教育を分かっていると言うのならば僕に教えてくれ。」
その言葉に、ルミナの心には、じわじわと燃え滾る何かが産まれた。
ステファンは、いつも婚約破棄をする時にソフィーならば妃教育も今からでも十分に間に合うだろうと豪語するのである。
確かに優秀な令嬢であれば18歳からの教育でもどうにかなるであろう。
だが、今までの人生の中のソフィーは優秀かと問われれば、中の上。18歳から妃教育を始めてどうにかなるかと問われれば、微妙な所であるとルミナは思う。
けれどステファンは堂々と言ったのだ。
間に合うと。
ルミナはその時初めてにこりとステファンに笑みを浮かべてみせた。
「かしこまりました。僭越ながらこのルミナ、殿下に妃教育とはなんたるかを骨の髄までお教えいたしましょう。その代りとは言っては何ですが、私の願いを一つ叶えていただけませんでしょうか?」
「な・・・なんだ?」
「もしも、殿下が自分の考えが浅はかだと思った時には、ちゃんとお認め下さいませ。」
「なっ?!どういう意味だ!?」
「殿下は先ほど軽んじられたのですよ。将来貴方の婚約者になるであろう令嬢が受ける妃教育を、大変な物ではないと、軽んじられた。本当の意味を知らずして、それを軽んじる事は、何と浅はかなことでしょう。」
ステファンは苦々しげな表情を浮かべると言った。
「良いだろう。その時はちゃんと自分の過ちを認める。」
その言葉を聞いたルミナは立ち上がり、美しく恭しげに頭を下げた。
「その言葉、お忘れなく。では日程につきましては、殿下のお時間がある時をお教えくださいませ。いつでも私が登城いたします。あ、それとお願いがもう一つ。」
「何だ。まだあるのか。」
「妃教育の場には、ぜひともシャロン様も同席いただけるとうれしゅうございます。二人ではいらぬ憶測も生むやもしれませんので。」
「分かった。」
その日の茶会は、その後はルミナも席を外し、しばらくしてからお開きとなった。
そしてその時点では婚約者の発表はなく、ルミナには後日ステファンからの手紙が届くのであった。