四話
ステファンはその後他の席にもあいさつに回り、今は数人の令嬢に囲まれている。
ほとんどが有力な貴族の令嬢であり、後ろ盾として十分な令嬢は数名であろう。
ルミナはそう思いながら、さすがに食べすぎかと手を止めてお腹をさすった。
「少し、散歩でもしましょうか。」
さすがにここでもうステファンを眺めているのも嫌になり、腹ごなしに歩くことにしたルミナは、王城の庭へと足を運んだ。
王城の庭は、何度も何度も見て回った。
迷路のような庭だが、ルミナにとっては勝手知ったるものであり迷う事もない。
その時であった。
不意に鼻をすするような、泣き声が聞こえてルミナはゆっくりとその泣き声に誘われて進んで行くと、噴水の前で一人の少年が涙を堪えようと目をこすり、鼻をすすっているのを見つけた。
誰だろうかとじっと見ていると、そこにいたのはステファンの側近であり次期宰相を継ぐであろうと言われていた男シャロンだった。
まだ幼いが、おそらくは彼だろうとルミナは思いながら、前の人生で何度も出会ってきた体格の良い、厳しい表情ばかりを浮かべる彼が泣いているという事に衝撃を受けた。
あの無愛想な男が泣いている。
ルミナはその事に衝撃を受けると共に、前世の彼を思いだしていた。
彼は常に公平な男だった。
ソフィーへと心惹かれていくステファンを何度も諫めるのはもちろん、陰湿な対応を取るルミナへの苦言も何度もしていた。
最後の最後、婚約破棄の瞬間まで彼は公平で、このような舞踏会で王太子たるものが令嬢を断罪すべきではないと言う苦言をしている姿を見た時、からくも胸打たれた。
常に公平。
無表情。
宰相を目指しているのに体格はよく、その無表情さえ除けば令嬢にもてそうな男。
そんな彼が泣いているという事にルミナは驚きながら、思わずハンカチを手にして歩み寄った。
「あの、もしよろしければどうぞ?」
突然声をかけた事にシャロンはびくりと肩を震わせると、赤くなった瞳でルミナを見た。
シャロン・ダンドワ公爵令息であり、現宰相の息子。
幼い頃のシャロンはこんなにも可愛らしかったのかとルミナは内心思いながら固まるシャロンに促すようにハンカチを手渡す。
シャロンは目を丸くすると、一瞬でぶわりと顔を赤らめて、ハンカチを受けとると、ごしごしと慌てた様子で瞳にたまる涙をぬぐった。
「私は公爵家より参りましたルミナ・ララーシュと申します。どうかされたのですか?」
シャロンは顔を赤らめたまま、恥ずかしそうに言った。
「俺はシャロン・ダンドワ。その・・道に迷って・・もう結構な時間さ迷っていて・・それで、情けない姿を見せてしまった。」
ルミナはその言葉に少し驚くと、クスリと笑みを浮かべた。
「この庭、迷路のようですものね。」
「あ、あぁ。殿下に本来付き添っていなければならないんだが・・迷って、しまって。君は?」
「私はお庭が素敵だったので、つい、散歩に。よろしければ出口までご案内しますわ。」
「え?分かるのか?」
驚いた表情が可愛らしくて、ルミナは頷くと言った。
「こちらですわ。」
ルミナが歩き始めると、シャロンは慌てて後ろから着いてきた。そして、いとも簡単にお茶会近くへと出ると、目を丸くする。
「君は、すごいな!」
彼が笑っていることにルミナは内心驚いたところで、予想もしなかったが、こちらに声がかけられた。
「シャロン!どこへ行っていたんだ!」
関わりたくないと内心思うものの、声の主は近づいてくる。
「殿下。申し訳ありません。」
その場に現れたステファンをどうやってかわそうかと、ルミナは考えるのであった。