二十四話
ルミナはその後、青ざめた表情で屋敷へと駆け込んできた父エドウィンにこってりとしぼられ、ぎゅっと抱きしめられた。
「嫌なら婚約などすぐに解消できる。」
だから思いつめるなという父親の言葉にまた涙腺は崩壊し、ルミナは父とシャロンと共に帰るのであった。
エドウィンはルミナを追いかけてきてくれたシャロンに感謝し、そして一緒に屋敷まで移動すると、馬車を下りたルミナに言った。
「これまでよく頑張ったさ。国王陛下には私が話をしに行くから、待っていなさい。」
ルミナはこくりと頷き、シャロンがエドウィンに言った。
「ご同行しても構いませんか?」
「あぁ。もちろん。」
エドウィンとシャロンの二人は馬車に乗って王城へと向かう。それをルミナは見送ると自室に帰り大きく息をついた。
これで良かったのだろうかと思う。
そしてふと思うのだ。
もしこのまま婚約が解消された場合、自分はループするのだろうかと。
その時であった。
突然扉が開かれたかと思うと、ソフィーが部屋へと何も言わずに入ってきたのである。
姉妹だが礼儀は大切であり、無言で扉を開くと言うのはレディとしては本当に教育をちゃんと受けているのかと問われるレベルである。
ルミナは困ったように微笑みを浮かべると言った。
「ソフィー?ちゃんとノックはしなければだめよ?」
いつもなら明るい声で謝ってくる妹が、やけに静かで、ルミナは不思議に思った。
「あのね・・お姉様・・お話があって来たの。」
「ん?何かしら?」
いつもとは少し違ったソフィーの雰囲気に違和感を感じながらも、ルミナはいつものようにソフィーを受け入れていた。
だが、一歩ソフィーが近づいてくるにつれて背筋が寒くなるのを感じる。
「ソフィー?」
その瞳を見た瞬間、ルミナは焦燥感に駆られて立ち上がった。
ソフィーは今まで泣いていたのか目の回りが赤くなっている。
そして一歩、一歩と歩み寄る。
「どんなに頑張っても無駄なの・・お姉様。どうして、ちゃんと物語の通りに動かないの?」
「え?」
「この世界はただの繰り返されるだけの物語。ゲームなのよ。私達はちゃんとシナリオ通りに動かないと、ゲームが・・進まないの。」
ぶつぶつと呟くような声に、背筋がどんどんと寒くなってくる。
「な?何を貴方は言っているの?」
「もうすぐ発売なのに・・・どうしてお姉様だけちゃんと動かないの・・お姉様がちゃんと動いてくれないから・・」
「ねぇ、ソフィー。落ち着いて。貴方おかしいわよ?」
「おかしいのはお姉様よ。・・・だって、お姉様がこのゲームの・・バグなんだもの。」
「ば・・・ぐ?」
ソフィーは追い詰められたように悲しげに顔を歪めると叫ぶように言った。
「登場人物はちゃんと物語に沿って動かなければならないのにっ!殿下ルートの場合お姉様だけがどうしてもちゃんと動かない。だから、皆何回も、何回も、何十回も殿下ルートをやり直している。」
意味が分からずにルミナが眉間にしわを寄せると、ソフィーは言った。
「私達は駒。ゲームの登場人物。そしてお姉様は悪役令嬢。私は主人公のヒロイン。」
ルミナは頭の中で今言われている言葉を考え、そしてふと、行きつく。
「・・・物語だから・・・・繰り返される・・の?」
言葉の中に分からないことは多いが、分かるところをつなげるとそうなる。
「・・そう。」
ソフィーの瞳をじっと見ながら、ルミナは頷く。
「あぁ・・・あぁ。そうなの。だから、殿下の運命の相手は貴方だから、私は絶対に愛されないのね。」
「そう・・酷いよね・・お姉様はとっても素敵なお姉様なのに・・。そして私はもっと酷い妹。お姉様の努力を知っているのに、お姉様の愛する人を奪うのだから・・」
ポタポタとソフィーは涙を落とす。瞳は真っ赤で、唇は青ざめている。
そんなソフィーとは対照的に、ルミナは瞳を輝かせると、やっと納得がいったように微笑みを浮かべた。
「私が悪いわけではなかったのね。物語だった。そう動くしかない。だから、私は愛されない!ふふふ!なぁんだ。私に魅力が足りないとか・・・そう言うわけではなかったのね。何だか納得がいったわ!」
ソフィーは少し違ったルミナの反応に涙を流しながら驚いたように首をかしげる。
ルミナはそんなソフィーに言った。
「殿下の運命は貴方。殿下も・・・物語通りに動くしかなかった・・・なぁんだ・・・なぁーんだ。私、殿下にずっと裏切られた気持ちになっていたけれど・・・殿下もどうしようもなかったのね。ソフィーも辛かったわね?」
そう思えば、すとんと納得がいく。
ルミナは微笑を浮かべた。
「教えてくれてありがとう。でも、何で今回は教えてくれたの?」
疑問に思い尋ねると、ソフィーは静かに答えた。
「・・・このままじゃ、ゲームは発売されないままになる。だからお姉様にはちゃんと動いてもらわないと。」
「ちなみに、何で貴方は私に今回それを言いに来たの?というか、何で貴方はそれを知っているの?」
「シナリオ通りに動かす為に、私は・・最後のチャンスとして今回書き換えられたのよ。ついさっきまでは・・何も知らないで・・幸せだったのに・・」
という事は、ソフィーもずっとこれまでただシナリオ通りに動いていただけという事か。
そうルミナは考えていたのだが、ソフィーが取り出したきらりと光るものを見て血の気が引く。
手に銀のナイフをソフィーは震える手で握っていた。
「私が正さなきゃ・・・じゃないと、物語が終わっちゃう・・」
「ソフィー?落ち着いて。」
「私が・・私が正さなきゃ!!!」
銀のナイフをソフィーはぎゅっと握りしめた。




