二十二話
ルミナは公爵家の所有する湖畔の横にある屋敷へと着くと、大きく背伸びをした。
突然訪れたルミナに屋敷を管理していた執事やメイド達は驚いた様子ではあったが、すぐに歓迎し、準備ができるまでは庭の方を散策してはどうかと言われ、ルミナは楽しげに庭を歩いていた。メイドが一緒に行くと言ったのだが、ルミナは一人になりたいときっぱりと伝え、付いて来ることを拒否した。
公爵家の敷地内なので危険はないだろうが、ルミナの様子にメイド達は戸惑う。しかし、命令ならば従わないわけにはいられない。
ルミナは数日ここで過ごしたのちに、ばれないように抜け出してどこかへと逃げようかと考えており、久しぶりの自由な感覚に心が晴れていくのを感じた。
「あー!自由って素晴らしいわ。」
庭の花々はルミナの心を癒し、風は落ち込む心の中に溜まった悪い物を吹き飛ばしてくれた。
ルミナは庭の先の湖畔まで歩くと、美しく日の光を浴びてきらめく水面を見つめた。
魚が泳いでいるのが見え、しゃがんで水に手を付けてその冷ややかな感触を楽しむ。
その時であった。
強い風が吹き、ルミナの被っていた帽子を攫うと、水の上へと落としてしまう。
ルミナは辺りを見回し、棒を拾うとどうにか帽子をこちらへと手繰り寄せようと水面を揺らす。
こんな事をするのは子どもの時以来だなと苦笑を浮かべた時であった。
「あっ・・・」
体が傾き、水に落ちる。
そう思って目をぎゅっと瞑る。
だが、いつまでたってもその衝撃は訪れず、その代りに温かな何かに抱き留められている事にルミナは驚き目を見開いた。
「ルミナ嬢・・・・」
聞き覚えのある低い声に、ルミナの心臓がドキリと鳴った。
シャロンの体は汗をかいているようで、息も荒い。心臓もドクドクとかなりの速さで脈打っているのが分かり、ルミナは顔を上げるとシャロンを見上げた。
「シャロン・・・様・・?」
ぎゅっと抱きしめられ、ルミナは戸惑う。
何故ここにシャロンが居るのかもわからず、シャロンが自分を抱きしめていると言う事実もルミナを動揺させた。
シャロンの匂いに包まれているという事にも、ドキドキとし、心臓が鳴る。
顔がどんどんと赤くなっていくのが自分でも分かる。
「は、放して下さいませ。」
「・・・命を・・・無駄にしてはいけません!もしそれほどまでに辛いならば、俺の所に来ればいい。俺なら、絶対にルミナ嬢を幸せにする!」
何を言っているのだろうかと、ルミナは戸惑う。
「な、何を?!」
「好きなんだ。ルミナ嬢が、君を愛しているんだ。・・・たとえルミナ嬢が殿下以外見れないとしても、それでもいい。俺に君を大切にさせてくれ。もうこれ以上、傷ついている姿は見たくない。」
「え?え?え?」
「王家にはちゃんと話をつける。少し早いが、仮の婚約だし、すぐに話は通るだろう。殿下は勝手に貴方の妹と結婚でもなんでもすればいい。」
「な・・何を。」
「君を大切にしない男に、君を渡すことはもう我慢ならない。・・・ごめん・・君の幸せはきっと殿下の横なのに・・・俺は殿下のお心を諫められなかった・・・すまない。」
「シャ・・・シャロン様?」
「君に・・・何かある前にたどり着いて・・・・本当に良かった。」
微かに鼻をすする音が聞こえ、ルミナが驚いてシャロンの顔を覗き込むと、優しいシャロンの瞳が微かに潤みそして、こちらを熱を含んだ瞳で見つめていた。
「心配して・・くれたのですか?」
「・・・しないわけないだろう。」
「もしかして・・馬で追いかけて来て下さったのですか?」
「当たり前だろう?」
「私の為に?」
「君以外の、それ以外に何の為があると?」
「私の為に・・・泣いて下さるの?」
「泣いていない。」
鼻をすすり、目元を赤くするシャロンに、ルミナはトクリと胸が高鳴った。
十歳の時に言った言葉を、彼は忘れず、自分を裏切ることなく、真っ直ぐに見つめてくれているのだということが、ルミナの凍った心を溶かす。
シャロンは、自分を、裏切らない。
そうだと思う。
彼は、何回も、何十回も一緒にいたが、彼だけはぶれなかった。
公平であり、そしていつも自分に優しい瞳を向けてくれた。
それを思いだし、ルミナははっと気づく。
「私の・・・運命は・・・・・・・・貴方なの?」
「?」
心臓が鳴る。
うるさいくらいに。
久しぶりに高鳴る胸に、久しぶりに純粋に思う心に、ルミナは顔に熱がさらにこもっていくのを感じた。