十八話
ステファンは入学式からしばらく経ったある日、シャロンと共に王太子としての仕事を行いながら小さくため息を吐いた。
「ステファン殿下。どうかしましたか?」
この数年ですっかり言葉使いは丁寧なものに固定され、シャロンは昔のように自分に気安く口をきかなくなっていた。
何度かそれについて不満をつげたが、分別はつけるものだと諫められ、仕方ないとステファンは諦めた。
「いや・・何でもない。」
ステファンの表情が曇っているのを見たシャロンは、侍女に用意させていたお茶を自ら入れ、ステファンの前へとカップを置いた。
「休憩をしましょうか。」
「あ、あぁ。」
昔から公平であり、そして気遣いのできる男だった。
そして勘の鋭い男でもある。
「殿下、僭越ながら一言よろしいですか?」
「な・・・なんだ。」
前置きに僭越ながらとついたときには、大抵諫められる時がほとんどだという事を知っているため少し尻込みしていると、シャロンは少しためらった後に、ゆっくりと口を開いた。
「殿下は・・・覚えていらっしゃいますよね?ルミナ嬢と仮の婚約をした時の誓いを。」
ドキリとする。
今触れられたくない事の核心をついてくるシャロンに、ステファンは隠し事は出来ないと降参するように両手を上げた。
「ちゃんと覚えている。」
「ならば、これからもルミナ嬢をしっかりと愛し、婚約者として敬ってくださいね。」
ステファンはその言葉に頭を掻くと、そのまま両手で顔を覆って大きくため息をついた。
「愛って・・・何なんだろうな。」
愛する努力をすると、誓った。だかこそ花を渡したり宝石やドレスを送ったり、そして何度も一緒に出掛けた。
愛しているとすんなりと囁けるようにもなった。
けれど愛とは何なのかステファンは年を追うごとに分からなくなる。
だがあの入学式の朝、ルミナの妹のソフィーを胸に抱いた時、幼い頃に一度感じた、ドキリとした感覚を思い出した。
ソフィーの花の開くような可愛らしい微笑に胸が鳴った。
「僕は・・・何ていう男なんだ。」
ルミナの瞳を思い出す。
自分を信用しない、微笑みながらも底冷えするような瞳。
そんな瞳を向けられるたびに、自分はルミナの考えるような信用できないような男ではないと胸を張っていたというのに、今ではルミナの瞳を見るのが日に日に怖くなっていく。
シャロンは次の瞬間、勢いよくステファンの背中を叩いた。
バシンっと大きな音が響き渡り、ステファンは突然訪れた背中の痛みに前かがみになると痛みに声を失いうめく。
そんな様子を見つめながら、シャロンは言った。
「王太子たる者が、己の言葉を覆すおつもりか。男として、女性を大切にするのは当たり前の事!何度ルミナ嬢は貴方に言った?愛し、愛される家庭を作りたいと。それなのに婚約者に縛り付けたのは貴方だ。その自覚がないのか!」
久しぶりに聞く友の叱責に、ステファンは懐かしさを感じつつも大きく息をつくと、顔を上げた。
「すまない。・・・・ありがとうシャロン。」
「いいえ。申し訳ございませんでした。いかようにも罰は受けます。」
「っは!そんな事を言っていたらお前は今ここにいないさ。」
お互いに苦笑を浮かべ、そして二人は何事もなかったかのように仕事へと戻る。
誓ったのだ。
それを今更覆すことなど、出来ない。
ステファンは自分の心に芽生えつつあった気持ちに蓋をした。




