十七話
時はゆっくりと穏やかに流れていった。
そして、ルミナも17歳となり貴族の通う学園へと一昨年入学し、今年が卒業の年となる。
二つ下の学年に新入生としてソフィーが入学し、そしていよいよ殿下との中を深めていく筈なのである。
今回ルミナは確認していないが、本来であれば十歳の時のお茶会の席にて、ソフィーとステファンは運命的な出会いを果たしているはずである。
何十回と妨害しようとしたが、運命とは決まっているようで結局は妨害出来たことはないので、おそらく出会っているのだろう。
入学式の朝、ルミナはソフィーと共に学園へと向かい、そして馬車を降りた。
「お姉様。私とっーっても楽しみです!」
元気一杯なソフィーに微笑み、ルミナは言った。
「きっと素晴らしい学園生活になるはずよ。楽しんでね。」
ルミナとソフィーの仲は良好であり、これまでの人生のようにルミナはソフィーを毛嫌いしなくなっていた。
諦めるとこんなにも心が楽になるものなのかと思ったほどだ。
「おはよう。ルミナ。」
そう声がかけられ、顔を上げるとステファン殿下がこちらに手をさし伸ばしながら微笑んでいるのが見えた。
何度も、見てきた光景。
ルミナが微笑を浮かべてその手を取ろうとした時、ソフィーが躓き、それを慌ててステファンが受け止めた。
「きゃっ!」
「危ない。」
ステファンの胸の中に飛び込む形となったソフィーは顔を真っ赤に染め上げ、その様子を見たステファンは目を丸くして、それでもどうにかすぐに顔にいつもの微笑を張り付けると言った。
「大丈夫かな?」
「え・・えぇっと、申し訳ありません。はい。大丈夫です。」
ルミナはその光景を、どこか冷めた瞳でじっと見つめる。
何度見ても、やはり胸がずくりと痛む。
そんなルミナに温かな声がかけられた。
「ルミナ嬢。おはよう。殿下、ルミナ嬢がお待ちですよ?」
「え?あ、あぁ。」
シャロンにそう促されて、ステファンはソフィーから手を放すとルミナへと手を差し伸べる。
ルミナは手を取らずににこりと笑った。
「妹のソフィーがそそっかしくて申し訳ございません。」
ステファンは行き場のなくなった手を引っ込めると、苦笑を浮かべた。
「そう、だな。ソフィー嬢は今年入学だったな。入学おめでとう。」
「あ、ありがとうございます!」
美しい花が可憐に開くような、そんな笑顔。
ステファンは一瞬眩しそうにそれを見ると、慌ててルミナの方へと視線を向けて言った。
「行こうか。入学式の前に幾つか確認したい事もあるんだ。」
「はい。殿下。」
ルミナとステファンが並び、シャロンとソフィーが後ろに着いて来る。
背中に、こちらを心配しているようなシャロンの視線を感じて何だかむずがゆくなる。
「なぁルミナ。その、ソフィー嬢は、もしや僕の婚約者を決めるお茶会にも来ていたかな?」
歩きながらそう声がかけられ、ルミナは頷いた。
「はい。付添という形でしたが。何かございましたか?」
「い、いや。なんでもないんだ。行こう。」
「はい。」
ルミナは静かに思う。
ステファンとの仲は決して悪くない。ルミナは恋心をもう二度と抱かないように自分を律し続け、仲の良い友人のような関係性の婚約者となっていた。
ある意味、これほどまでに友情といった関係を築いたのはこれまでで初めてである。
それと同時に、愛するように努力すると言ったステファンもまた、自分と同じような感情しか抱いていない事に気づいてもいた。
愛って、努力ではどうにもならないのよ。
ルミナは自虐的にそう思う自分に堪えるように、唇をぎゅっと噛んだ。




