十一話
ルミナの両親は、ステファンから王城にルミナが呼び出されていたことで、おそらく婚約者に選ばれるのだろうなと覚悟をしていたのだが、王家からその後も連絡はなく、いささか拍子抜けしていた。
朝食の席に着いたルミナに視線を向けたエドウィンは、ルミナに向かって口を開いた。
「ルミナ。先日の殿下に呼び出された時、何か言われなかったかい?」
ルミナは可愛らしく微笑みを浮かべて答えた。
「何も言われておりませんわ。ただ、妃教育がなんたるかについてはお話ししましたが。」
「ん?妃教育?」
「はい。殿下は妃教育について何もご存じなかったようなので。あ、お父様。念のために言っておきますが、私は殿下の婚約者になりたいと思っておりませんの。」
娘の少し大人びたその言葉に、エドウィンが首を傾げると、ルミナはにこやかに言った。
「だって、殿下は私を愛して下さいませんもの。私、お父様とお母様のように、愛し、愛される夫婦になりたいんですの。」
その言葉に、母ビビアンがピクリと眉を動かし、そしてちらりとエドウィンを見る。
エドウィンは少し驚いた顔をしてから柔らかく微笑みを浮かべると頷いた。
「なんだ、ルミナは大人びているのだな。そうだね。確かに私はビビアンを愛している。もちろんキミの母であるミーガンのことも愛していたよ。ミーガンを失って悲しみにくれた時、支えてくれたのがビビアンだった。だから、私はビビアンに感謝しているし、心から愛している。」
恥ずかしげもなく言われた一言に驚いたのはルミナではなかった。
ビビアンは驚いたように目を丸くし、そして一気に顔を赤らめると口を開いた。
「エドウィン様・・・本当ですか?」
「ん?なんだ?・・当たり前だろう?伝わっていなかったかい?」
「えっと・・いえ・・えぇっと・・その。私も愛しております。」
両親のその恋愛事情を目の当たりにしていたソフィーは嬉しそうに手を叩いている。
ルミナは小さく息を吐きながら微笑、そして言った。
「私もお父様とお母様のような夫婦になれる方と結婚できたら・・・幸せでしょうね。」
エドウィンはニコリと笑い、ビビアンはその言葉に少し気まずげに頷いた。
実の所ビビアンは、ずっとエドウィンに愛されてなどいないと思っていた。だからこそ、自分の娘であるソフィーを目立たせようとしていたし、王太子の婚約者にもふさわしいと思っていた。
けれどもエドウィンに愛されていないという不安はルミナの言葉によっていとも簡単に消されてしまい何とも言えない気持ちになったのだ。
「ですから、殿下の婚約者は遠慮したいのです。」
エドウィンはじっとルミナを見つめた後に尋ねた。
「殿下とも愛は育めると思うが?」
家としても王家に嫁入りさせるメリットはある。だからこその父の発言に、ルミナは首を横に振ると言った。
「お茶会の席、そして先日の王城に招かれた際の二回とも、殿下は王太子となるために必要な婚約者・・としか私を見て下さいませんでした。きっと、殿下にとって私は恋愛対象ではなく、政略的目的のための手段。それ以上ででもそれ以下でもないと思います。」
娘の大人びた発言にエドウィンもビビアンも少し驚いたように目を丸くしたが、それは違うと、二人は言えなかった。
公爵家としては王家へと嫁入り出来たら良いが、別に出来なくてもなんの不利益はない。
エドウィンは頷くとビビアンに視線を向けた。
「私としては、ルミナの気持ちを優先してもいいよ。ビビアンもいいかい?」
「え?えぇ。私も、愛する人と結ばれたいと言う気持ちは・・良く分かりますから。」
「ありがとうございます。早く私にも、私を愛する婚約者が見つかればいいのですが。」
食事の席はその後なごやかに終わり、ルミナは自室に戻ると大きく息を吐いた。
これで、父がステファンを婚約者にと押すことはないだろう。
そして、ルミナはずっと気がかりだった母の不安を少しでも取り除けたようだから良かったと、息をついた。
どうしてもルミナがステファンの婚約者になってしまうとビビアンは日に日にルミナに冷たくなっていくのだ。
それはソフィーよりもルミナが王家へと嫁ぐことへの嫉妬からくるもの。
母が父に愛されていないと勘違いしているということに気付いたのは、最初のループの頃だった。けれど、婚約者になってしまえば、ビビアンはルミナの話など一切聞いてはくれず、父にちゃんと愛されているということをいくら伝えようとしてもうまくいかなかった。
「お母様は愛されているもの・・勘違いし続けるのは、辛かったでしょうね。」
自分は愛されなかったからこそ、ビビアンの気持ちが自分の気持ちのように辛かった。
だから、ルミナは今日上手く言った事が嬉しくてたまらなかった。
「ちゃんとお父様に毎日愛は囁かなければだめだと教えておかなくちゃ。」
これを期に父は母にちゃんと愛情を言葉で示すようになり、それに伴って、ルミナと母との関係性も変わっていった。
前の人生では、一緒に笑い合うこともなかったのに、今世では母とソフィーと三人でお茶をしたり買い物をしたりもするようになり、ルミナの心は温かくなった。




