一話
現実と空想の間、そこに一つのバグ。バグから生まれた世界は現実となり得るのか。
それはおそらく、人の思い次第。
どうしてこうなるのでしょうか。
「ルミナ。お前との婚約は破棄する。」
私に冷たく言い放つのは、この国の王太子であるステファン殿下。
このセリフを聞くのも何十回目であろうか。
ステファン殿下の青い瞳が、私を憎々しげに見つめている。
どうして、私を愛してくれないのでしょうか。
私は十歳から十八歳までの人生を何度も、何度も、何度もループしている。
そして最後には必ずこうやって婚約破棄されるのだ。
最初の頃の私はまさに傲慢な令嬢であり、王太子の殿下と婚約できるのは私だけだと思っていたし、王太子妃となるのも当たり前と思い過ごしていた。
だから自分を邪魔する者は牽制し、そして傲慢に日々を過ごした。
そして婚約破棄される。
王太子の横にはうるうると瞳を潤ませる私の妹であるソフィー。
最初の人生とその後数度の人生では同じような事を繰り返しては婚約破棄され、その後、私はこのままではダメだと自分の性格を矯正し、そして何度もやり直した。
なのに、最後には必ず婚約破棄されるのだ。
優しくしてもダメ。
諭すようにしてもダメ。
冷静沈着な令嬢を演じてもダメ。
どんなに頑張っても花のように可憐で、それでいて自由な妹をステファン殿下は愛するのだ。
頑張っても。
頑張っても。
どんなにステファン殿下を愛しているのか、伝えても、結局ステファン殿下は私ではなく妹のソフィーを愛するのだ。
私を見てはくれない。
目の前で婚約破棄を宣言するステファン殿下をじっと見上げて、私は何度か答えた事のある、最後の言葉を伝える。
「愛しておりました。ステファン殿下。・・・お幸せに。」
次の瞬間世界は暗転して、私は柔らかなベッドの上へと戻る。
両手を目の前に出してみれば、何度も見た事のある幼い小さな手。
何故なのだろう。
何故私は愛してもらえないのだろう。
小さな手で顔を覆い、そして涙を流す。
「っひっく・・・ふぅ・・・うぇ・・ん・・・」
子どもだから泣いてもいいでしょう?
もう。嫌なの。
愛されないのは、もう、もう、うんざり。
「ステファン殿下なんて・・・もう・・知らない。」
私はそう呟くと涙をぬぐった。
そうだ。
きっとこれはもう運命なのだろう。
私は何十回目かのループを繰り返してやっと、自分の運命を受け入れることが出来た。
ステファン殿下は、私を愛さない。
ステファン殿下の運命の相手はソフィー。
だから、ステファン殿下が私を愛することはない。
何度も、何度も、自分に納得させるように心の中でそう呟いた。
だからもう、頑張るのは止めよう。
愛される努力をするのは、もうやめよう。
私はステファン殿下には、愛されない。
私は目を見開くと、ベッドから降りて、そしてベランダへと出ると空に向かって両掌を掲げた。
「私は、もう殿下なんて愛さない。あんな浮気者。もう、愛してなんてやるもんですか!」
何十回も、心を寄せた。
何十回も、頑張った。
それなのに自分に愛情を返さず、婚約者である私をないがしろにして、私の妹を愛した男。
自分の中で愛が憎しみへと変わっていく。
「私はもう、殿下を愛さない。私はもう、殿下を諦めて、そして自分の運命の相手を探すわ!」
公爵令嬢ルミナ・ララーシュは、朝日が空へと登って行くのを見つめながらそう誓いを立て、今度こそループが終わる事を祈りながら自分の人生を歩み始めたのであった。