道場
起床。
(午前8:00か・・・)
今日は一限から講義があるため、ダラダラしていられない。
ソファーから起き上がると少し耳鳴りがしているのがわかった。
高校の頃ともっとも変わった点は生活リズムだろう。
1日のスケジュールが後ろ寄りになった。
一年次から真面目に講義は受けているし、イベントごとにも積極的に参加していた。それでも、大学生活に慣れると暇を持て余すようになった。
昔は時間があれば道場にいた。それがなくなり、どこで何をすればいいのかわからない日が続いた。球技同好会に入ってみたが、まだ体力をもてあまし、寝付けない日もあった。
そんなときに知ったのが『PaintedFantasy』だった。
当時、俺の家にパソコンはなかったが、大学生には必要だろうと遅ればせながらネットワーク環境とともに導入された。当初は居間に設置されたものの、両親は操作を覚えられず早々に諦めてしまったため、俺の部屋に追い立てられてしまい、今では俺しか使っていない。家電量販店で購入したのだが、売り場店員の薦めで明らかにオーバースペックなPCをあてがわれた。
「長く使うものですから、高くとも性能の良いものを選んだ方がいい。」
そんな売り文句で購入を決めたらしい。多少パソコンがわかるようになった今の俺なら「もっともらしく聞こえる嘘」とわかるが、・・・質が悪い。俺にとっては当時の最新ゲームだったPaintedFantasが十分に動作するスペックでありがたかったが。
大学に向かう途中、良太と会った。
「康太郎先輩、おはようございます。」
「よう、良太か。」
「昨日は、ありがとうございました。」
良太はお辞儀をしながらそう言った。
(何がそんなにありがたいのだろうか?)
「歓迎会のことなら、先輩や近藤にいってくれ。俺は何もしていない。」
「はい、みんなにお礼をいっておきます。」
とりあえず先輩全員に礼を言うって姿勢なのだろう。
正直、うまく形容できないが、良太の行動は少し引っかかる部分がある。
俺にはない良太の人気ぶりはそこにあるのだろうと納得することにした。
「ところで昨日の話なのですが。」
良太が何やら切り出してきた。
「道場を見学したいんですが、いつならお邪魔してもよいですか?」
面食らった、本気だったのか。
「17:00までは稽古つけてるから、それ以降なら親父を捕まえられると思うけど。」
「17:00くらいに道場に伺ってもよいですか?」
「まあ、いいんじゃない。」
親父に良太のことを話していないが、それなりに見学希望者はいるので断られはしないだろう。
(たぶん、大学生の見学者は前例ないけどな。)
大抵の見学者は小学生連れの保護者で、稀に中学生もいる。高校になると部活に入るのが当たり前になりやめてしまう。俺も同じで高校の頃は道場にたまに顔を出す程度で、空手をやめた今、まず行くことはない。
「早速ですが、今日伺ってもよいですか?。」
「いいんじゃない。」
「ありがとうございます。」
(だから、俺は何もしてないって。)
いちいち俺を通す必要はない。勝手にして欲しかった。