帰路
アルコールのでないお食事会は、19時を30分も過ぎると、お開きムードだった。
「二次会行く人~?」
幹事役の近藤はお役御免となり、先輩が点呼を取り始めると、俺は席を立った。
「俺はここで失礼します。お疲れ様でした。」
挨拶の後、先輩達に向かって深く頭を下げ、俺は店を後にした。
「康太朗先輩、一緒に帰りましょう。」
良太だ。二次会に未成年は不要とばかりに解放されたようだ。
「お前ん家もこっちなのか?」
「はい、朝、よく康太朗先輩を見かけてたのですが、やっぱり同じ方角でしたね。」
気が付かなかった。
俺は徒歩で大学に通っている。片道20分ほどかかるのだが、空手をやめて以来、体がなまるのが嫌で意識して体を動かすことにしている。球技同好会に入ったのも同じ理由だ。
「康太郎先輩はテニスもうまいんですね。」
さっきも同じこと言ってたな、今度は流さず答えてやることにした。
「この同好会、普段はあまり人の集まりがよくないんだ。球技同好会って看板だけど、大体、テニスかバスケになる。・・・1年間もテニスばっかしてりゃ、うまくもなるよ。」
ちょっとそっけないとも思ったが、事実だ。
実は、野球をしてみたかったのだが、会員全員を集めても2チームは無理だ。それになんだかんだでみんな忙しい。俺が野球をやりたいという理由だけで集まるはずがない。
(案外、良太がおねだりすれば集まるかもな)
そんなことを思いながら歩いていると、良太の様子がおかしい。
「ん?体調悪い。」
よたよた歩いては小走りし、またよたよたと歩くを繰り返している。
「すみません。ちょっと康太朗先輩のペースについていけてなくて。」
(しまった。)
「わりぃ。歩くの速かったか。」
「いえ、自分が遅いだけです。先輩は悪くありません。」
良太は俺の言葉に律儀に返してきた。
俺は歩行速度に気を付けながら、良太に話を振った。
「お前、地元なの?高校では見かけなかったけど。」
県外出身者だと思った。別に珍しいことじゃない。大学のために県外から引っ越してきたという奴はざらだ。
「いえ、S県から来ました。」
「お隣さんね。今は独り暮らし?」
「母の姉夫婦の家でお世話になっています。」
「居候か、なんか気を遣いそうじゃない。独り暮らしいやだったの?」
「いえ~、その~、う~。」
良太は体格の割にハキハキと話す。だからこんな風に頭を抱えることは珍しい。というか初めて見た。
「実は、独り暮らしというか家を出たくて、でも親が絶対独り暮らしはさせないと。それで、いとこの家から大学に通うならと、家を出ることができました。」
絶対独り暮らしはさせないか・・・過保護ってだけじゃないんだろうが、良太も大変だなと思った。
「でも、おかげで、この大学で康太朗先輩と出会えたので幸運でした。」
何が幸運なのかわからないが、とりあえず流すことにした。
「康太朗先輩は地元なんですか?」
「地元。実家すぐそこ。」
指をさした先にはやたらでかい門構えの家があった。
「田島道場、ですか。」
「そう、俺ん家。」
「何の道場なんですか?」
「空手。」
「空手ですか、道理で康太朗先輩は逞しいんですね。自分もやってみたいな。」
「へ~。別に面白くないよ。」
俺はお前には無理だという念を込めて言った。
「明日、見学に来てもいいですか?」
どうやら念は届かなかったらしい。
「道場は親父がやってるから、親父に言って。じゃあ、気を付けて帰れよ。」
そう言って良太と別れると背中越しに籠った声が聞こえた。
「ありがとうございました。」
(語先後礼だろ、って親父みたいだな。)
玄関を上がるとテニス部の汗を流すため、風呂場に直行した。