大学生活
俺は大学の講義をおえ、球技同好会で汗を流していた。
「康太郎先輩はテニスもうまいんですね。」
そう声をかけてきたのは、一年の良太だ。
「今日はお前ら新人の歓迎会だろ。もう上がるぞ。」
相変わらず、キラッキラの上目遣いでこちらを見つめながら話しかけてくる。上目遣いと言っても身長差のせいで、そう見えるだけかもしれない。
俺は180cmだが、良太は161cm・・・らしい。
らしいというのは、160cmを切っている疑惑があるためだ。本人も自信がないようで、先輩が体育倉庫から身長計を持ち出してきたときは、金切り声をあげて測定を拒否したため、真実は明らかになっていない。
また別の先輩が疑惑の真相を追及したところ、あの上目遣いで否定したので、いまでは本人の主張を尊重する、というのが同好会の方針となっている。
歓迎会は大学近くの質素な定食屋を貸し切りにしておこなわれた。アルコールはでない。
良太は先輩に人気がある。良太を囲むように先輩が座り、その脇に他の新人が座った。俺は新人のハーレムから漏れた先輩の隣の席に座り、注文取りに忙しくしているもう一人の二年を眺めていた。
今回、近藤は幹事を任されている。元野球部で真面目、上下関係を尊ぶ性格で、先輩からも信用されている、が、気が利かない。学生かつ成人という人生で唯一の期間を過ごす彼らが、定食屋で満足するかなど、普通分りそうなものだが。
そんなわけで、去年の新人にかわいげがなかったこともあり、先輩たちは渇きを癒すように良太らに密なコミュニケーションを求めた。
「今年の一年、特に良太は先輩達に随分かわいがられていますね。去年、俺が入会した時はもうちょっと冷たいというか距離があった気がしてまして・・・。」
俺が隣に座っている先輩にちくりと一言、すると、先輩の呻き声が喉の中を右往左往しながら押し出された。
「いや、だって康太朗はさ、背高いし、ガタイいいし、目つきこえーし。・・・本当は入会断りたかったんだけど、怖くて断れないレベルの圧があったんだわ。」
申し訳なさが詰まった笑顔でそういう先輩の視線は、俺1割、虚空9割の比率で定まらない。いまだに恐れられているのがわかった。
「俺、怖いっすか?」
「いや、まぁ、最近はそれほどでも、いやいやいや」
正直だな、と思った。
「いや、えっと、最近はほんと、良太とか、の、面倒、見てる様子で、わかった、うん、わかってる。大丈夫。」
先輩の自分に言い聞かせるような様子に、俺は心の中でエールを送った。
「いや、すまんな、お前に関してはその、第一印象があれで、その後、よくない噂も聞いちゃったもんで、・・・でも今は大丈夫。わかってるから。」
力強くわかってるといった態度は素直に好感が持てたが、俺の心はねじけているらしい。
「いいっすよ。噂って高校の頃のことでしょ。多少脚色されるんだろうけど、事実ですから。」
周りの大人がうまくやってくれたのか、当時も思ったより騒ぎにならなかったのだが、やはりどこからか漏れるものなのだろう。俺に近しい奴らはみんな、俺が騒ぎを起こしたことを知っていた。
「ええっ!?事実ってお前・・・、肝が据わってるというか。で、実際は何人やったの?」
何人?妙なことを言う。思わず聞き返した。
「何人ってなんすか?」
「いや~、だってお前、空手の大会で優勝した後、会場にいた武道家全員に喧嘩売って、潰されるまでに数十人はやったって聞いたけど。」
尾ひれがつくとは思っていたが、それにしても嘘の程度が酷い。
俺の経験上、一人対二人の時点で、もう勝ち目はないからだ。・・・いや、タイマンを数十回したと想定してる?
なぜか、俺は勝ち目を探していた。
「それ、嘘ですね。脚色どころじゃないです。」
「ほ~ん。んじゃ、どこが嘘なの?」
無言。
俺はどんな表情をしたのだろう。また、先輩の視線は虚空をさまよい始めた。
「いや、まぁ色々あるわな、うんうん。」
先輩はそれっきり、この話を振ってこなかった。
空手の大会で優勝したのは事実。会場にいた"そいつ"に喧嘩を売ったのも事実。しかし、俺は"そいつ"に完敗した。
みぞおちとへその間に手を当ててみる。・・・いる。
”それ”は腹の中に籠ったまま、熾きるのを待っているようだった。