勇者パーティから勇者を追放したけど残された俺たちの成長率がクソだったので魔王に一切のダメージを与えられなかった件
その日の夜――
俺たちは焚火を囲み、反省会をしていた。
俺を含めた四人は、全員が悲壮な顔つきで、恐らくは誰もが後悔をしていた。
ここは、魔の密林。危険な魔物たちが多く巣食う、人間にとっての地獄の一丁目。すぐ傍には、魔王の城が禍々しくそびえたっている。
「なあ……何が間違っていたんだと思う? 俺たちは、何かミスをしたのか……?」
そう切り出したのは、俺こと戦士バースだ。
俺は後悔していたのだが、何を悔いればいいのかすらわかっていなかったのだ。
心当たり自体はいくつでもある。だが俺には、そのどれもが間違ったことだとは思えなかった。
「うむ……今の我々の力で魔王に挑んだことが間違いだったのではないか? こうも無残に敗れるなど、それしか考えられぬ」
刺刺しい鎧をまとった老人、聖騎士ジェイソンが答えた。
歪みに歪んだ彼のランスは、彼自身の折れてしまった心を表しているようにも、俺には思えた。
――そう、俺たちは魔王に敗れたのだ。
俺たちは全員がレベル50ぐらいある。伝承によれば、魔王のレベルもそのぐらいのはずなので、敗けるはずはなかったのだ。
だが、俺たちには誤算があった。レベルなんていう、あまりにも感覚的でよくわからないものを参考にしたのが間違いだったのかもしれない。
……俺たちの攻撃では、魔王に全くダメージを与えられなかったのである。
それを悟った瞬間、俺たちは逃げた。逃げるしかなかった。
あの場にいたところで、無意味に死ぬだけだったのだ。そうして逃げ延びて、今こうして打ちひしがれているのだ。
「……違うのではないですか? いくらレベルが高かろうとも、私たちは凡百の人間。そもそもが、あの恐ろしい魔王と渡り合える器ではないのでは……?」
震え声で反論するのは、司祭ロアだ。ジェイソン以上に年を取っており、弱々しい体つきをしている。
だがそれでもロアは、国では一番の魔法使いだと言われているのだ。そんな彼が己を卑下しているのだから、その言葉にも重みはある。
確かに、才能というものはあるのだ。
この世界にはレベルなんて言う、本人だけが把握できる強さの尺度があるのだが、その数値の信憑性については明らかになっていない。
あくまでも、レベルの高い方が『多分』強いぐらいのものなのだ。レベル20以下の低レベルの間はそれなりに参考にできるのだが、俺たちのような高レベルになると話は変わる。
『レベルとは成長した回数であって、レベルアップ時の成長度合いには個人差があるのではないか』
――そういう俗説が、最近はあるのだ。
要するに司祭ロアは、俺たちは平凡な人間であるがゆえに、同じレベルであっても魔王のような天才には敵わないのではないかと言っているのである。
「あのさー……認めたくないのは分かるけど、もっと根本的なミスしてんの認めようよー?」
口を挟んだチャラ男……もとい、軽装の皮鎧に身を包んだ若者、弓使いジュルジュが責めるように俺を睨む。
その視線の意味するところについては、心当たりがある。
一歩間違えば全滅も在りえていたこの事態、引き起こしたのは俺だと言っても過言ではないだろう。
だが、俺の心当たりが間違っていないのだとしても、恨まれるのは筋違いだ。
確認のため、俺は問う。
「ジュルジュ……まさか、『勇者』を追放したことを言っているのか?」
「あったりめーじゃん! バースさんよぉ、アンタがあの時あんなこと言いださなきゃ、魔王だって今頃はぶったおせてんだよぉ!」
「やめるのだ、ジョルジュよ!」
やはりジュルジュは、このパーティから『勇者』を追放したことを根に持っているらしい。
――いや正確には、根には持っていなかったのだろう。俺が提案した時には、こいつも大喜びで乗っかってきたのだから。
だがその選択によって、死んでいてもおかしくない状況に迫られたのだから、怒りのやり場を求めるのは分かる。納得できるかと言われれば話は別だが……
激昂したジュルジュは俺に近づいて胸倉につかみかかろうとした。だが、それはジェイソンの手にによって阻まれる。
ジェイソンはジュルジュを宥めると、俺の方を向いて話す。
「……だがバースよ、ジュルジュの言い分にも一理ある。『勇者』を追放すると言い出したのはお主だ」
「ああ、わかってる。僅かでも魔王を倒せる可能性があるのならば、俺は何度でも挑んで見せよう。もし魔王を討ち滅ぼせるのが勇者だけならば、俺はいくらでも頭を下げよう。それが、俺なりの責任の取り方だ」
「わかっているのならばよい。我らも賛同したとはいえ、種をまいたのがお主だということを忘れるでないぞ」
「……ああ」
俺は力なくうなずいた。
俺たちの手で魔王を倒せる保証なんてどこにもない。俺の謝罪で『勇者』が機嫌を直してくれる保証もない。
しかし、やらねばならないのだ。俺たちが投げ出してしまえば、人間の世は滅びてしまうのだから。
俺たち『勇者パーティ』でなければ、魔王の脅威に対抗することすらできないのだから。
「とはいえ、吾輩もあの『勇者』を頼るのは御免だ。できることならば、我らの手で魔王を討ちたい」
「ソレだけはわかるな。オレもあのヤローにゃデカい面させたくねぇ」
「お主、さっきと言ってることが変わっておるぞ……」
「でもやっぱり、バース君だけを恨むのは違うでしょう。我々全員であの『勇者』を追い出したのですから、私たちで何とかしなくては……」
俺たちはその後、何時間も話し合った。
だが、魔王を倒すための秘策や、絶望的なステータス差を埋めるだけの手段など、見つかるはずもなかった。
そしてその中で俺は――いや、きっと誰も彼もが、こう考えた。『あれ? やっぱこれ、どう考えても無理じゃね?』と。
それでも俺は無い知恵を絞り、考えた。さっきは「いくらでも頭を下げる」などと言ったが、出来ればそんなことはしたくないのだ。
その理由は、俺たちが勇者を追い出した経緯にまでさかのぼる――
◇
俺たち『勇者パーティ』は、あらゆる人間の国からかき集められた、選りすぐりの精鋭だ。
魔王を倒す使命を背負った勇者を筆頭に、彼を補佐するための最高峰の人材が集められた、贅沢な一個小隊なのである。
戦士バース――つまり俺は、戦斧で岩をも切り裂くパワーファイター。
聖騎士ジェイソンは、古今東西のあらゆる戦略・戦術を修め、そして自身の持つ巧みな戦闘技術によって数多くの戦いを制した名将。
司祭ロアは、人間の使える全ての魔法を、とてつもなく高いレベルで行使ことのできる究極の魔法使い。
弓使いジュルジュは、自分の背丈以上もある強弓で、空を飛ぶ鷹の眼を正確に射貫ける人並み外れた射手。
そして、人類の希望である勇者フォルスは――
聖剣を握れるだけが取り柄の、ただのクズであった。
……別に、彼の能力が俺たちに比べて低いから『クズ』などといっている訳ではない。
いや、確かに彼はそんなに強くもないし、戦いの役に立ったことなど一度としてない。
だが、別に俺たちはそれを責めるつもりはなかった。彼こそが予言書に記された勇者であることは確かであり、俺たちにはない『何か』を持っていることは明白なのだから。
人類を救うのは彼の役目なのだから、それ以外のことを俺たちに押し付けてくる分には、別に問題はなかった。
往く手を阻む雑魚との戦いなど、丸投げされても別に文句などなかった。人間の領域を荒らす魔物の退治に積極的でないのも、まあわかる。
だが、結果として俺たちの不満は爆発した。そう、勇者フォルスは――はっきり言って、人格が最低なのだ。
「じゃ、僕ギャラ貰って娼館に行くから……」
これはある日助けた街の、領主宅での一言だ。
この腐れ勇者は、自分は何一つ貢献していないのにもかかわらず、領主に必要以上の報酬をせびり、あまつさえその金を娼館で浪費したのだ。
しかも報酬として貰った金は、そのほとんどを勇者が受け取ったのである。俺たちの手に残ったのは、ボロ宿に一泊できる程度の端金だった。
「お金貸して」
これは、その翌日――俺たちの泊っていた宿にやって来たときの、奴の第一声である。
聞けば、どうも娼館でオプションを頼みまくったせいで、金が無くなってしまったんだそうな。
当然、反省など全くしていない。それどころか奴はオプション料金を取られまくったことに逆恨みし、「あれは悪魔の娼館だ」などと言っていた。死ねよ。
それでも、娼館に行っている内は大人しいものだ。
そんな施設などない辺境の村に行くと、奴はその性欲の解消のためにとんでもないことをしだす。
……そう、『勇者』の名のもとに、住民を襲うのだ。村長に自分好みの娘を貢がせたり、時には娘の家族や娘自身を脅して隷従させる。
さすがに俺だって、それを『必要経費』などとは思えない。できるだけ止めているのだが、いかんせん奴は俺たちの目を盗んで凶行に走る。
そして質の悪いことに、『勇者』は立場上絶対に罪に問われない。
魔王に対抗できる唯一の人材を処罰できる勇気のある者など、誰一人としていないのである。
勇者フォルスは堂々と人を弄び、あらゆるものを奪っていくのだが、誰も処断できないのだ。
奴自身も己の立場を理解していて、その上で魔王退治をわざと遅らせている。……それが解った時点で、俺はもう限界だった。
「勇者フォルスを置いて行かないか?」
ある日、勇者を除いたパーティの三人にそう提案したのは、俺だ。
彼らだってそのころにはフォルスの人となりを理解していたし、あんな奴につき合うことの馬鹿馬鹿しさを悟っていたのだと思う。
ジェイソン、ロア、ジュルジュの三人は、二つ返事で了承してくれた。
そしてその日、俺たちは留まっていた街を後にした。
勇者フォルスを置き去りにし、『勇者パーティ』は再出発したのである。置手紙を残したから、追ってくることはないだろう。
奴はこれまで以上に好き勝手するだろうが、その分俺たちは一刻も早く魔王を討伐せねばならない。そんな思いで、俺たちはここまでやって来たのだった――
◇
さて、話を戻そう。
魔王にダメージを与える手段は、結局何一つとして思いつかなかった。
レベルを上げて再び挑むだとか、新しい技を会得してぶつけてみるだとか、そんな策にもなってない非現実的な考えしか出てこなかった。
それも仕方がないのかもしれない。俺たちのわかっていることといえば、魔王にはダメージが一切通らないという事実だけなのだから。
「しかし……気になる」
「どうしたのですか、ジェイソン殿」
「いやな。今考えれば、我々と魔王の間にそこまでの差はなかったように思えるのだ。攻撃が一切聞かないほどにかけ離れているのなら、我らなど瞬殺されているだろうに」
「なるほど、確かに……」
ジェイソンの疑問を受けたロアは、何か思い当たるように首を傾げた。
その視線が明後日の方へと向いたかと思うと、ロアは合点がいったのか手を叩いた。
どこか希望を見出したようなロアの眼差しに、俺は期待せずにはいられない。
「そういえば、ジュルジュ君の矢が当たるたびに、黒い瘴気のようなものが発生するのを見ました。魔王はその瘴気によって守られていて、我々の攻撃が届きにくくなっているのかもしれません」
「なるほどねー。じゃ、その瘴気ってのをどうにかする必要があるわけか。で、どうすんの?」
「……おそらく、その瘴気の影響を受けないただ一つの武器こそが、フォルス君の持つ『ライトホーリーソード』なのでしょう……」
予言書の一節には、こう書かれている。
『魔王復活せし時、これを打ち倒せる者、聖剣に認められし勇者のみ。勇者の誕生によって、人の世は救われるであろう』
……俺は納得してしまった。
魔王を倒せるのは『勇者』なのではなく、アイツの持つ聖剣『ライトホーリーソード』なのだ。
だがこの剣は、誰にでも扱えるものではない。剣に認められた持ち主以外が持つと指の力が抜け、手から溢してしまうのだ。俺も試してみたことがあるからわかる。
俺以外の三人も、絶望に沈んでいるようだ。
当然だろう。仮にも人類最強クラスである俺たちが、魔王の前では全くの無力だったのだから。
あのクソほどにも役に立たない勇者の存在意義を、身をもって証明してしまったのだから。
俺たちが黄昏ていると、茂みの揺れる音が響いた。
武器を取った俺たちは、音のした方へと警戒心を向ける。
その影から出てきたのは――『アイツ』だった。
「やっほー。君たち元気ぃ?」
「フォルス……!? どうしてここに?」
現れた勇者フォルスは、腰に下げている聖剣を抜き取り、見せびらかすように掲げて見せる。
多分だが、本当に見せびらかしているつもりなのだろう。
「さっきの話聞いてたんだけどさぁ……やっぱり『僕の力』がなきゃ、駄目みたいだねえ」
正確に言うと必要なのは聖剣の力なのだが、使えるのがコイツ以外にいないのだからある意味その通りだ。あまり認めたくないが。
そしてフォルスは口元を押さえると、震え出した。
「ぷぷぷっ……笑っちゃうよねえ! 自信満々に僕を置いてった癖に、肝心の魔王には勝てないんだからねぇ! あーっはっはっはっ!」
この森には、自由自在に姿を変えて人を惑わす『ドッペルゲンガー』という魔物も棲んでいるのだが、コイツは本物だろう。
ここまで人の神経を逆なでできる奴なんて、フォルス以外にはいない。
「それで……何の用だ?」
「いやいや。そんな可哀そうな君たちに、僕がもう一回だけ力を貸してあげようかと思ってねぇ……」
「はぁ?」
意味が解らん。
力を貸してもらった覚えなどないし、わざわざ協力しようとする意味も解らん。
そもそも魔王を倒してしまったら、勇者など不要なのだ。以前ほどの強権を振るえなくなると、コイツが理解していないとも考えられん。
「君たちがいなくなった後、僕は別の街に行ったんだけどね……どういう訳か、誰も僕のことを勇者だと認めないんだ!」
ああ、なるほど。
『勇者パーティ』は五人。一人でうろついている雑魚など、誰も勇者だと分からない訳か。
いや、勇者の悪評はかなり広がっているし、あるいは分かった上で蔑ろにしていたのかもしれない。
人類最強クラスの戦力である俺たちがいないのだから、雑魚勇者なんてどうにでも対処できるだろう。
これまでコイツが好き勝手出来ていたのは、俺たちという後ろ盾があったせいでもあるわけだな。……もっと早くに気が付けばよかった。
「だからさ。僕が勇者らしいところを見せて、国から褒美をもらおうと思っているんだ。残念だけど、もうこれ以上は望めないだろうからね」
「お前、一体何が欲しいんだ?」
「決まっているだろう! 何でも手に入れられる財力と! 意のままに操れる兵力! そして、僕に相応しい美女!」
聞かなきゃよかったわ……
こんなアホみたいな話をするとは思わなかった。
何かかっこいい感じで言ってるけど、結局は『金、暴力、S〇X』だもんなあ……
「そう! 僕は魔王を打ち倒し――『英雄王』として新たな国を創る! そのための援助をさせようってわけさ!」
フォルスの野望は、俺の想像のはるか上を超えていた。俺が考えていた以上に、邪悪な企みであった。
つーか魔王に勝てんのかな、コイツ……
道中の魔物に苦戦したのか、現時点ですっげーボロボロだけど。……いや、コイツの実力を考えれば、苦戦どころかおそらくまともに戦ってすらいないのだろうが。
「ふふふふふ……はははははっ……!」
――そんなことを俺が考えていると、突然ジェイソンが笑い出した。
「バースよ、このフォルスは偽物のようだぞ。ドッペルゲンガーに違いあるまい」
「みたいだな。本物は魔王退治に興味なんかなかったし、間違いなく偽物だな。さっさと片付けるか……」
「ちょっ!? ちょっと待てよっ!」
勿論本物であることは分かっているし、多分ジェイソンも分かっている。
――が、非常に腹が立つので、これぐらいの意地悪は許されて然るべきだろう。
俺が斧を構えて近づくと、フォルスは震えあがった。今度は笑いをこらえてのものではなく、恐怖によるものだろう。
「僕が死んだら、誰も魔王を倒せないぞっ! 僕がいなきゃ、こ、この『ライトホーリーソード』は使えないぞっ! 他に魔王に聞く武器なんかないんだろっ! そうなったら、お前どうやって責任取るつもりなんだよぉっ!」
そうか……『武器』だ。
本気でビビってるフォルスの喚き声の中から、俺はヒントを得た。
俺たちは使い慣れた武器を使うことにこだわっていたが、考えてみれば『聖剣』の代わりを探すのが一番の早道だ。
「……ロア。確か、魔王の城から持ってきた武器があったよな……?」
「ああ、これのことですか?」
ロアが杖を振ると、空中に剣が現れた。『空間魔法』によって倉庫に送っていた剣を、また『空間魔法』によって取り出したのだ。
俺は鞘に収まったその剣を受け止めると、抜き取ってその輝きを確かめる。
その白銀の刃は、何物をも切り裂く正義の刃のように見えた。その美しい彫刻は、まるで神から遣わされた神器であるように見えた。
「銘は『デモンエッジ』。使用者の生命力を糧とし、驚異的な力を発揮する剣のようですね……。おそらく、魔族のための剣でしょう」
思わず見とれてしまっていた俺の意識を引き戻したのは、ロアの解説であった。おそらく、『鑑定魔法』で確かめたのだろう。
これならば、魔王だって倒せるかもしれない。俺はロアの『正しい』見立てに対し、『誤った』訂正をする。
「いいや、違うな。これは『ホーリーライトソード』だ。魔王を打ち倒す、聖なる剣だ」
「……は? いえ、これは――」
「へえ、いいじゃねえの! ……で、どっちが使うんだよ?」
俺の考えを察したのか、ジュルジュがロアの言葉を遮った。
もう一人の使用者候補を見つめた俺は、静かに問いかける。
「ジェイソン。これはアンタが使うか?」
この剣を手にすれば最高の名誉を手に入れられるかもしれないが、例え勝っても命は無いかもしれない。
コイツには『聖剣』になってもらう予定だが、その実は魔剣なのだ。人間の手にしていい代物ではないのかもしれないのだ。
ならば、使用者はよく検討する必要がある。このパーティで俺以外に使えるのはジェイソンだけだ。彼がこの力を望むのならば、俺は辞退しよう。
「……この中で一番力があるのはバース、お主だ。ならば、お主が使うのが一番確実だろう」
「そうか。なら、早速試し切りをしよう。目の前の『ドッペルゲンガー』でな」
「お、おい……嘘だろ? 『勇者』である僕を、手に掛けようって言うのか……?」
本当は冗談で済ませるつもりだったが、気が変わった。
いや、もしかすると冗談だと思っていたのは俺だけで、ジェイソンは殺る気まんまんだったのかもしれない。
とにかく、コイツはここで始末する。そして俺たちが、この世界に平和を取り戻す。
魔王のいない世界に、勇者フォルスの存在は必要ない。こんなクズを生かしておく道理はない。
「行くぜっ!」
「や、やめろぉぉぉぉぉっ!」
俺が剣の柄を握りこむと、掌に棘のようなものが突き刺さった。
剣は俺の血を吸い上げ赤く染まり、段々と赤身を増して最後にはどす黒く変色する。
ものすごい力だ、俺にはわかる。この剣ならば、間違いなく魔王だって倒せる。
この力なら、魔王の瘴気だって力尽くで打ち破れるだろう――
◇
俺たちは紆余曲折の末に、魔王を討ち滅ぼした。
戦士バースは魔王殺しの英雄として称えられ、聖騎士ジェイソン、司祭ロア、弓使いジュルジュの三人もまた英雄として、富と名誉を得た。
人々が魔族の脅威に怯えることはなくなり、魔族が人々の前に姿を見せることはなくなった。
俺たち四人の名は瞬く間に大陸中に広がって、いくつもの伝説が語り継がれた。
魔王と人類の戦いは、幾多もの吟遊詩人によってそれぞれの詩が綴られ、劇場では定番の演目となり様々な脚色が加えられた。
それらの物語の全てに、勇者フォルスの名は存在しない――