アイツとの再会
「な、なんだ……? 雰囲気が変わった……?」
ベヒモスの隣に立つ男が目をパチクリさせている。
うん、そりゃそうだ。
さっきまでは、お世辞にも頼もしく見えなかった奴がいきなり闘争心剥き出しにして立ち向かってくれば、大体の人は何事かと驚くだろう。
僕だってビックリだ。
意思とは無関係に体が動き、言葉を発する。
そしてその間、僕は何もすることが出来ない。
自分のことなのに、ただの傍観者となっている。
まるで、僕ではないもう1つの人格が表に出てきたかのようだ。
「シ、シキさん……まさか戦うつもりなんですか!?」
「当たり前だろうが。オレはやられっぱなしで終わるのが一番嫌いなんだよ。あと、虎の威を借る狐も気に食わねえ」
「……? 虎の、い……?」
「あー……要するにアイツ自身は弱くて、操ってるモンスターが強いだけなのにアイツが威張ってるのがムカつくってことだ」
心配するルナジェリカさんに対し、僕は振り向くことなくそう言った。
戦う意思を見せた僕に対し、ベヒモスが鼻息を荒くし、その僕に息がかかる。
腐った生肉のような不快な臭いと温かさ……鼻を摘まみたいが、体は拳を握り締めるだけだ。
「やれ、ベヒモス!!」
男が指示を出し、ベヒモスが唸り声をあげながら僕に向かって顔を突きだし、大きな口を開けて牙を剥き出しにした。
どうやら噛みつくつもりらしい。
しかし、僕は退くどころかベヒモスに走っていく。
じ、自分から喰われに行っただと!?
「へっ、この薄のろ豚が!」
相手をバカにしつつ、僕は思い切りジャンプをした。
人間だった時とは月とすっぽんの跳躍力で、あっと驚いた時にはもうベヒモスの頭上。
宙でくるりと一回転し、そのまま両足でベヒモスの頭を勢いよく踏みつけた。
いや、踏みつけたなんて可愛らしいもんじゃない。踏み潰したと言うべきか。
僕の足が当たった刹那、ベヒモスは地にめり込むように倒れ、攻撃された箇所がスチール缶の如く簡単にへこんだのだ。
「へええ、マジで強くなってんな……こいつぁ良いぜ……ククッ」
笑いを堪えながら、僕はベヒモスの頭の上に乗ったまま奴の顔を見下ろした。
目は僅かに飛び出し、紫色の血を流しているベヒモス。
悲鳴の1つもあげなかったが、どうやら息はまだあるようだ。
弱々しい呼吸と、口から出ている僅かに揺れている舌が生きていることを証明している。
「無駄にしぶとい野郎だな、オイ。さっさとくたばっときゃいいのによ」
「…………ガルウゥアアア!!」
軽口にキレたのか、ベヒモスは両前足を僕がいる頭の上に乗せようとしてきた。
鋭い爪で切り裂くつもりなのだろう。
だが、僕は驚く素振りすら無い。
素早く横に跳び、巨大な角の上に避難した。
それにより、勢いをつけて止められなかった両前足はベヒモスの頭の上にぶつかり、指から伸びている爪が傷を負っている箇所へよりダメージを与える。
「グギャアアアアァァア!!」
耳をつんざくような獣の悲鳴が響き渡り、痛みに悶えるベヒモスが頭を上下左右に激しく振った。
僕は奴の角にしっかりと掴まっている為、振り落とされずに済んでいる。
「何をしている、このバカが!」
ベヒモスを罵る男。
顔は見えないが、きっと苛立って歪んだ表情をしていることだろう。
「さて……こんなザコをいつまでも痛ぶる趣味もねえし……終わりにすっか」
ポツリと呟くと僕は角の生え根を手刀で攻撃し、切り取った。
……素手なのになんという破壊力。
僕じゃない僕、強すぎるぞ。頼もしすぎるぞ。
そうやって感心している間にも、僕は角を持って真上に跳び。
「オラ、これでも食らっとけ!」
手に持っていた角をベヒモスの頭に向かって投げつけた。
角は磁石に引き寄せられているかのように、奴の頭へ真っ直ぐ、尚且つ勢いを削ぐこともなく飛んでいき……深々と突き刺さった。
角が刺さった部分の周りから血が噴き上げる。
その勢いはまるで間欠泉のようだ。
そんなベヒモスを鼻で笑いつつ、僕は地面に着地する。
下から奴を見たら、頭に刺した角が貫通していることがわかった。
湾曲している角の先端が、ベヒモスの顎から飛び出していたのである。
なかなかにグロい光景だ。
「ギ……ギィ、イ……」
ベヒモスは小さな声を漏らすと、ワータイガーのように体が粘土のような物体に変わり、崩れ去っていった。
消えたということは息絶えたんだろう。
……あんな巨大な化け物を簡単に倒すなんて、自分が怖くなる。
まあ、僕自身じゃないんだけど……正確にはもう一人の僕だけど……。
「…………すごい……上級モンスターをあっさりと……」
驚き、口を両手で覆うルナジェリカさん。
上級と言っているし、あのベヒモスは相当強いモンスターだったんだろう……瞬殺したが。
「さて、と。次はどうするつもりだ? 新しい虎でも呼び出すか? ええ、狐さんよお」
言いながら男の方を見る。
顔からはずっと浮かべていた余裕の笑みが消え、真っ青な顔で汗をダラダラ流している。
すぐに次のモンスターを召喚するかと思ったが、もしや弾切れか?
「こんなの聞いてないぞ……! 想定外だっ!!」
男は僕に背を向けると、弾かれたように駆け出し、逃げていった。
相当慌てているのか足を縺れさせ、転けては立ち上がることを繰り返している。
そうしてるうちに、奴は森の奥に消えていったが…………みっともないもんだ。
「みっともねえ野郎だ……」
おお、もう1人の僕と初めて意見があったぞ。
嬉しくはないが。
「シキさん! 大丈夫ですか!?」
草を踏む音と共に、近づいてくる気配はルナジェリカさんのものだ。
僕が振り返ると、眉尻を下げている彼女と目が合った。
「大丈夫に決まってんだろうが。あんなクソザコにやられやしねーよ」
「そ、そうですか……それにしても……お強いんですのね。ワータイガーにベヒモス……上級モンスターを2体もあんなにあっさりと片付けてしまわれて」
心配そうだった顔を微笑みに変え、ルナジェリカさんが言う。
しかし、僕はそれに対して言葉を返さずに頭をポリポリと掻くだけだ。
「強くなった代償が死ぬほどムカつくけどな」
は?
呟かれた一言の意味がわからず、僕は脳内をハテナマークで埋め尽くすことしか出来ない。
代償……何だろうかそれは。
僕は知らないうちにとんでもないことになっているのか。
そう考えている時だった。
頭がズキンと強く痛んだのは。
「いっ……てえ……!!」
この痛みは僕だけでなく、もう1人の僕も感じているらしい。
体がフラフラと揺れ、そのまま力無く倒れていく。
おまけに視界も黒に染まっていく。
「シキさ……! だ……………………か!?」
ルナジェリカさんの声が遠くなっていくが、意識はハッキリしている。
それに頭痛も和らいできた。
「ごめんネー、手荒な呼び出ししちゃって。でも今しか時間がなかったんだ! 今を逃すと次はいつになるか……!」
聞き覚えのある声が響き、目の前に人の姿がボヤーッと浮かぶ。
背中に翼のある幼女……こんなの“アイツ”しかないだろ。
「天使いいぃ!! 今まで何処で何やってたんだよ!? 転生だけさせといて放置プレイしやがって!」
「いきなり大きな声出さないでヨー。それに、呼び捨てにするとか失礼だヨ! せめて“天使ちゃん”って呼んでヨネ! その方が可愛いし!」
「呼び方とかどうでもいい! それより説明しろ! この世界はどんな世界で、そして何故 僕にもう1つの人格みたいなものが……!」
「はあ!? オレがお前のもう1つの人格だ!? このアホ、まだ気づいてなかったのか!」
僕と天使しかいない筈の空間に、チンピラのようなガラの悪い声が響き渡った。
僕にとって聞き慣れた……ぶっちゃけ聞き慣れたくもなかった、虫の居所を一瞬で悪くする憎たらしい声。
舌打ちを堪え、ゆっくりと右隣に顔を向ける。
そこにいたのは、髪を茶髪に染めた小悪党のような顔つきの少年。
元の世界で僕と犬猿の仲であった、夏目セツだった。